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Appleの「修理する権利」への向き合い方。ホワイトペーパーで示した「修理が高額」「買い替えを強いている」に対する反論とは?

著者: 山下洋一

Appleの「修理する権利」への向き合い方。ホワイトペーパーで示した「修理が高額」「買い替えを強いている」に対する反論とは?

写真●山下洋一

拡大する「修理する権利」の背景にあるもの

Apple製品の寿命は伸び続けている。5年以上使われているiPhoneが何億台もあり、その数は今も増え続けている

Longevity by Design

米国や欧州では、「修理する権利」として故障した電子機器を誰でも修理できるようメーカーに義務づける動きが始まっている。法制化も進み、電子機器メーカーは対応を迫られている。

その状況下で、Appleが6月26日に、「Longevity by Design」と題したホワイトペーパーを公開した。同社が「長寿命化(Longevity)設計」をどのように実現しているのか。これまでの取り組みの成果や調査結果のデータを交えて説明している。

「修理する権利」が広がり始めた背景には、メーカー側の姿勢への批判がある。スマート化した携帯電話やパソコンは高性能・高精密な部品を使用しているため、基準を満たすパーツを使用して適切な修理を行わないと本来の機能・性能を発揮できなくなる。

製品の進化に伴い、メーカーは利用体験の維持と事故防止のために製品設計や修理手法を変更してきた。その結果、従来の電子製品に比べて修理のハードルが上昇。これに対し、メーカーによる修理業務の独占や買い替えの強要といった批判が生じ、修理に必要な情報・部品の適切な提供を義務づける「修理する権利」が米国で広まり始めたわけだ。欧州では、リユース(再利用)を重視したルール作りが進められている。

「修理可能性を高めるだけでは長寿命にならない」というAppleの主張

この問題は二律背反的である。壊れにくい設計は修理を困難にし、製品および修理のコストが上昇するのは避けられない。一方、容易な修理や部品交換を可能にすると、デザイン面でのトレードオフが発生し、製品の品質や耐久性が低下する可能性がある。

修理・部品交換のしやすさを追求するのは、壊れることを前提とした設計だ。それはユーザが望むところではない。Appleは「Longevity, by Design」で「最高の修理とは、それが最後まで必要ないことだ」と述べている。

ユーザにとっては製品が壊れないことが最善だ。だが、絶対に壊れない電子機器は存在しない。ユーザが長く快適に使い続けられるように、耐久性や使いやすいデザインと修理可能性の間でいかにバランスをとるかが重要になる。

「長持ちする製品を設計するには、耐久性と修理性のバランスを取りながら、継続的なソフトウェア・アップデートを提供する必要がある」とジョン・ターナス氏(ハードウェア・エンジニアリング担当シニアバイスプレジデント)。

Appleは、耐久性と修理可能性を兼ね備えた設計、信頼性、OSサポート、修理サポートの拡充を組み合わせた対策を行っている。これにより、製品寿命、中古製品の価値、修理サービスの利用頻度の減少で測定される長寿命化で「業界をリードしている」と強調した。

Appleが行う、あらゆる“可能性”を追求したハードウェアテスト

長寿命化は製品開発に関わるすべてのチームの取り組みになっており、プロトタイプ作成前の段階から初期の決定が下されている。

部品の固定にシールやガスケット、接着剤が使用されていることがよく批判されるが、それらは製品の耐久性を向上させるために用いられたものだ。たとえば、 iPhone 7シリーズでは液体侵入保護を導入している。その分、分解・組み立てや部品の交換が複雑になったが、液体による損傷の修理が75%も減少した。製品寿命を最長化させるうえで、Appleは常にハードウェアの信頼性を優先事項としている。

耐久性テストでは、実際の使用環境で製品に起こり得る多様な可能性を再現したテストを実行。たとえば耐水性能のテストは、小雨から消火ホースのような高圧スプレーまでさまざまだ。落下テストは産業用ロボットを使い、人が手から滑らせる何百パターンも試し、すべてスローモーション撮影でモニタしている。また振動テストでは、“バイクに乗っている人のポケットの中のiPhone”といったテストまで行っている。

WWDC 24でティム・クック氏と対談したテック系人気YouTuber・Marques Brownleeが、6月にAppleの耐久性テストラボをレポートした(「I Visited Apple’s Secret iPhone Testing Labs!」より)

修理しやすさにつながるAppleデバイスのモジュール化

Appleは、デバイスの耐久性向上とともに修理可能性も改善させている。iPhone 7では修理・交換を簡単にするモジュール化されたパーツが6つだったのが、iPhone 15では12個に倍増。最近の例だと、iPhoneを新しいシャーシ構造で設計し、背面ガラスを個別のモジュールとして修理できるようにした。それにより、顧客の修理費用を60%以上削減できている。

初代iPhoneではSIMトレイのみだった修理可能なモジュール部品がiPhone 15では12個に(Longevity by Designより)。

ただし、モジュール化にはサイズが大きくなるといったデメリットもある。ディスプレイやバッテリなど、消耗品や損傷を受けやすい部品は優先的にモジュール化して修理しやすくしているが、修理の必要性が低いパーツのモジュール化は必ずしも最適ではない。

たとえば、MagSafeを備えたiPhoneで充電ポートの修理サービス率は0.1%を下回る。その場合、モジュール化で個別に交換可能にすると、独自のフレキシブルプリント基板、コネクタ、留め具などの追加部品が必要になり、サイズの増大や部品の製造で炭素排出量が増加するといったデメリットのほうが大きいのだ。

Appleは、設計・デザイン、部品材料、組み立て技術、テスト、すべての工程で改善を積み重ね続けることで、耐久性を向上させ、故障率を下げてきた。「修理する権利」に対応することで、Apple製品が故障しやすくなるのを懸念する声もあるが、最新世代のApple製デバイスは、数世代前と比べて修理が必要になる可能性が低くなっている。事実、2015年から2022年にかけて、保証外修理率は38%も減少しているのだ。

Appleデバイスは修理にも透明性アリ。修理履歴を確認できる安心感

Appleはデバイスの各構成部品をソフトウェアを用いて識別している。このパーツペアリング(parts paring)は修理擁護者からの批判の的になっているが、適切な部品の使用はセキュリティや事故防止に欠かせないものだ。

Appleは過去5年間に専門サービスプロバイダを増やし、サービスおよび修理ネットワークの規模を2倍に拡大した。現在、米国では人口の85%が、車で30分以内の範囲で、Apple Store、Apple正規サービスプロバイダ (AASP)、独立修理業者(IRP)を利用できる。

また、米国や欧州でセルフサービス修理のプログラムを展開。修理サービス、純正部品/ツール/修理マニュアルのアクセスを容易にすることで、修理にまつわるユーザのストレス軽減を図っている。

現在、33の国・地域で「セルフサービス修理(Self Service Repair)」を提供しており、今秋からユーザや修理事業者がAppleの中古部品を修理に利用できるようにする。写真●Apple

また、ユーザが望むならサードパーティ製パーツを使用することも可能だ。セキュリティやプライバシー保護に影響するパーツは機能の利用に純正部品が必須だが、そうでないパーツではデバイスが機能を維持できる。

そのため、使用されている部品をユーザが把握していることが重要になる。悪質な業者が、純正パーツと偽ってサードパーティのパーツを使うことも起こり得るからだ。そうした被害を避けられるよう、「設定」アプリの[部品と修理の履歴]セクションでは、修理の履歴や純正部品の使用を確認できる。この機能は、自動車の走行距離計のように、中古デバイスの売買で買い手にとっても役立つ情報になるだろう。

ユーザのiPhoneが修理を受けた場合、「設定」の[一般]→[情報]に「部品と修理の履歴」が表示され、修理の履歴や使用された部品を確認できる。写真●Apple

Appleによると、iPhoneは、Androidスマートフォンと比べて長く価値を保ち、欧米の主要市場の複数の下取りプラットフォームで、少なくとも40%以上の価値を維持しているという。

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著者プロフィール

山下洋一

山下洋一

サンフランシスコベイエリア在住のフリーライター。1997年から米国暮らし、以来Appleのお膝元からTechレポートを数多くのメディアに執筆する。

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