Mac業界の最新動向はもちろん、読者の皆様にいち早くお伝えしたい重要な情報、
日々の取材活動や編集作業を通して感じた雑感などを読みやすいスタイルで提供します。

Mac Fan メールマガジン

掲載日:

生成AIは「創造性の敵」なのか? Appleユーザ目線でAdobe MAX 2024を考察する

著者: 山下洋一

生成AIは「創造性の敵」なのか? Appleユーザ目線でAdobe MAX 2024を考察する

生成AIの搾取を恐れるクリエイター

10月14日〜16日、米フロリダ州マイアミビーチで、クリエイターの祭典「Adobe MAX 2024」が開催された。2013年のCreative Cloudへの移行、2016年のAdobe Sensei導入、2018年のiPad版Photoshopなど、MAXでの発表はしばしばクリエイティブ業界全体に波紋を投げかけてきた。今年はまさにそんな「MAX」となった。

Adobe Fireflyファミリーにイメージモデル、ベクターモデル、デザインモデルに続いて、ビデオモデルを追加。生成AIをスムースに活用できるよう主要アプリケーションへの統合を進めている。

Adobeは昨年、MAX 2023で生成AIモデル「Adobe Firefly」の大幅アップデートを発表し、その後にPhotoshop、Illustrator、Adobe Expressなど、主要なAdobe製品への統合を進めてきた。そして今年のMAXで、動画生成AIモデル「Adobe Firefly Video Model」のパブリックベータ提供を開始し、Creative Cloudに100以上の新機能追加するなど、AI利用を中心とした数多くの発表を行った。Adobeは生成AIでクリエイティブの世界を変えようとしている。

しかし、それを歓迎しないクリエイターも存在する。

今年8月、豪Savage Interactiveのジェームス・クーダCEOがiPad用イラスト制作アプリ「Procreate」に「生成AIを搭載しない」と明言したことが、クリエイターの間で大きな論争を引き起こした。

同社はProcreateのWebサイトで「創造性は生成されるものではなく、つくるもの」と主張し、生成AIを「窃盗という土台の上に構築されたテクノロジー」と非難したのである。これに多くのクリエイターが共感し、米テック系ユーチューバーMKBHDもその論争に加わって、Xに「Adobeは(クリエイターの声に)耳を傾けるべき」と投稿し、さらなる物議を醸した。

「AIは我々の未来ではない」と、生成AI拒否を宣言したProcreate。
https://procreate.com/ai

ProcreateのクーダCEOが主張するように、生成AIは「創造性に対する脅威」なのだろうか?

約1万人が集まったMAX 2024会場でたくさんのクリエイターに話を聞いた。「AIばかりで話題が偏重している」という人がいれば、新しいAIツールの可能性に胸を躍らせる人々もおり、その受け止め方はさまざまであった。しかし、一つ確かに感じたのは、クリエイティブ領域におけるAIの活用はもはや避けられない現実ということである。

現在、クリエイティブ産業は、コンテンツ需要の増大、それに伴う質の確保、パーソナライズ化や多様性への要求、そしてコスト効率化への圧力など、多くの課題に直面している。画像・動画、音声、テキストを認識し生成することが可能なAI技術の急速な進化は、これらの課題に対する強力なソリューションとなり得るのである。

PCやインターネットなど、過去の革新的技術がそうであったように、生成AIも倫理的な問題を抱えながらも、クリエイティブ産業に変革をもたらす推進力として期待されている。

クリエイティブの可能性を広げるツールを提供する

今回のMAXでは、「Adobeのミッションはクリエイターに力を与えるツールを提供すること」という言葉をたびたび耳にした。クリエイティビティの世界は大きな変化を繰り返してきた歴史がある。その中で、Adobeは、画像編集、デジタルパブリッシング、デジタル文書の普及、Webデザイン、クラウド、モバイルといった領域で、クリエイターの創造性を高めるツールを提供してきた。それらはいずれもリスクを伴う挑戦であった。

たとえば、Photoshopが普及した始めた際にも、デジタル画像の複製や編集をめぐる懸念が広がった。Adobeは、適切な技術提供やガイドラインの策定、写真業界やデザイン業界との連携を通じてこれを克服し、最終的にクリエイティブの可能性を広げるツールとして受け入れられたのである。

「生成AIは人間の創造性を置き換えるものではなく、創造性を高めるツールである」がAdobeの生成AI戦略の基本姿勢。

生成AIの導入では、安全なコンテンツを生成するAIモデルが不可欠である。Adobeは、AIの学習に「許諾を得たコンテンツ」のみを使用している。また、インターネット上のコンテンツを収集したり、顧客のデータを学習に使うこともない。権利関係が明確に管理されており、Fireflyを使用して生成した画像や動画に著作権の問題はなく、商用利用が可能なコンテンツになる。

「許諾を得たコンテンツのみで学習」「Adobe Stockのクリエイターには対価を支払う」「顧客のコンテンツをAI学習に使わない」「インターネット上のコンテンツを収集しない」がAIモデル開発の4原則。

そして、クリエイターが制作プロセスにおいて生成AIを活用できるよう、既存のAdobeのツールに融合させている。たとえば、Photoshopで画像のリサイズ時に不足する領域を「生成拡張」機能で簡単に埋めることができる。

最新のPhotoshopのアップデートでは、電線と人物を自動検出して簡単に削除できる機能が追加された。生成AI機能としてわざわざ用意しなくても、クローンスタンプを使ってできていたことである。しかし、Adobeによると、電線や人物はPhotoshopユーザが削除するもので突出して多く、ユーザはその作業に長い時間を費やしていた。それを、「不要な物を検出」機能を使って一瞬で終えられるようにした。

建物の間に張り巡らされた電線を数秒で削除、手間と時間のかかる作業からユーザを解放した。

同様に、新たに登場した動画生成AIモデル「Adobe Firefly Video Model」(ベータ)は、Premiere Proに「生成拡張」として組み込まれた。動画と音声を生成して、クリップを最大2秒まで拡張できる。動画制作において、「微妙に足りない」という状況はたびたび発生する。「生成拡張」により、それを埋めるために撮り直したり、スローモーションで調整するといったことを避けられる。その価値は非常に大きい。

Premiere Proの「生成拡張」は、動画を「伸ばす」だけ。Adobeの生成AI機能は既存のワークフローに統合されているため、学習曲線はほとんどなく、すぐに生成AIを活用できる。

Fireflyモデルを使って、すでに130億枚以上もの画像が生成されており、そのうちの7割以上がAdobeのツールを使ったワークフローの中で使用されている。「生成塗りつぶし」は、Photoshopのトップ5機能の一つになっている。

下は、Illustratorに追加された生成AI機能「生成塗りつぶし(シェイプ)」(ベータ)のデモである。同機能は、シェイプに詳細なベクターを生成する。このイラストレーターは、宇宙船のコンセプトは定まっていたものの、最後に惑星をどのように描くかを決めかねていた。そこでシェイプに様々なパターンを生成させた。

環のあるシェイプから(左)、生成AIがシェイプが土星であると判断、宇宙のシーンに合わせて土星のイラストを生成した(右)。

このように生成AI機能を利用して、さまざまなデザインを素早く試せることで、作品のアイデアをさらに深められ、最初は意図しなかった表現への気づきを得られることもある。

業界最前線でクリエイターを支える取り組み

Adobeは生成AIがクリエイターコミュニティの中で「多くの疑問」を持たれていることを認識している。そのため、生成AIを使用するかどうかをユーザが選択できるようにし、使用する場合には、ユーザのスキルや経験を置き換えるのではなく、補完してクリエイティビティを高められるよう実装している。

また、生成AIを導入するプロセスを通じて、コミュニティの声を重視し、技術プレビューや制限付きベータ、パブリックベータを通じてフィードバックを収集し、生成AIがクリエイティブプロセスに及ぼす影響を慎重に評価しつつ、既存のクリエイターがもっとも活用できる方法を模索している。

Fireflyでは「業界でもっともクリエイターに優しいアプローチをとっている」とデイビッド・ワドワーニ氏(デジタルメディア事業部門社長)。

今年6月にAppleが「Apple Intelligence」を発表した際、同社の生成AIの取り組みはAdobeと共通すると感じられた。MAX 2024でその認識がさらに深まった。「クリエイティブツールを提供する企業」と「デバイス体験を追求する企業」という違いはあるものの、生成AIのメリットを適切にユーザに提供するという顧客中心のアプローチという点で両社は一致している。

生成AI市場の先行者利益を巡る競争が激化し、AI倫理が軽視されることも多い現状において、AdobeやAppleの慎重な取り組みに難色を示す投資家もいる。しかし、この「倫理的で責任あるAI開発」というアプローチこそが、長期的には、持続可能なイノベーションと確固たる顧客信頼の構築につながるのではないだろうか。

著者プロフィール

山下洋一

山下洋一

サンフランシスコベイエリア在住のフリーライター。1997年から米国暮らし、以来Appleのお膝元からTechレポートを数多くのメディアに執筆する。

この著者の記事一覧