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米国からお届け。「Apple Intelligence」検証&レビュー! 「使われない生成AI」にAppleが出した答えは? Appleによる大きな変化の小さな始まり

著者: 山下洋一

米国からお届け。「Apple Intelligence」検証&レビュー! 「使われない生成AI」にAppleが出した答えは? Appleによる大きな変化の小さな始まり

目次

iOS 18.1、iPadOS 18.1、macOS Sequoia 15.1とともに、Appleのパーソナルインテリジェンスシステム「Apple Intelligence」(ベータ)の提供が始まりました。最初のリリースは対応言語が英語(米国)のみで、さらにウェイティングリストも設けた限定的な提供にとどまっています。しかし、AppleがApple Intelligenceを優先的な取り組みとして力を注いでいることは明らかです。その可能性を米国在住の日本人ユーザの視点で探ってみました。

“本当に価値のあるAI”を実装できるか? 始まったAppleの挑戦

まず留意すべき点は、これは大きな変化の最初の一歩に過ぎないということです。Apple Intelligenceは、OSおよびプラットフォーム全体にAIを統合する取り組みです。複合施設の建設にたとえるなら、現在は施設全体をつなげる骨組みを構築しつつ、各部分の設計も進行中という段階で、目指す全体像にはまだ遠い状況です。そのため、一貫性に欠けていたり、適切に動作しないことがあります。しかし、現時点でそれらは大きな問題ではありません。重要なのは、Appleがプライバシーや使いやすさを重視する同社の理念に沿って、ユーザにとって本当に価値のあるAI機能を実装していけるかどうかです。

最初に気づくのが、各OSの設定からトグル一つでApple Intelligenceのオン/オフを簡単に切り替えられること。生成AIを積極的に活用したいユーザがいれば、今はまだ生成AIに頼りたくないユーザもいます。すべてのユーザが生成AIの準備ができていない現状において、このスイッチは非常に重要です。

Apple Intelligenceは「設定」アプリ、あるいは「システム設定」内の[Apple Intelligence & Siri]でオン/オフを切り替えます(左)。はじめて有効にしたときにデータのダウンロードが行われます(右)。そのため、4GBのストレージ空き容量が必要です。

Apple Intelligenceの中心に置かれた「進化したSiri」

Apple Intelligenceの最初のリリースは、トランスフォーマ技術を用いた自然言語処理ライブラリで強化された「Siri」を中心としたものになっています。Siriは、すべてのAppleデバイスで利用できるユーザインターフェイスであり、Apple IntelligenceでAppleプラットフォームをつなげる重要な役割を担います。

より会話上手に。非ネイティブの英語も辛抱強く聞き、意図を推察してくれる

新しいSiriは、ユーザの言葉をより深く理解できるようになりました。文脈を踏まえて、曖昧な質問や複雑なリクエストに対しても適切に対応します。たとえば「近くにスターバックス…じゃなくて、ピーツコーヒーはある?」というように訂正したり、途中で言葉につまづいても柔軟に伝えたいことを認識するようです。また、私のような非英語ネイティブが話す英語に対して、以前のようにすぐに「わかりません」とあきらめず、ねばり強く対応してくれるようになりました。発音を認識できない単語があっても、発話者の質問の意図を推察しているようです。

「近くにスターバックスはある?」「ドライブスルーがある店に案内して」、従来のSiriでも同様のリクエストは可能でしたが、Siriの会話力が向上し、スムーズにやり取りできるようになりました。

“AIアシスタント”の実力発揮はアップデート待ち。デモで見せた未来はまだ先になりそう

しかし、より自然に会話できるようになったものの、Siriが応えられるリクエストは増えていません。現時点で個人的なコンテキストがまだサポートされていないため、「グラハム中学校の住所は?」には答えられても、「息子の中学校の住所は?」には非対応です。「カレンダー」「連絡先」などAppleのアプリとの連係も従来のままで、WWDC 24や9月の発表イベントで見せたSiriのデモと同等の機能はまだ利用できませんでした。今後のアップデートを待つ必要があります。

ただし、1つだけ例外があります。それはApple製品に関する質問です。ユーザガイドの情報を学習しており、Apple製品の使い方について質問すると、手順をまとめた回答を作成して表示します。

「Wi-Fiの接続を友だちと共有する方法は?」とSiriに質問すると、ユーザガイドからまとめたステップバイステップの共有方法を表示。回答をクリックすると、ユーザガイドの該当ページが開きます。

「ヘルプ」アプリ内を探したり、Webを検索する手間が省けてとても便利であり、このような連係がほかの標準アプリやサードパーティアプリでも可能になれば、Siriは非常に有用なインターフェイスになりそうです。Appleは、Siriからアプリのアクションを実行できる機能の提供を約束しているので、将来的には使い方を尋ねるだけではなく、問題の解決をSiriに直接依頼できるようになるかもしれません。

重要性を増す音声入力。“AIデバイスらしさ”を感じるiPhoneのエフェクトにも注目だ

新しいSiriは、音声入力とタイプ入力で使用できます。iOSは音声入力優先、Macはタイプ入力優先の設計になっています。

音声入力はインターフェイスデザインが刷新され、iPhoneやiPadでは小さなオーブに代わり、動作中に画面の縁全体が光るようになりました。ユーザが話すと、話し方のリズムに合わせてレインボーカラーが脈打ちます。Siriと対話している感覚が強まり、音声インターフェイスが好きな筆者は気に入っていますが、人によっては気が散ると感じることもあるようです。

これまで、SiriはiPhoneにおいてオプション的な存在でしたが、画面の縁が虹色に光る新しいSiriの派手なエフェクトは、iPhoneが「AIデバイスである」と主張しているように感じます。

タイプ入力は、声を出せないときにしか使っていません。理由の一つは、音声のほうが簡単に入力できること。複雑なリクエストにはタイプ入力の方が適していますが、現時点でタイプして入手したい情報はWeb検索するか、関連アプリを開く必要がある場合が多いからです。そのため、将来的にSiriでできることが増えて、それらもSiriに頼れるようになるなら、Siriとのテキストチャットの重要性は増すと思います。

Macでタイプ入力するSiriのボックスは、デフォルトでは右上のSiriアイコンの下に表示されますが、切り離して、アプリの横に置いて使用することも可能です。

ワーフクローに生成AIを統合した「作文ツール」。「校正」「書き換え」「要約」の精度はいかほど?

「作文ツール」は、現段階でApple Intelligenceの可能性をもっともよく示す機能です。AppleのOSに密接に統合されており、テキストを扱うワークフローの中で利用できるようになっています。

「作文ツール」は、テキストを選択すると対応アプリで表示されるApple Intelligenceアイコンをクリックするか、コンテキストメニューから[作文ツール]を選んでアクセスします。

重宝する「校正」機能。使いたいシーンは多いが、利用体験にばらつきあり

特に重宝しているのは「校正」機能です。ワープロやエディタには標準で搭載されている機能ですが、スマートフォンやパソコンを使用するうえで、ミススペルや文法の誤りをチェックしたいシーンは多々あります。ただ、同じように作文ツールを使っても、アプリによって簡略版のような機能になってしまいます。この違いは、作文ツールのAPIとOS機能のツールのどちらをアプリが利用しているかに起因しているようです。

「メモ」で校正機能を使用すると、修正された部分を確認したり、オリジナルに戻すことも可能です(上)。「Pages」では、校正後の文章に置き換えるだけのシンプルな機能になります(下)。

言葉づかいまで選べる「書き換え」。ユーザの“仕上げ”を前提に使うのがおすすめ

「フレンドリー」「プロフェッショナル」「簡潔」など言葉づかいの変更も選択できる「書き換え」機能は、私には少し大げさに感じました。ただ、最終的に本人が仕上げることを考慮すると、控えめより大げさな表現のほうが良いのかもしれません。

作文ツールは非破壊的な機能であり、いつでも元に戻せるので、オリジナルを失うことを恐れずに気に入ったものになるまで何度でも試せます。機能に頼り過ぎず、しっかり見直して利用するなら、これも便利な機能です。

強力で“正確”な一方、物足りなさも感じてしまう「要約」機能。人とのコミュニケーションには適さない

「要約」は現在、生成AIがもっとも得意としているスキルであり、それがApple Intelligenceにも現れています。作文ツールの「要約」や「キーポイント」、「メール」「メッセージ」「Safari」の要約はいずれも効率化に役立つ機能です。

Safariで、Appleのプレスリリース・ページを要約。

Apple Intelligenceの要約が、短めであっさりしていることが議論になっています。この要約は、良くいえば正確です。誤りやハルシネーション(事実に基づかない情報をAIが生成する現象)に出くわしたことはまだありません。一方で、含めて欲しかったポイントが漏れていたり、文章のニュアンスや意味が失われることも少なくありません。

また、メールやメッセージの要約について「ぶっきらぼうで人間味がない」という人もいます。ガールフレンドから送られてきた別れのメールが、「あなたとの関係は終了、アパートにある私物を引き取りたい」といったメールからかけ離れた印象に要約された例がネットで話題になりました。要約は短く簡潔に伝えることを主眼とした機能なので、そこに人間味も求めるのは難しいように思います。ただ、効率性追求の結果、コミュニケーションや人間関係がドライになってしまう可能性があるのは少し心配なことです。

Apple Intelligenceの威力をもっとも感じられる「写真」アプリ

「写真」は、現時点でApple Intelligenceをもっとも活用できるアプリです。

Appleの“消しゴムマジック”こと「クリーンアップ」は手軽で簡単

写真から不要なものを消せる「クリーンアップ」は、シンプルで便利。同様の機能は、Googleの「消しゴムマジック」などほかのアプリですでに実現されていますが、Appleユーザなら誰もが使う「写真」アプリで手軽に使えるようになった点が魅力でしょう。

「写真」のクリーンアップは、消したいものを選んで実行するだけ。拡大表示するとAI画像生成で埋めた部分の境目がわかりますが、SNSで共有するような目的なら十分に自然な仕上がりです。

検索機能が強化。“言葉”で写真やビデオを探し出せる

また、探している写真を言葉で説明して検索できるようになりました。ライブラリに大量の写真があると、撮影時期や場所、人物で絞り込んでも目的の一枚をなかなか見つけられないことがありましたが、「マスクをかぶって仮装している」「赤いユニフォーム」など特徴がわかっていれば簡単に見つけられます。

「ヤギの写真を撮っている」写真を検索。

メモリー機能はさらに賢く。テーマを投げればムービーを作ってくれる

言葉による説明でメモリームービーを作成できる機能は、普段メモリームービーを楽しんでいるユーザの心をつかみそうな機能です。食事シーンを指定したムービーに買い物シーンが入ったりと、あとで調整が必要になることが少なくありませんが、「赤ちゃんのときに公園で遊んでいる長男」というような凝ったメモリームービーを簡単に作成できます。

「幼稚園時代の仮装」「子どもが爆食いしているところ」など、言葉で説明してユニークなメモリームービーを作成できます。注意点として、Apple Intelligenceはデバイスが電源に接続されているときに重たいAI処理を行うので、ライブラリに写真が大量にあると最初はスキャンに時間かかる場合があります。

AppleのAI戦略を体現する、日常に“わずか”な影響をもたらすApple Intelligence

Apple IntelligenceによってAppleデバイスの使い方が変わったかというと、もっとも大きな違いは文章を書く際に必ず校正機能を使うようになったことです。写真探しの方法も変わりました。しかし、Siriの利用はやや増えた程度で、Appleデバイスの利用全般におけるApple Intelligence有効化の影響は「わずか」という印象です。

でも、それがAppleのAI戦略なのです。

Apple Intelligenceの導入は、メールの要約のような小さな変化の積み重ねであり、その恩恵をすぐに得られるユーザがいれば、ほかの機能を待たなければならないユーザもいます。しかし、ティム・クックCEOは「それは(いずれ)私たち全員に起こります」とWall Street Journalのインタビューで述べています。そして、日常生活の中にAIが自然に溶け込むような体験が増えていき、そうした小さな改善の積み重ねが、やがて私たちの生活や仕事の進め方に「大きな変化をもたらすでしょう」としています。

話題に反して使われない生成AI。Apple Intelligenceは、その課題を解決するか?

今、生成AIは話題性に反して普及に課題を抱えています。GMOリサーチの調査によると、生成AIの使用経験者のうち半数以上が「ほぼ使わない」と回答しており、日常的な活用には至っていないことが示されています。この背景には、使い方がわからない、生活に必要性を感じないといった理由が挙げられています。AppleのOSに深く統合され、ユーザが普段Appleデバイスを使用する中でAI機能を活用できるApple Intelligenceは、生成AIの課題の解決に貢献するかもしれません。今回のリリースは、そうした生成AIに対するAppleのアプローチを示すものです。

生成AIが難しいものである限り、生成AIの一般的な普及は望めません。

今後、「Image Playground」や「Genmoji」といったクリエイティブ機能、ビジュアルインテリジェンス、ChatGPTの統合、Siriの強化、日本語を含む対応言語の拡大など、Apple Intelligenceは多くのアップデートが予定されています。生成AIとの接点を見出せていないユーザにも、AIの利便性や生産性向上といったメリットを実感してもらうことが、これからの課題です。 Appleが掲げる「AI for the rest of us.(すべての人のためのAI)」の実現が、Apple Intelligenceの成否を決めるポイントになるでしょう。

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著者プロフィール

山下洋一

山下洋一

サンフランシスコベイエリア在住のフリーライター。1997年から米国暮らし、以来Appleのお膝元からTechレポートを数多くのメディアに執筆する。

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