※本コラムは「Mac Fan 2022年11月号」に掲載されたものです。
さまざまな分野が抱える課題を現場のスタッフとともに考えながら解決する手段として、私は「ダイアログ(対話)」の場を設ける活動を行っています。今回は、私が対話を重要な社会的処方として捉える契機となった、「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」という団体および同名のイベントについて紹介したいと思います。
ダイアログ・イン・ザ・ダークの公式WEBサイトには、以下の文章が掲載されています。
この場は完全に光を閉ざした“純度100%の暗闇”。普段から目を使わない視覚障害者が特別なトレーニングを積み重ね、ダイアログのアテンドとなりご参加者を漆黒の暗闇の中にご案内します。視覚以外の感覚を広げ、新しい感性を使いチームとなった方々と様々なシーンを訪れ対話をお楽しみください
ダイアログ・イン・ザ・ダーク
ドイツの哲学博士アンドレアス・ハイネッケ氏の発案によって、1988年に生まれたダイアログ・イン・ザ・ダーク。これまで世界50カ国以上で開催され、900万人を超える人々が体験しています。暗闇での体験をとおして、人と人との関わりや対話の大切さ、五感の豊かさを感じる「ソーシャルエンターテイメント」として、日本国内でも人気を博しています。
私がはじめてダイアログ・イン・ザ・ダークを体験したとき、光を失っていく中で感じた計り知れない不安が、徐々に他人の視線から解放された安心へと変化していくように感じました。見えるときには体感できなかった「足裏で感じる床の変化」や「音から得られる方向感覚」、「反響で知る空間や空気感」など、視覚以外の五感が次々と解放されていく感覚は、とても新鮮なものでした。
また、声を発しないと自分が消えてしまうような暗闇の中で、参加者は自然と次々に自分の言葉を口にし、対話を通じて人の温かみと感情の波動を感じることになります。解放的な感覚の中で始まる対話の体験は、その後の私の活動全体に大きな影響を与えました。
「喪失」に対する価値観を変えてくれるダイアログ・イン・ザ・ダークの活動理念と処方スタイルは、私の医療理念の根底となっています。働き方や生き方に新しい視点と変化を与えたいと考える人には、数時間の体験で人生観を大きく変えるよい機会になると思います。
話題は変わりますが、コロナ禍におけるコミュニケーションの枯渇もあり、2021年初頭に音声SNSアプリ「Clubhouse」が一時的に大きな話題となりました。そのクラブハウスが、今、視覚障害を持つ方々にとても人気だそうです。その理由は、以下のようなもの。
「声色は嘘をつけないから、人柄がよく伝ってくるClubhouse経由で新しい関係性が生まれやすい」
「耳だけで参加できるから気楽に人の温もりを感じられて孤独感が減った」
「声だけのコミュニケーションはリアルでもオンラインでも同じなので、移動しないでいつでも多くの人々と会うことができる」
視覚障害者にとって音声のみの対話は日常的なスタイルであり、複数の人と気軽に音声で話せたり、他人の会話を傍聴できたりする体験は、彼らには空間や時間の制約を超えた異次元の出会いの場となっているようです。
見えなくなることで気づきを与えてくれるダイアログ・イン・ザ・ダーク。音声のみの世界の中で活動を広げる視覚障害者たちの行動変容。私にはどこか共通した可能性を感じて、来るべき未来の対話を想像しています。視覚から入る情報が多くなりがちな現代、音声だけの世界に浸ってみて新しい可能性を探してみるのもいかがでしょうか。
著者プロフィール
三宅 琢
医師・医学博士、眼科専門医、労働衛生コンサルタント、メンタルヘルス法務主任者。株式会社Studio Gift Hands 代表取締役。医師免許を持って活動するマルチフィールドコンサルタント。主な活動領域は、(1)iOS端末を用いた障害者への就労・就学支援、(2)企業の産業保健・ヘルスケア法務顧問、(3)遊べる病院「Vision Park」(2018年グッドデザイン賞受賞)のコンセプトディレクター、運営責任者などを中心に、医療・福祉・教育・ビジネス・エンタメ領域を越境的に活動している。また東京大学において、健診データ活用、行動変容、支援機器活用関連の研究室に所属する客員研究員としても活動中。主な著書として、管理職向けメンタル・モチベーションマネジメント本である『マネジメントはがんばらないほどうまくいく』(クロスメディア・パブリッシング)や歌集・童話『向日葵と僕』(パブリック・ブレイン)などがある。