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Macの「ジニーエフェクト」はなぜ存在するのか? Appleデバイスが持つ“遊び心”の本当の意味

著者: 牧野武文

Macの「ジニーエフェクト」はなぜ存在するのか? Appleデバイスが持つ“遊び心”の本当の意味

Mac、iPhone、iPadといったAppleデバイスを使っていると、さまざまなアニメーション表示を目にする。ウインドウが画面下部に吸い込まれるように小さくなる、「ジニーエフェクト」がよい例だ。

これらは「Apple製品はキュートで遊び心がある」と思われている要因だが、本当にそうなのだろうか? アニメーション効果はただのお遊びなのか? それとも実用性があるのか? これが今回の疑問だ。

※本記事は『Mac Fan』2012年11月号に掲載されたものです。

楽しくおしゃれなだけじゃない。アニメーションエフェクトの狙い

MacやiPhone、iPadのユーザインターフェイスは、世間では「お洒落でクール、スタイリッシュ。溢れる遊び心」と思われている。

たとえば、Macでウインドウを最小化すると、画面下部に吸いこまれるように小さくなって消えていく。まるでアラジンの魔法のランプのようなので、「ジニーエフェクト」と呼ばれている。また、似たようなアニメーション効果はiPhoneやiPadにもふんだんに盛り込まれている。

もちろん、こういうところがApple製品の楽しさだが、実はこれは単なる遊び心だけのものではなく、インターフェイスとして実用的な意味があるのだという話を今回は紹介したい。

その前に、ちょっとMacのウインドウを開いて、最小化ボタンをクリックしてみていただきたい。ジニーエフェクトで画面下部に消えていくだろう。では、次に[Shift]キーを押しながら、最小化ボタンをクリックしてほしい。同じようにジニーエフェクトでウインドウが消えていくが、動作がゆっくりになるはずだ。

ウインドウの最小化ボタンをクリックする、ドック内にしまわれたウインドウがあるときはドックのファインダアイコンをクリックすると表示されるジニーエフェクト。[Shift]キーを押しながらクリックすると、ジニーエフェクトがものすごくゆっくりとなる。

同様にフォルダを開くときに、[Shift]キーを押しながらダブルクリック、あるいはコンテキストメニューから[開く]を選ぶと、ものすごくゆっくりとフォルダが開く。一見実用性がなさそうに見える効果はなぜ用意されているのだろうか?

インターフェイスの専門家、そしてMacintoshの生みの親であるジェフ・ラスキン

それを説明するには、Mac(Macintosh)の生みの親について話をしなければならない。生みの親は故スティーブ・ジョブズと思われがちだが、正確には社員番号31番のジェフ・ラスキンという人物である。

ラスキンはインターフェイスの専門家で、Appleの最初のヒット製品であるApple IIにインターフェイス上のさまざまな問題点があると感じ、教え子のビル・アトキンソンを引っ張ってきて、次世代のコンピュータであるMacintoshの開発を進めていた。

一方、ジョブズはこのプロジェクトに大反対で、まったく新しい観点から「Lisa」という次世代コンピュータの開発を指揮していた。しかし、ジョブズはそこでさまざまな問題を起こし、プロジェクトから追われてしまう。そこでラスキンのMacintoshプロジェクトに介入し、結局はラスキンを追い出し、LisaとそっくりのMacintoshに仕上げてしまう。これが今私たちが使っているMacの源流となる。

このあたりにもエキサイティングな物語があるのだが、それはまた別の機会に語るとして、その後ラスキンは彼のMacintoshを米キヤノンから発売し、インターフェイスの専門家として著名な人物になっていった。

ジェフ・ラスキンは、Appleを退社後、米キヤノンから「Canon Cat」というコンピュータを発売した。実は、これがラスキンが作りたかったMacintoshにもっとも近い形になったといわれている。いわば、もうひとつのMacintoshだ。ラスキンはその後もインターフェイスの研究を続け、現代の機器に大きな影響を与えている。2004年に61歳ですい臓がんにより死去。写真引用元:Wikipedia

実は効率的なMacのジニーエフェクト

ラスキンの研究によると、「画面はいきなり切り替わってはいけない」という。ある画面からある画面に瞬間的に切り替わってしまうと、人間の脳はその変化についていけず、新しい画面にどのような要素があるかの把握から始めることになる。この把握時間に通常3秒から9秒もかかり、瞬間的に切り替えるのは、かえって作業の効率を落としてしまうのだ。

たとえば、ウインドウの最小化ボタンをクリックして、瞬間的にウインドウが消えてしまうとしよう。おそらくほとんどの人は何が起きたのか呆然とし、それから画面の隅々を目で探し回るだろう。そして、ウインドウが見つからないことに絶望して、ブツブツいいながら新しくウインドウを開き直すか、取り扱い説明書を読もうとするかもしれない。

しかし、ジニーエフェクトがあったらどうだろう。ウインドウがドックのファインダアイコンのあたりに吸い込まれていくことがアニメーションから理解できる。もう一度、ウインドウを出したければ、ドックのファインダアイコンをクリックすればいいということもなんとなく想像がつく。

このようなエフェクトアニメーションは1秒から2秒程度あり、せっかちな人にはその時間がもったいないとイライラするかもしれないが、実は瞬時にウインドウを消してしまうときの脳の把握時間3秒から9秒に比べて、はるかに効率的なのだ。しかも、その効率さは、人間の脳や真理に与える負担も少ない。

ウインドウを閉じるときのエフェクトは、システム環境設定の[Dock]から[ジニーエフェクト][スケールエフェクト]のいずれかが選べる。スケールエフェクトの場合は、ウインドウが縮小されて消えていく。ジニーエフェクトのほうが演出としても面白いし、ウインドウがどこにしまわれたのかがわかるので、実用面でも優れている。

アニメーションを“ゆっくり”させる機能はなぜ搭載されている?

このようなトランジションアニメーションの適切な長さは個人によるのだろうが、筆者にとってフォルダを開くアニメーションは速すぎる。デスクトップにあるフォルダを開くときはいいのだが、すでに開いたフォルダの中にあるフォルダを開くときは、アニメーションが速すぎてほとんど見えない。

しかも、Finderの環境設定から[フォルダを常に新規ウインドウとして開く]設定をオフにしているので、フォルダの内容が一瞬で入れ替わるように見える。ときどき、自分でフォルダを開いたものの、一瞬、自分がどの書類を目指していたのかわからなくなることがあるのだ。ちょうど、冷蔵庫を開けてみたものの「あれ、何を取るつもりだったんだっけ?」となる感覚に似ている。

もちろん、このような事態を避けたいのであれば[フォルダを常に新規ウインドウとして開く]をオンにしておけばいいし、フォルダをカラム表示にしておけばいい。

[フォルダを常に新規ウインドウとして開く]をオンにすると、どうしてもデスクトップに無駄なウインドウが散らかりがちになるものの、[option]キーを押しながらクローズボタンをクリックすると、すべてのウインドウを閉じることができるという技を知っていればそう大きな問題にはならない。また、カラム表示は表示に幅をとることになるが、そう大きな問題ではないだろう。

Finderの環境設定→[一般]にも[フォルダを常に新規ウインドウとして開く]という設定がある。また、ウインドウからはアイコン、リスト、カラム、カバーフローと4種類の表示方法が選べる。このあたりはあまりいじらない人も多いと思うが、いろいろ試してみることで、Macの作業効率は格段に上がる。この機会にいろいろ試してほしい。

冒頭で触れた「[shift]キーでゆっくりとなるトランジションアニメーション」がいったいなんの目的で用意されているのかAppleは言及していないが、おそらくは「アニメーション速度が速すぎるのではないか」という心配がAppleにもあり、遅い速度のものも用意しているのだろう。

たとえば、視覚や判断力に問題を抱えている人の場合、今のアニメーションの速度は早過ぎるかもしれない。そういう人にも、[シフト]キーのゆっくりアニメーションを何度か見せておけば、通常の速度でも何が起こっているのか理解できるようになる。

使って気持ちがいいApple製品の秘密

このようなアニメーションは、Macだけでなく、iPhoneやiPadにもふんだんに用意されている。素晴らしいと思うのは、アプリを切り替えたときに起こるカードをシャッフルするようなアニメーションだ。これで別のアプリに切り替わったことが誰にでもわかるからだ。

確かに、MacやiOSのアニメーションはお洒落クールでキュートだ。しかし、それは単なる遊び心ではなく、すべて実用性に裏打ちされている。Apple製品はこの点において他社製品の追随を許していない。Apple製品を使うと、気持ちがよくなるのはそれゆえなのだ。

著者プロフィール

牧野武文

牧野武文

フリーライター/ITジャーナリスト。ITビジネスやテクノロジーについて、消費者や生活者の視点からやさしく解説することに定評がある。IT関連書を中心に「玩具」「ゲーム」「文学」など、さまざまなジャンルの書籍を幅広く執筆。

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