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レイトレーシングに最適化した次世代GPU「Turing」登場

著者: 今井隆

レイトレーシングに最適化した次世代GPU「Turing」登場

読む前に覚えておきたい用語

レイトレーシング(Ray Tracing)

レイトレーシングは光線追跡法とも呼ばれ、ある点における明るさや色合いなどの情報を、そこに届くまでの光を追跡することで求めるシミュレーション手法。光の反射や屈折などを正確に計算することでリアリティの高いCGが得られる反面、計算には高い演算能力を必要とする。

リアルタイムレイトレーシングAPI

CPUやGPUの性能向上により、計算に膨大な時間がかかっていたレイトレーシングを短時間で処理できるようになったことから、Imagination TechnologiesのOpenRL、NVIDIAのRTX、Micro softのDXRなどのリアルタイムレイトレーシングAPIがこの数年で登場してきた。

GPUのターニングポイント

1つ目は1999年にリリースされたGeForce 256で、パソコン向けグラフィックスチップでは初めてジオメトリエンジンを搭載しGPUという名前が与えられた。2つ目は2006年にリリースされたGeForce 8800 GTXで、初めて統合型シェーダ(CUDAコア)を採用しGPGPUへの道を開いた。

チューリングが開く新しいGPUの世界

エヌビディア(NVIDIA)は今年8月、新たなチューリング(Turing)アーキテクチャを採用する次世代GPU「クアドロRTX(Quadro RTX)」シリーズ、および「ジーフォースRTX 20(GeForce RTX20)」シリーズを相次いで発表した。このチューリングアーキテクチャGPUの最大の特徴は、パソコン向けのGPUとしては初めてリアルタイム・レイトレーシングに最適化したアーキテクチャを採用している点にある。

レイトレーシングは、映画などのCGシーンや工業製品や建築などのデザイン現場でのシミュレーションに使用されているレンダリング手法で、光が光源から目に届くまでの過程(レイ=光線)を目から光源に向かって逆追跡し、物質との交点での屈折や反射を計算することで各ピクセルの色を決定する。これによって、たとえば水面に映り込んだ風景や水中で屈折して見える物体の描写、人物などの瞳に映り込む風景の描写などが正確になり、非常にリアルなCG表現が実現できるのがレイトレーシングの大きな特徴だ。

その一方で、ピクセル単位でのレイの追跡演算が必要になるため膨大な演算量となり、従来のソフトウェア処理では計算時間がかかりすぎる問題があった。映画にCGが導入された当初は、ワンシーンのCGをレイトレーシングで演算するためにスーパーコンピュータを複数使って数カ月間並列処理させる必要があったが、近年ではCPUの命令拡張や性能向上によってパソコンでも同様の演算が可能なレベルになってきた。

さらに、最近ではGPUの汎用演算機能(GPGPU)を用いてレイの追跡演算を行うことで、限られた条件の範囲内ではレイトレーシングの実時間処理、すなわち「リアルタイム・レイトレーシング」が実用化されつつある。これに合わせて各社でリアルタイム・レイトレーシングAPIの開発が進められ、イマジネーションテクノロジーズのPowerVR OpenRL、エヌビディアのOptiX(OptiX Application Acceleration Engine)およびRTX、マイクロソフトのDXR(DirectX Raytracing)、アップルのメタル2(Metal 2)で追加された「Metal for Ray Tracing Acceleration」などがリアルタイム・レイトレーシングに対応したAPIとしてリリースされている。

真のリアルタイム レイトレーシング

このリアルタイム・レイトレーシングを実用的なものとするために、チューリングではレイの追跡演算、およびオブジェクト(物体)との交差判定「インターセクション」を専用に処理する「RTコア」を搭載しているのが大きな特徴だ。RTコアの演算能力は毎秒最大10ギガレイと発表されており、単純に計算するとフルHD(1920×1080ピクセル)、60fpsの描画において、ピクセルあたり約80本のレイ(光線)をリアルタイム演算できることになる。

この演算性能は従来のパスカル(Pascal)世代のジーフォースGPUのCUDA演算、すなわちGPUでソフトウェア処理した場合の毎秒約100メガレイ(フルHDの1ピクセルあたりレイ約1本)と比べておよそ100倍近いレイ演算性能になる。もう1つチューリングに追加された機能が「Tensorコア」と呼ばれるディープラーニングの推論エンジンで、FP16演算時の性能は110テラフロップス(TFLOPS)に達し、AIによるノイズ削減処理「DLSS(Deep Learning Super-Sampling)」を従来のCUDAコア演算に比べて2倍以上の速度で処理するとされている。これによって3Dレンダリングで欠かせないアンチエイリアス処理を高速化できる。

さらに重要なことは、このRTコアやTensorコアはCUDAコアとは独立かつ並列に動作するという点で、従来CUDAコアで行っていたレイの追跡演算をRTコアに、アンチエイリアス処理をTensorコアにそれぞれオフロードすることで、解放された多数のCUDAコアを別の処理、たとえばライティング演算や陰影処理演算などのレンダリング処理に振り向けることができ、トータルでのグラフィックスパフォーマンスの大幅な向上に期待することができる。

これら増強された演算コアの処理能力に対応すべく、メモリシステムにも改善が加えられている。GPU内部のL2キャッシュは6MBに増強され、ビデオメモリは従来のGDDR5からGDDR6へと更新された。メモリインターフェイスは最大384ビット幅で毎秒672GB、最大容量48GBをサポートする。レイトレーシングではオブジェクトに映り込んだ背景や別のオブジェクトも演算対象となることから、より広い3D空間の演算が必要になるための対応だ。

リアルタイム・レイトレーシングによってもたらされる影響はアプリによって異なるが、大きく分けて2つのカテゴリのアプリでその恩恵が得られると想定される。1つはゲームで、特にシミュレーション系ゲームの写実性が向上し、よりリアルなゲーム体験が実現すると考えられる。もう1つはVRやARのアプリで、実映像とCG映像の違いがより少なくなり一体感を増すことで、その映像が仮想であることを忘れるようなリアルな体験をもたらすことが可能になる。

従来このような体験は大規模なシステムでなければ実現できなかったが、チューリングの登場とリアルタイム・レイトレーシングの実現によって、パソコンレベルでも可能となる日がやってきたというわけだ。

気になるAMDの動きと アップルの対応

チューリングを採用するGPUは、最新のクアドロRTXシリーズとジーフォースRTX 20シリーズで、同社のハイエンドクラスを構成するGPU製品群となる。一方、ライバルであるAMDには現時点でRTコアに相当するハードウェアを備えたGPUは存在しない。いつAMDがリアルタイム・レイトレーシングに対応するGPUをリリースしてくるのか、現在AMD製GPUを選択しているMacの今後の方向性と合わせて気になるところだ。また、エヌビディアRTXのアップルのメタル2のサポートもまだアナウンスされておらず、Mac上でRTコアを用いたリアルタイム・レイトレーシングを利用できるかどうかはまだ未知数だ。

折しもeGPUサポートで外部GPUへの道を開いたばかりのMacだが、新たなテクノロジーの登場にどのように対応するのか、次の一手に期待したいところだ。

Turingアーキテクチャを採用する新GPU

NVIDIA Turing

NVIDIA Quadro RTX 8000のTuringコアはTSMCの12nmプロセスを使って製造され、総トランジスタ数は185億個、ダイサイズは764平方ミリと巨大なシリコンだ。第6世代のクアッドコアプロセッサ(Skylake)の約20億トランジスタと比べても、いかに大規模なGPUかがわかる。 【URL】https://www.nvidia.com/ja-jp/

NVIDIA GeForce RTX 2080 Ti

NVIDIA GPUのコンシューマー向けブランド「GeForce RTX」シリーズのフラッグシップモデル「GeForce RTX 2080 Ti」の基板。巨大なGPUの周りに12個のGDDR6 SDRAM、その周りに13相マルチフェイズの電源回路が所狭しと並んでいる。 【URL】https://www.nvidia.com/ja-jp/

フォンシェーディングとレイトレーシング

チェック模様の平面上にガラスと同じ屈折率を持つ球体と鏡と同じ反射率を持つ球体を配置し、一般的なフォンシェーディング(上)とレイトレーシング(下)でレンダリングした。レイトレーシングでは光の屈折や反射を再現することでリアルな画像が得られることがわかる。

リアルタイム・レイトレーシング

NVIDIA RTXによるリアルタイム・レイトレーシングのデモ。このようなリアルな反射をともなう複雑な形状のオブジェクトがパソコン上でもリアルタイムかつスムースに動かせる時代が来たことに驚かされる。今後の各種シミュレーショングラフィックの進化が期待される。

【URL】https://blogs.nvidia.com/

【URL】https://www.youtube.com/watch?v=KJRZTkttgLw

今井 隆

IT機器の設計歴30年を越えるハードウェアエンジニア。1983年にリリースされたLisaの虜になり、ハードウェア解析にのめり込む。