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「他社製GPUの導入はAppleの追求したい方向ではない」。独自設計を貫く「Apple GPU」の系譜と未来

著者: 今井隆

「他社製GPUの導入はAppleの追求したい方向ではない」。独自設計を貫く「Apple GPU」の系譜と未来

画像●Apple

※本記事は『Mac Fan』2023年12月号に掲載されたものです。

– 読む前に覚えておきたい用語-

GPUカードeGPU
(External GPU)
Fabless
NVIDIAやAMDなど、独立したGPUチップを搭載したPCIeカードを指す。最近のハイエンドGPUカードでは、最大24GBものGDDR6X SDRAMを専用メモリとして搭載し、300W近くにおよぶ消費電力の大きなものも存在する。GPUチップとビデオメモリをThunderboltポートを介してPCIeに外付け接続するもので、Blackmagic eGPUなどがその代表。MacBookシリーズのようにGPUカードを搭載できないMacでも、GPU性能の強化やディスプレイの増設が可能だ。自社で生産設備(Fab)を持たずに製造業を営む企業を指す。Appleはシリコン設計を自社で行う一方で、チップ製造はTSMCなどの半導体製造企業に委託しており、iPhoneやMacなどの生産も製造受託企業(EMS)に委託している。

WWDC23で示されたAppleのGPU戦略

Appleシリコンは自社開発のGPUをその内部に統合する一方で、他社製GPUの接続をサポートしない。M2 Ultraを搭載するMac Proは、多数のPCIe拡張スロットを備えているにもかかわらず、他社のGPUカードをサポートしないとされている。また、Intel搭載Mac時代にサポートされていたThunderbolt接続のeGPUも、Appleシリコン搭載Macではサポートされていない。

2023年6月に開催されたWWDC(世界開発者会議)23で開催された「The Talk Show Live From WWDC 2023」において、ブログメディア「Daring Fireball」のJohn Gruber氏は、M2 Ultraを搭載するMac ProがGPUカードをサポートしない点について、Apple幹部にインタビューしている。

その中でワールドワイドマーケティング担当上級副社長のGreg Joswiak氏は、ディープラーニングなどのGPUコンピューティング分野におけるNVIDIAの業績を高く評価する一方で、「AppleにできることはApple以外にはできず、Appleは自社のユーザにとって、もっとも重要なことに集中したいと考えている」と述べた。また、ハードウェアエンジニアリング担当上級副社長のDan Riccio氏は「(他社の)GPUを導入してAppleシリコンに最適化することは、Appleが追求したい方向ではない」とし、今後もGPUカードやeGPUなどの拡張性をサポートする考えがないと示した。

自社設計「Apple GPU」に至るまでの系譜

Appleは2007年にリリースした初代iPhoneから10年もの間、Imagination TechnologiesのPowerVRシリーズをそのGPUに採用してきた。同社は英国に拠点を置くファブレス企業で、もともとはVideoLogicという社名でPC向けのGPUチップ「KYROシリーズ」を開発していたが、社名変更と同時にゲーム機やモバイル製品向けの省電力GPUコアのIPデザインをライセンス提供するビジネスに転換した。

その優れた省電力性能に目を付けたAppleが、同社のGPU設計をiPhoneのSoCに採用したわけだ。PowerVRは省電力だけでなく優れたメモリ利用効率も大きな特徴で、わずか128MBのメモリしか持たない初期のiPhoneにとっては魅力的なGPUだったに違いない。

iPhoneシリーズが採用するGPUの遍歴。初代iPhoneからImagination TechnologiesのPowerVRシリーズを採用しており、独自設計に切り替わったあとも、そのアーキテクチャをベースに性能や機能を強化しているものと推測できる。

2017年1月、AppleはGPUを自社設計に切り替え、2年以内にImagination TechnologiesのIPライセンス使用を中止すると発表した。また同年リリースされたiPhone 8/Xから、Appleシリコンには独自設計のGPUが採用されている。とはいえ、AppleのGPUデザインオフィスにはImagination Technologiesから移籍した技術者が多く、その開発拠点も同社からほど近い場所にある。現在もApple GPUのベースとなっているのはPowerVRシリーズのアーキテクチャであり、同社の知的財産を回避したうえで独自に拡張した設計を行っているものと推測可能だ。

2020年1月、Imagination TechnologiesはAppleと新しいライセンス契約を締結すると発表した。2019年に同社が発表した新しいGPUデザイン「IMGシリーズ」に導入されたいくつかの新技術が、Appleにとって魅力的な存在だったと考えてよいだろう。

多数の新機能を携えて登場した「A17 Pro」の「Pro-Class GPU」

Appleシリコンの特徴は、メモリシステムを中核に置くUMA(Unified Memory Architecture)と、圧倒的なスケーラビリティにある。UMAではメモリとファブリックを中心に、CPU、GPU、Neural Engine、Media Engine、ISPなどの処理ユニットがこれを共有するシステム構造を採る。これらの処理ユニットを含む構成要素は、iPhone用AシリーズやMac(iPad)用Mシリーズすべてに共通しており、異なるのはそのスケール(構成数)だ。つまりiPhoneとMacのGPUアーキテクチャは同一で、違うのはその規模のみである。

Appleシリコンの特徴であるユニファイドメモリアーキテクチャでは、メモリとファブリックを中心に処理ユニットが取り囲む。メモリ上のデータの移動を最小限にすることで、メモリ消費を抑えつつ高速化と省電力化を実現する。
画像:https://www.youtube.com/watch?v=5AwdkGKmZ0I

このようなシステム構成では、自社でコントロールできない社外のGPUをUMA内に取り込むことは得策ではない。たとえば、より高性能な他社のGPUをシステムに取り込んだとして、それをiPhoneのような省電力性能が優先される用途にスケールダウンできるかというと、おそらくそれは困難だろう。一方で、AppleシリコンはiPhoneのようなモバイルデバイスに採用可能なGPUを採用していると同時に、M2 Ultraを見ればわかるように、そのGPUコア数(最大76コア)とメモリ帯域をスケーラブルに拡張することができる柔軟性が特徴だ。

2023年9月に発表されたiPhone 15プロシリーズの心臓部「A17 Pro」では、そのGPUデザインが大きく見直された。Appleはこれを「Pro-Class GPU」と呼んでおり、新たにメッシュシェーディングに対応し、レイトレーシングのハードウェアアクセラレータを実装した。さらに演算性能を倍増したNeural Engineと組み合わせ、超解像技術によるアップスケーリング機能も実現している。

A17 ProのGPUコアはシェーダアーキテクチャを刷新してメッシュシェーディングに対応、さらにレイトレーシングのハードウェアアクセラレータを初搭載するなど新機能は多岐に渡る。Appleはこれを「Pro-Class GPU」と呼んでいる。
画像:https://www.youtube.com/watch?v=ZiP1l7jlIIA

「Metal 3」への最適化がもたらすリッチなゲーム体験

実は、これらの新機能のほとんどは、2022年のWWDC22で発表された新しいグラフィックAPI「Metal 3」で採用された機能だ。Metal 3ではメッシュシェーディングへの対応、レイトレーシングの最適化、超解像技術「MetalFX Upscaling」などが新機能として実装されたが、A17 ProのGPUはハードウェアでこれらの処理をアクセラレート(加速)できる。つまり、Pro-Class GPUはMetal 3に最適化された最新のGPUだといえる。

Pro-Class GPUの強化ポイントは、2022年6月のWWDC22で発表されたMetal 3の新機能とその多くがオーバーラップしている。これらはいずれも、Appleデバイスにおけるゲーム体験のクオリティを大きく向上させる効果を持つ機能ばかりである。
画像:https://developer.apple.com/videos/play/wwdc2022/10066/

Metal 3の目的は、グラフィックスの質感を高めてユーザによりリッチなゲーム体験を提供することにある。そして、それをもっとも必要としているのが、Windows PC向けのゲームをMacに移植するための「Game Porting Toolkit」だ。

A17 Proに採用されたPro-Class GPUがスケールアップしてMac用Appleシリコン「M3シリーズ」に搭載されたことで、高性能なGPUカードを搭載したWindows PCやゲーム専用機に匹敵する、リアルで没入感の高いグラフィック体験がMacユーザにもたらされた。それこそがAppleの考える「自社のユーザにとってもっとも重要なこと」の1つなのかもしれない。

著者プロフィール

今井隆

今井隆

IT機器の設計歴30年を越えるハードウェアエンジニア。1983年にリリースされたLisaの虜になり、ハードウェア解析にのめり込む。

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