“小さな映画監督”誕生のきっかけはiPad
名古屋市中川区に、中学1年生の映画監督がいる。その名は、今井環(いまい・めぐる)さん。インタビュー中に「さっき学校から帰ってきました」と話す姿は、まだあどけなさの残る少年そのものだ。2023年1月に開催された学生向けの短編映画祭「第5回 フェローズフィルム フェスティバル」にて、史上最年少となる11歳で審査員特別賞(賞金3万円)を受賞した経歴を持つ。さらに同年12月の「第6回 フェローズフィルムフェスティバル」においても観客賞(賞金10万円)を受賞した。
審査員特別賞を受賞した4分の短編ホラー映画「ウツル」は1台のiPadで制作した。
今回、インタビュー取材のなかで見せてもらったそのiPadは、筐体が中央から折れ曲がり、画面もひび割れている、まさに歴戦の仕事道具という佇まいだ。「撮影をしているだけで曲がってしまった」と本人は話すものの、相当使い込んだことが窺える。
映画作りのきっかけとなったこのiPadはもともとお父さんの私物だったという。今井さんがまだ小学2年生だった頃、ちょうどコロナで学校にも行けず退屈そうにしていたのを見かねたお父さんがiPadを渡したのが始まりだった。その後、自然に映像を作り始めたのだという。それまでネットやYouTubeにも一切触れていなかったこともあり、「とにかく楽しくて、毎日夢中で触っていました」と今井さんも当時を振り返る。
もともとマジシャンや大道芸人に憧れていたという今井さん。かねてから人を驚かすのが好きだったこともあり、手に入れたiPadで最初に作ったのは、当時YouTube上で流行っていたトリック動画だった。「水が途中で止まるとか、注ぐと消えるとか、瞬間移動とか。簡単なトリック動画を友だちに見せて、喜んでくれるのがうれしかったです」。もともと親しい友だちとの間でやっていた遊びだったが、両親のすすめもあり、いつしか大人も巻き込んだ映画制作にチャレンジすることになる。
先述の短編ホラー映画「ウツル」は、撮影から編集まで、すべてをiPad(第7世代)で行ったというから驚きだ。主演はお母さんの友人である川上純子さん。撮影は基本的には一発撮りで、編集には無料アプリの「CapCut」を使った。「CapCut」はiPadでの動画制作当初から使い込んでいるアプリで、今井さん曰く「直感的に操作できるところや豊富なエフェクト、効果音を用意するところがお気に入り」なのだそう。アプリの操作方法でわからないことがあれば、YouTubeを見て独学で勉強するという点もイマドキだ。
ホラー映画「ウツル」は上記より視聴可能。当作品は「第5回 フェローズフィルム フェスティバル」で受賞したほか、「ショートショートフィルムフェスティバル&ASIA2023」にノミネート、「パイロット・フィルムフェスティバル2023」特別招待作品に選出され、ミッドランドスクエアシネマにて期間限定で幕間に上映された。
とはいえ、アプリが使えるというだけでは、映画のシナリオや印象的なシーンを撮影するのは困難だ。実はその点については、ご両親が映画好きだったということも影響している。「小さい頃はディズニー映画をよく見ていて、1番好きな映画は『ズートピア』でした。いまはドラマや映画も見ますが、特にヨーロッパ企画の作品が好きです。最近ハマっているのは、阪元裕吾監督の『ベイビーわるきゅーれ』です」
また、今井さんはとにかく同じ作品を何度も繰り返し見るのだそう。「好きなシーンは何度でも見ちゃう。映画だけじゃなくてYouTubeの動画とかでも、何度も繰り返して見るといろいろ気づくこともあるので。そういう中から作品に取り入れたいものが見つかることも多いです」
一方で「ウツル」のジャンルはホラーだが、「サスペンスも好きですけど、ホラーみたいな怖いのは苦手なんです」と意外な本音も聞かせてくれた。なお、ドラマや映画好きとはいえ、視聴コンテンツにはご両親も慎重で、「本当はもっと見たいけど…」と未成年であるがゆえの悩みも垣間見えた。
iPhoneとiMacでステップアップ
「第6回 フェローズフィルムフェスティバル」で観客賞を受賞したサスペンス作品「THROUGH(スルー)」では、機材にiPhone 14とiMacが加わり、さらにドローンやジンバルも投入。編集ソフトもAdobeの「After Effect」や「Premiere Pro」といった、より専門的なソフトを使い始めた。前作の受賞賞金は、これらの設備投資であえなく消えてなくなったそうだ。サスペンス作品「THROUGH」は下記から視聴可能。
「ストーリーは『ウツル』のほうが良かったなと反省しているんですけど、カメラの画質やソフトを使った編集が上達したので、映像としては良くなったと思ってます」
また、オープニング映像などには3Dモデルを作成できる3DCGソフト「Blender」も使っているとのこと。「短い尺で人が出なかったりするシーンで壮大な映像が作りたいときなどに使います。まだまだ素人なんですけど、ある程度は使えるようにはなりました」
ちなみに、今井さんのInstagramでは、それらのソフトやアイデアを駆使したショート動画が多数公開されている。実験的な映像など、バリエーションに富んだ作品が数々アップされている。
「いいアイデアを思いついたら家の近くで三脚とかを持って行ってすぐに作ったりしています」
思いついたものをすぐに実行するフットワークの軽さも、今井さんの長所だろう。
その一方で、ソフト頼りにならない、アナログの良さを意識した撮影も心がけている。その一端を垣間見せるのが、作品に登場する小道具たちだ。たとえばピストルは、引き金を引くと薬きょうが排出されるギミックがあるものを選んだり、ナイフも何パターンか用意して、なるべくリアリティが出せるように揃えていたりするのだそう。100円ショップやAmazonなどで購入することもあれば、イメージに合う道具を手作りすることもあるという。「リアルさを出すにはアナログにこだわりたい」と話す今井さんの姿に、クリエイターとしての矜持を感じた。
人とのつながりの中で見つけた新たな挑戦
順調にクリエイターとしてステップを踏んでいる今井さん。今は、これまでの短編映画よりも長い作品を撮りたいのだという。その挑戦を後押しするために、クラウドファンディングでの街おこしプロジェクトが開始された。
プロジェクトのきっかけは、行きつけだったカフェ「紗莉庵」で仲良くなった店主との雑談の中で生まれた。以前、「紗莉庵」のInstagramで公開しているメニューのCM動画などを今井さんが撮っていた関係があり、街おこしとして、店主にクラウドファンディングの音頭をとってもらうことになったという。
街おこしとして地域の要素は入れつつも、単なる地域紹介の動画ではなく「映画作品」を撮りたいと話す今井さん。もちろん予算次第で規模感は変わるが、予定では30分ほどの作品を撮りたいと考えているよう。試しに、次作の構想を聞いてみたところ、そのテーマはホラーやサスペンスではなく、まさかのアクション。
「たとえば商店街を舞台にして、お店の紹介になる要素も入れつつ、戦いが起こるような話を構想しています。まだ全然、どうなるかわかりませんが」
すでにロケの候補地の選定や、出演者との交渉、上映場所の交渉なども今井さん自身で行うべく準備を進めているという。
こうした周りの大人をも巻き込める環境づくりの才能も、今井さんの魅力だろう。それは、今井さんの根底にある「人を喜ばせたい」という思いが原動力なのかもしれない。
最後に今井さんに将来の夢を聞いてみた。
「将来は映画監督になりたいですが、実際に手を動かすのも好きなので、映像制作もやりたいし、話を考えるのも好きだし…」
1台のiPadから始まった映画監督のストーリーは、まだまだ序章に過ぎないのかもしれない。
クラウドファンディングを実施中!
生まれ育った露橋(名古屋市中川区)を盛り上げたいという思いから始まったクラウドファンディング。集まった支援金で「グルメアクション」をテーマにした街おこしムービーを撮影予定だ。支援のコースは3000円から。すべてのコースで、エンドロールに名前を掲載、フライヤー提供、今井さんからの感謝メールといった特典があるほか、コースによりさまざまなリターンも用意している。
著者プロフィール
小枝祐基
PC、Mac、家電・デジタルガジェット周りを得意とするフリーライター。著書に『今日から使えるMacBook Air & Pro』(ソシム)、『疲れないパソコン仕事術』(インプレス)など。