ホームプレイスとは、ぼくが提唱している概念で、「もっとも心が安定し、体調が整う場所」を意味する。
故郷が、そのままホームプレイスになってしまえば、人はそんなに旅に出ないものだ。でも、ぼくのように生まれ育った土地が落ちつける場所にならない場合、ホームプレイスを求めて何度も長い旅に出ることになる。
とはいえ、年に数カ月間ほど世界中で移動生活を送るモバイルボヘミアンのぼくにとっても、やはりホームプレイスは必要だ。それは、F1レーサーが、レース中に摩耗したタイヤや、オイルを交換したり、エンジンの調整を行うために駆け込む「ピットイン」のような存在と言えば伝わるだろうか。
ぼくにとってのホームプレイスは言うまでもなく、自宅があるニュージーランドの湖畔の森。ここを見つけるまでに15年以上を要し、その間15回も通った。
ちなみに、「ここが自分のホームプレイスだ」ということを教えてくれるのは、頭ではなく、心と体。
旅先で、「あ、ここ好きだな」「初めて来たのになぜか落ち着く」と、奇妙な既視感とともに、直感的に納得してしまった経験を、誰もがしたことがあるはず。そういうとき、その理由を理論的には説明はできないが、感覚的に不思議なくらい確信できているものだ。
ぼくが初めて、ニュージーランドの大地を機内の窓から見たときの胸騒ぎ。飛行機から降りて、地面に両足をつけた瞬間の安心感。そして、ぼくが暮らすこの湖と初対面したときのあのゾクゾク感。未だにうまく言語化できないが、ぼくにとっては「絶対」だった。
そこまでの感覚を得られる場所を、ぼくは「第一のホープレイス」と呼ぶ。もし、そんなホームプレイスを一カ所でも確保できれば、あなたは幸せになれるだろう。でも、もし「第二」、そして「第三のホームプレイス」があったら、人生はとてもエキサイティングなものとなる。
実は、ぼくにはそれらがある。第二のホームプレイスは、キャンピングトレーラーを置きっ放しにしている、ニュージーランドのあるビーチ。第三のホームプレイスは、いきなり飛んでパリだ。パリには、3年連続で通っている。
ホームプレイスを作る方法は簡単だ。とにかく、そこに通い続けること。何度か訪れるうちに、現地の土地勘がインストールされ、「いちげんさん」にありがちな、受け入れられていないような不安や、何もわからないことへの緊張感も消え去る。そして、何より、現地の人とのつながりが生まれることがもっとも大きい。
初めて訪問した土地に何か感じたら、ぜひ1年以内に、初回より長く滞在してみてほしい。帰宅しても、ずっとその場所のことを忘れられないならば、またすぐに行くといい。
ぼくはいつも「最低3回は訪れるべし」と言っている。3回通えば、そこはもう立派な、あなたのホームプレイスだ。そこが「第一」になるか「第二」「第三」、はたまた「第四」になるかは、あなた次第ということだ。

※この記事は『Mac Fan 2018年3月号』に掲載されたものです。
著者プロフィール

四角大輔
作家/森の生活者/環境保護アンバサダー。ニュージーランド湖畔の森でサステナブルな自給自足ライフを営み、場所・時間・お金に縛られず、組織や制度に依存しない生き方を構築。レコード会社プロデューサー時代に、10回のミリオンヒットを記録。Greenpeace JapanとFairtrade Japanの日本人初アンバサダー、環境省アンバサダーを務める。会員制コミュニティ〈LifestyleDesign.Camp〉主宰。ポッドキャスト〈noiseless world〉ナビゲーター。『超ミニマル・ライフ』『超ミニマル主義』『人生やらなくていいリスト』『自由であり続けるために 20代で捨てるべき50のこと』『バックパッキング登山大全』など著書多数。