本来は「遊牧民」という意味の〈ノマド〉という言葉に、新たな概念を当てはめたのは、フランスの元大統領補佐官で、未来学者のジャック・アタリ氏だとされる。
なんとそれは、いまから約10年も前のこと。当時発売された彼の著書『21世紀の歴史』で、〈ハイパーノマド〉という言葉で紹介されている。国境を越えて移動しながらも、「国や社会へ影響を与える力を持っている」という点が、単なる旅人とは異なる。
こう大上段に述べてしまうと、特別な印象を持つ人も多いだろうが、そもそも人類の歴史とは、移動の歴史であり、〈人間=地球規模で移動する生物〉だ。もっとも原始的な移動手段は徒歩と古代式カヌー、それが馬や馬車になり、船や車、そして飛行機やスペースシャトルと発展してきた。
余談だが、ぼくのライフワークは、フィッシングとそれにまつわる「冒険」。そうした人力による移動を偏愛している理由は、人類の原点を忘れないためでもあるのだ。
話を戻そう。
ほかの動物にない「あくなき好奇心」によって、これまで人類はずっと、あの山やあの海の向こう側を目指し、移動手段を発明してきた。そのために、持ちうる最高の叡智とテクノロジーを投入してきたのだ。そうやって移動が盛んになった結果、さまざまな文化交流、情報や技術交換がなされ、文明がデザインされてきたのである。
特に、ぼくら日本人をはじめとするアジア系民族や各地の先住民族などの、モンゴロイド(黄色人種)の移動意欲はすさまじく、白人や黒人といったほかのどの人種よりも広範囲に広がっている。それは北極のイヌイットから、赤道直下の熱帯の島々に暮らす人々まで、その気候区分で見ると、まさに地球規模。
そのためか、我々黄色人種は、気温変動への対応力がほかの人種よりも高いことをご存じだろうか。個人差はあるが平均的に、白人は暑さと強い日光を、黒人は寒さと弱い陽射しを苦手とする。彼らの、白や黒に輝く美しい皮膚、整った顔やボディバランス、高い身体能力は羨ましい限りだが、彼らに比べるとずんぐりむっくりで、黄色から茶色と表される、どっちつかずのこの皮膚の色には、実は誇るべき〈機能性〉が搭載されていたのだ。
「ぼくらモンゴロイドこそが〈リアルノマド〉である」というのは、ぼくの個人的な意見だが、西洋文明の白人たちが、動力と航海技術を進化させて大海原に出るはるか前に、我らが祖先は、星空を海図に、手漕ぎのカヌーで世界の海を旅し、地球上に散らばったのだ。
もし人類が移動に興味を持たず、各地にとどまり、まったく交流せずにきたとしたら、どんな世界になっていただろう。社会を進化させてきたMacやiPhoneなどのAppleプロダクトはもちろん、ぼくらが手にしている西洋的な利便性やテクノロジーは、日本にも、ぼくが暮らすニュージーランドにも存在しなかっただろう。でも、もしかしたら自然環境は破壊されず、人類の幸福度はもっと高かったかもしれない。
しまった。全2回を予定していたのに、書きたいことが溢れすぎて終わらなかった。次こそ、核心部分である「モバイルボヘミアン」について、綴ろうと思う。
※この記事は『Mac Fan 2016年3月号』に掲載されたものです。
著者プロフィール
四角大輔
作家/森の生活者/環境保護アンバサダー。ニュージーランド湖畔の森でサステナブルな自給自足ライフを営み、場所・時間・お金に縛られず、組織や制度に依存しない生き方を構築。レコード会社プロデューサー時代に、10回のミリオンヒットを記録。Greenpeace JapanとFairtrade Japanの日本人初アンバサダー、環境省アンバサダーを務める。会員制コミュニティ〈LifestyleDesign.Camp〉主宰。ポッドキャスト〈noiseless world〉ナビゲーター。『超ミニマル・ライフ』『超ミニマル主義』『人生やらなくていいリスト』『自由であり続けるために 20代で捨てるべき50のこと』『バックパッキング登山大全』など著書多数。