※本コラムは「Mac Fan 2021年10月号」に掲載されたものです。
私は医者として、視覚障害者をはじめ、読み書きに困難さがある学習障害の子どもやコミュニケーションに工夫を要する発達特性がある労働者、認知や記憶力の低下した高齢者などにiPadやiPhoneなどの使い方を処方する活動を行ってきました。
その活動の内容は「情報アクセシビリティ」を向上させるために便利なアプリやツール、iOS端末のアクセシビリティ機能の紹介などが中心となっており、今回は活動を通じて感じた情報アクセシビリティという概念が持つ意味と意義について考えてみたいと思います。情報アクセシビリティとは、一般的には高齢者や障害者が、情報通信機器やソフトウェアおよびサービスなどを使うことを想定し、配慮するための指針です。
「パソコンに翼をもらった」
「好奇心は老いない。ずっと創造的でありたい」
この言葉は、「高齢者こそICT機器を活用すべきである」という思いのもと、高齢者向けのパソコン教室を開催したり、エクセルの基本機能を使ったアートの制作や高齢者が楽しめるiOSアプリの開発などを行ったことで有名な世界最高齢プログラマー・若宮正子氏の言葉です(2021年8月現在86歳)。
私は若宮氏と出会い、その生き様に触れたことで、老いることは視覚、聴覚、認知力、記憶力、体力など身体機能の低下を引き起こす反面、常識に囚われることなく生き方が最適化されていくことであると実感しました。スティーブ・ジョブズはパソコンを、人間の能力を加速させる「知的自転車」として表現しました。失われた身体機能をテクノロジーで代行していくことで、生き方を最適化し、好奇心に蓋をしないことが重要だと若宮氏は教えてくれたのです。
読者の中には加齢によって記憶力の低下を感じる方もいるかもしれませんが、多くの場合は、記憶力の低下よりも記憶すべき対象の増加が原因にあると言われています。私の場合は、記憶するべき情報へのアクセス性を上げるために、ここ数年「記憶」するよりも「記録」することを習慣化しています。たとえばiPhoneの「メモ」アプリに記録する際、検索できるワードを必ず入れることで、ワーキングメモリを最適化でき、情報へのアクセス性が向上し、記憶力低下に対する不安がなくなりました。
また、リモートワークが普及する中で、一部の視覚障害者からは「チャットコミュニケーションでは話者を認知しやすく発言しやすい」「資料がPDF化されて音声読み上げ機能が活用できる」など、情報アクセシビリティが上がったという意見も耳にします。
5Gネットワークの浸透など、今後さらに変化と進化を続ける情報社会。すべての人が情報アクセシビリティという概念を持って、生き方をアップデートして好奇心を枯渇させることなく生きることが、明るい未来を作る処方箋であると私は信じています。
著者プロフィール
三宅 琢
医師・医学博士、眼科専門医、労働衛生コンサルタント、メンタルヘルス法務主任者。株式会社Studio Gift Hands 代表取締役。医師免許を持って活動するマルチフィールドコンサルタント。主な活動領域は、(1)iOS端末を用いた障害者への就労・就学支援、(2)企業の産業保健・ヘルスケア法務顧問、(3)遊べる病院「Vision Park」(2018年グッドデザイン賞受賞)のコンセプトディレクター、運営責任者などを中心に、医療・福祉・教育・ビジネス・エンタメ領域を越境的に活動している。また東京大学において、健診データ活用、行動変容、支援機器活用関連の研究室に所属する客員研究員としても活動中。主な著書として、管理職向けメンタル・モチベーションマネジメント本である『マネジメントはがんばらないほどうまくいく』(クロスメディア・パブリッシング)や歌集・童話『向日葵と僕』(パブリック・ブレイン)などがある。