※本コラムは「Mac Fan 2021年12月号」に掲載されたものです。
皆さんは、「音」からどれだけの情報を得ていますか? 「そんなこと考えたこともない」というのが、一般的な意見かもしれません。そこで今回は「音による空間認識」という概念について紹介します。私は眼科医としてさまざまな患者にiPhoneの活用を紹介していますが、そこでは光を感じることも難しい視力の人と関わる機会が多くあります。
「想像していたより、天井が高いのですね。左手奥にあるのが、音が出ると噂になっているクライミングの壁ですか?」
これは、私がデザインした病院のエントランスに、全盲の患者を招待した際に言われた言葉です。視力を失ってからしばらく経つ患者の中には、たとえば反響音で壁までの距離や天井高といった空間を認識したり、音の発生場所から方向を判別したり、靴音から床の素材を識別したりなど、「音による情報の取得」が強化される人が存在します。視覚障害者にとって、音は重要な情報源です。
ところで、視覚障害者であるプログラマーとともに、音による認識を活かしながら、“音だけのゲーム”を作る「オーディオゲームセンター」という試みをご存じでしょうか。以下、公式webサイトから抜粋します。
オーディオゲームとは、映像情報が欠かせないビデオゲームとは異なり、音からつくり、音で遊ぶゲームです。音で構築されるこのゲームは、知覚や空間についての新たな認識をもたらすと同時に、わたしたちが日々どのように世界を聴いているのか、再発見する体験を生み出します。
オーディオゲームセンターHPより抜粋
足音で誰かが近づいてくることに気づく。声からその人の人柄や心情を思い浮かべる。声の響きで空間を想像する。音は、視覚から得られるイメージとは違う方法で、わたしたちの想像/創造を刺激します。そういった音から立ち上がる体験をゲームという形で生み出し、共有しようという活動が、オーディオゲームセンターです
情報量が一番多いとされる視覚情報をあえて遮断することにより生まれる聴取体験は、新鮮であり、聴くことの意味を再度考える機会を与えてくれます。“想像力”という名の新しいディスプレイをとおしてゲームをプレイする体験は、視覚情報に依存し、より高い解像度を追求する“画質至上主義”に陥りがちな現代人にとって、“あえて見ないことで生まれる開放感”という新しい認知体験を与えてくれます。
音の空間認識を身近な体験として感じてみたい方は、まずはAppleが提供している「空間オーディオ」を試聴してみることをおすすめします。空間的な広がりを持って音楽を聴くという体験は、モノラルからステレオへと進化したときと同等の衝撃を与えてくれます。リアルな体験が制限されている現在だからこそ、音から生活を豊かにしてみてはいかがでしょうか。
著者プロフィール
三宅 琢
医師・医学博士、眼科専門医、労働衛生コンサルタント、メンタルヘルス法務主任者。株式会社Studio Gift Hands 代表取締役。医師免許を持って活動するマルチフィールドコンサルタント。主な活動領域は、(1)iOS端末を用いた障害者への就労・就学支援、(2)企業の産業保健・ヘルスケア法務顧問、(3)遊べる病院「Vision Park」(2018年グッドデザイン賞受賞)のコンセプトディレクター、運営責任者などを中心に、医療・福祉・教育・ビジネス・エンタメ領域を越境的に活動している。また東京大学において、健診データ活用、行動変容、支援機器活用関連の研究室に所属する客員研究員としても活動中。主な著書として、管理職向けメンタル・モチベーションマネジメント本である『マネジメントはがんばらないほどうまくいく』(クロスメディア・パブリッシング)や歌集・童話『向日葵と僕』(パブリック・ブレイン)などがある。