※この記事は『Mac Fan 2017年9月号』に掲載されたものです。
最近の電子機器はやたらに光る。ステータスランプと呼ばれるLEDランプが無数についていて、便利な面はあるものの、夜寝るときに眩しいという人も増えてきた。
なぜ、LEDランプがこんなにも増えていったのだろうか。これが今回の疑問だ。
プロダクトデザインにおける、マインドシェアとセールスシェアの違い
あるプロダクトデザイナーから、心に残る話を聞いた。彼は「マインドシェアを高めるためにデザインをしています」と言う。マインドシェアは、好感度とか認知度と訳されることが多いが、この話の文脈では「消費者が気になる度合い」のことで、製品を購入するときには必ず選択肢の1つになるという。もし、ほかの製品が選ばれた場合でも、使いながらずっとその製品が気になる。選ばれた場合は満足感を覚え、数年後にまた同じメーカーの製品に買い替えようと意識するようになる。そういう「気になる」製品を作るのがデザイナーの仕事だと言うのだ。
一方で、セールスシェアを高めるためのデザインも存在している。特に白物家電の世界では、マインドよりもセールスが優先されることが多いように感じられる。日本では、俗に「大手電機8社」と呼ばれるほど家電メーカーの数が多い。このほかにも、炊飯器やポットなどでは専業メーカーもある。競合製品が多いために、どうしても「売り場で目立つ」デザインが要求されがちだ。
たとえば、うちの扇風機にはLEDランプが14個もついている。風の強弱を示すのに4つ、風の出し方にリズムモード、おやすみモードなどがあり、このモードを表すのに4つ、入タイマーの時間を示す1、2、4、6が4つ、さらには切タイマーの時間も別に4つのLEDランプがついている。扇風機を使うと必ず2つ以上のランプが点灯し、夜寝ているときは正直かなり気になる。目の端に青い光が入り、暗闇の中では天井や壁に映るほどの輝度がある。
このように、青色LEDで表示され、それも不要とも思える数が使われているのが気になる人は意外に多いようだ。ホームセンターなどでは、LEDの減光シールという商品も販売されている。
そのLEDランプは必要か。セールスシェア志向への偏重には、消費者も加担している
しかし、これが家電製品のセールスシェアを志向するデザインなのだ。白物家電では基本機能で大きな差別化をすることは難しくなっている。そのため、「そよ風モード」のような付加機能で差別化をしなければならない。付加機能をつけたら、それを「売り場で直感的に伝えるため」に、外観に専用ボタンや表示ランプをつけなければならない。こうして、家電製品はボタンとランプが多いデザインになっていく。
これを「ダメなデザイン例」と否定することは簡単だが、それを言うのであれば、私たちは自らの消費行動を反省しなければならないだろう。家電を買うときに、性能も価格もほぼ同じであれば、「こちらにはそよ風モードがあります」という、使うか使わないかわからない付加機能がついているほうを選んではいないだろうか。付加機能がないほうを選ぶには「自分には不要だ」という決断が必要になるため、多くの人は何となく付加機能が多いほうを選んでしまう。そして、購入後に「ボタンが多すぎて使いづらい」「ランプが目障り」と文句を言うことになってしまうのだ。
また、メンテナンスを優先したデザインもある。私の家に電話会社が置いていったルータには、前面に9個のLEDランプがあり、そのほとんどが常に点灯している。しかも、ACTという名前のランプは、ネットを使うたびにチラチラと点滅する。幸いなことに、寝室ではない部屋に置いてあるが、もし寝ているときに視界に入ったら、かなり目障りなのではないかと思う。しかし、このデザインの意図も理解できる。ルータはついこの間まで、業務用の機器だった。エンジニアにとってはステータスランプが多いほうが、動作状況を把握しやすいのだろう。
一貫したAppleのデザイン哲学。LEDランプの数と点灯頻度は限りなく少ない
その一方で、私たちが使っているApple製品は確実にマインドシェアを志向するデザインになっている。たとえば、私が使っているiMacには見たところLEDランプのようなものが存在しない。ありがちな「電源オン」ランプすらない。それでも、ほとんどのシーンで何も困らない。
ところが、FaceTimeを起動すると、このときだけカメラ横のLEDランプが点灯する。自分の映像がどこかに送信されているという、極めてプライバシー上注意すべき状態であることを教えてくれるのだ。ほかにLEDランプがないだけに、このステータス表示が目立つことになり、誰でもほぼ確実に気がつくはずだ。
さらに、昔のAppleワイヤレスキーボードも、LEDランプはないように見える。ところが、電池交換をしてスイッチを入れたときだけ小さなLEDランプが点灯し、数秒ほどで自然に消えてしまう。電池を交換した直後は、正しく電池が装填されていることを確かめるために通電しているかどうかを知る必要があるが、その後は電源が入っているかどうかはキーを押してみればわかる。
また、Wi−FiルータであるAirMacシリーズもLEDランプは1つだけしかない。こちらはWi−Fi電波が放射できている状態では、緑色のランプが点灯している。しかも、眩しくないように減光加工までしている。素晴らしいのは、問題が発生したときだけオレンジ色になり点滅することだ。見た瞬間に「いつもと違う色」なことがわかり、点滅することから「何らかのトラブル」であるということが直感的に理解できる。具体的な対処法はマニュアルやWebで調べなければならないが、これはLEDだらけのルータでも同じことだ。
Apple製品ではステータスランプを極力少なくし、本当にユーザに伝えなければならないことがあるときだけ、ランプを点灯させるというデザインのルールが一貫されていることがわかるだろう。
重要性を増すマインドシェア。世界で戦うためにメーカーが学ぶべきこと
このようなステータスランプは、電源オンのときに「緑色」、オフのときに「赤色」を点灯させることから始まった。ところが、視覚的に緑と赤の区別がつきづらい人もいるので、ユニバーサルデザインの見地から緑ではなく青が使われるようになった。しかも、この青色は、青色発光ダイオードの発明で話題になったことや、冷色でIT機器のクールさを演出できることから、次第に過度に用いられるようになっていった。
しかし、現在は業務用機器と民生用機器の境目は曖昧になってきた。Wi−FiルータやネットワークHDDのような機器は、以前であれば電話交換局や開発ルームのような場所に置かれ、専門家が扱う機器だった。それが今は家庭の中に置かれている。だとしたら、プロ向けの大量のステータスランプは不要だ。私たち素人にはステータスランプを見ても、動作状況などわからないからだ。
家電製品も、事前にECサイトの使用レビューなどを参考に比較検討する買い方に変化して、売り場で競合より目立つデザインはセールスに直結しなくなってきている。いまではAppleのようなユーザ体験を重視してマインドシェアを取りに行くデザインこそが有効になりつつあるのだ。
もちろん、このことは一部の国内メーカーも気がついていて、そうしたシンプルな製品も登場しているが、まだ少数派だ。日本メーカーの製造技術が優秀なのは疑いないが、たとえば掃除機の分野では、「吸引力が変わらない」という本質で勝負した英国メーカーと「ロボット掃除機」というイノベーションで勝負した米国メーカーが市場に入ってくると、あっという間に地位を確保されてしまった。このような事態がほかの分野でも起こらないとは言えない。Appleから学ぶべきことは学び、日本の優秀な製品が日本市場での地位を確保できるように、そして海外でも地位を占められるように願っている。
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著者プロフィール
牧野武文
フリーライター/ITジャーナリスト。ITビジネスやテクノロジーについて、消費者や生活者の視点からやさしく解説することに定評がある。IT関連書を中心に「玩具」「ゲーム」「文学」など、さまざまなジャンルの書籍を幅広く執筆。