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掲載日:

東海大学付属相模高等学校・中等部

著者: 牧野武文

東海大学付属相模高等学校・中等部

ねらい・方針

●iPadはあくまでも教具

●主体的学習の実現

●ITリテラシー教育

iPad選択理由

●教育アプリの充実

●管理のしやすさ

●起動の速さ

ICT化へのステップ(1) 教具の1つとしてのiPad

神奈川県相模原市にある東海大学付属相模高等学校・中等部(以下、東海大相模中)は、男女共学の中高大一貫教育を実践している。文武両道で名を馳せる同校は、硬式野球部や柔道部から著名なアスリートを輩出しているだけでなく、吹奏楽部などの文化部でも強豪校として有名だ。

ICT教育の必要性に関する議論はすでに過去のものになり、21世紀を生きる子どもたちに「読み書きICT」のスキルを身につけさせることに議論の余地はない。しかし、どのようなICTスキルを身につけさせるかは、各学校、各教員によって考え方に違いや温度差がある。東海大相模中の基本的な考え方は「ちょうどいいICT」。もっとも懸念しているのは、最先端のICTツールを導入して、教員と生徒がその使い方に振り回されてしまうことだ。そのため、あくまで教具として導入することを基本にしている。

東海大相模中では、生徒1人に1台のiPadを導入している。現在、中学校1年生、2年生に導入済みで、来年新1年生に導入することで全員導入となる。導入の背景にあったものはなんだろうか。

「数年前、教育界では『アクティブ・ラーニング』『グローバル教育』『教育ICT』という3つのキーワードが流行っていました。正直、こういったキーワードは3年周期ほどで消えてしまっているのがほとんどで、実際、今現場では『アクティブ・ラーニング』という言葉はあまり使われなくなっていますし、『グローバル教育』も何十年も前から謳われている言葉で、それが形を変えただけ。しかし、『教育ICT』だけは消えなかった。AIを含め、テクノロジーが間違いなく進歩し、また子どもたちが今後それらを使えなければ、生きていくのが厳しい時代になっていくであろうと確信したのです」(江崎雅治副校長)

そこで教育ICTを導入するべく動き出した東海大相模中は、すでに教育ICTを実施しているいくつかの学校を見学した。iPad導入校、Androidタブレット導入校、Windows導入校など、さまざまな学校を視察し、それぞれの長所・短所をまとめ、理想とする学習ができるのはどれなのかと考えた結果、選定に至ったのがiPadだった。

「やはり、iPadが教具として一番便利に使えると思ったのです。教育系アプリの充実、アプリの安全性、管理のしやすさ、起動の速さ、操作の簡便さ、画像表示のきれいさなど、メリットは多くあります」(森公法教頭)

また、東海大相模中では電子黒板も使用していない。通常の黒板にプロジェクタを設置し、板書はPowerPointなどでつくっておき、それをPCまたはiPad経由で黒板に投影する。必要があれば、チョークを使って、手書きを加えるというハイブリッド黒板を全クラスに採用している。

「iPadは、新しいノートなんです」と江崎氏。東海大相模中では「教科書、ノート、iPad」という言葉をよく使う。iPadを最先端のICTツールとして捉えるのではなく、教具の1つとして活用しようという意味だ。

ICT化へのステップ(2) 自由に使わせてこそiPad

教育現場でよく問題になるのが、iPad本体の費用負担を学校がするか、家庭がするかということだ。東海大相模中の場合は、家庭に学校指定教具として購入してもらっている。狙いは「自分のiPadである」という意識を持ってもらうことだった。毎日自宅に持ち帰り、自宅でも使ってもらう。自宅では、宿題用のワークシート、反転授業用の予習ビデオが見られるほか、学校からの連絡も閲覧できる。

「生徒が自宅でゲームをすることもあるでしょう。健全なゲームであれば別に咎めるようなことではありません。私たちは、できるだけブラックリストから入るような使い方はしないようにしようと決めています」(森氏)

あれはだめ、これはだめと予防的に制限をかけるのではなく、できるだけ自由に使わせて、問題が起きたら、その都度、教員と生徒がどうしたらいいかを話しあっていく。学校内では、MDMを使い、授業関係のアプリしか起動できないうえ、WEBサイトの閲覧にはフィルタリングをかけているので、問題は起こらない。家庭では自由に使えるが、今のところ、大きな問題になるような使い方は起きていないという。使用しているMDMツールは「MobiConnect for Education」。ほかのMDMツールと比べて、導入およびランニングコストが優れていたのと、設定が行いやすかったことを選定理由として挙げてくれた。

東海大相模中のICT整備はハードウェアの面では、しばらくiPadで十分だという見通しを立てている。

「ハードウェアはもう揃いました。今後は、それを授業で、どのように深く活用していくかを追求していきます」(江崎氏)

深く活用というのは、「iPadの使用頻度を上げる」という意味ではない。学習効果をいかにあげるかという意味だ。東海大相模中のICT導入戦略の素晴らしいところは「ちょうどいいICT」を目指したところだ。黒板がプロジェクタ付き黒板になり、紙のノートがiPadになった。デジタル化はされたが、教具としての継続性がある。これがあるため、教員たちは、過去の経験から練り上げてきた授業デザインを、当初はそのまま活用することができた。戸惑いのないところからスタートして、ICTの長所を活かした授業デザインを取り入れていった。

多くのICT先進校と言われている学校では、1人の旗振り役が大車輪でほかの教員を引っ張っているというケースが多い。

「比較的若い先生が多いということもあるんでしょうけど、旗振り役の先生1人が頑張るというのではなく、全員でノウハウを共有しながらICT化を進めてきています。私は、そこがとても重要だと思っています」(江崎氏)

東海大学付属相模高等学校・中等部副校長・江崎雅治氏。

 

東海大学付属相模高等学校・中等部教頭・森公法氏。

 

東海大相模中の「ちょうどいいICT」。電子黒板は使っていない。従来の黒板にプロジェクタを設置した。投射した板書の上から、チョークで手書きを加えることもできる。

教員の持ち物は、iPad、iPhone、指示棒の3つだけ。iPhoneはプロジェクタのリモコン代わりに使っているだけなので、iPad1枚だけで授業が行える。必要な教材、資料はすべてiPadの中に収められている。

授業実践例(1) 深い理解につながる協働学習

中学2年生の数学の授業では、一次関数の性質を学ぶ学習が行われていた。生徒は全員がiPadを使い、すでにワークシートが配布されている。使用するのはリアルタイム授業支援ツール「MetaMoJi ClassRoom」だ。

授業は、xとyの対応表を一次関数の式に従って、数値を入力するというもの。完成した表を見ながら、座標軸上に点を打っていき、それを直線でつなげ、一次関数のグラフがどのような性質を持っているかを考えるという内容だ。課題となる一次関数は、「y=2x」と「y=2x+3」というもの。今日の授業の狙いは、定数項がある場合とない場合で、グラフにどのような違いが生じるのかを学ぶことだ。

教員はまず、作成した板書をプロジェクタで黒板に表示し、作業手順を説明する。そして、生徒は自分のiPadで表を埋め、グラフを書く作業をする。

驚いたのが、生徒たちは思い思いの方法で入力をしているいうことだ。表を埋めるときに、指で数字を描いている生徒もいれば、テキストで入力している生徒もいる。あるいはスタイラスを使って、数字を描いている生徒もいる。教員はそこについてはまったく問わない。グラフを書く場合も、図形の直線を使ってきれいに描く生徒もいれば、指でじゃっかん歪んだ直線を描く生徒もいる。それも教員は問わない。生徒が自分で一番やりやすい方法、もっとも適切だと思う方法を使えばいい。そこは一次関数を学ぶうえで本質的なことではないので、生徒の自由にまかせている。それを実現できるのがMetaMoJi ClassRoomの強みだ。

1人、面白い生徒がいて、図形の四角形を使って、直線グラフを描いた。教員はそれを見て、プロジェクタ経由で黒板に写し、「さすがに太すぎないか」とクラスの笑いを誘っていた。学びの本質から外れている部分は、生徒の自主性にまかせる。まかせることで生徒は工夫をし、それが学びにつながるといういい循環が生まれている。

MetaMoJi ClassRoomを使えば、生徒全員の進行状況をサムネイル方式で黒板に一覧することも、特定の生徒の画面を写すことも簡単にできる。また、教員が解説を加えたいときは、生徒全員のiPadに強制的に「先生に注目!」という画面を表示させ、作業を中断させることもできる。

こうして、教員が解説を加えるが、一方的な講義のようなものはほとんどない。教員は、間違った回答やほかとは違った回答を黒板に写して、それがどこが違うのか、どうしてそういう回答になったのかを生徒全員に考えさせる。教員がいかにわかりやすい解説をしても、一方的な講義では、生徒はその場で「わかったつもりになる」だけで、「理解をする」かどうかはわからない。誤りの理由を多角的に考えさせることで、深い理解につなげようとしている。

MetaMoJi ClassRoom上で課題を解く。入力は手書きだったり、タイプだったり、拡大したり縮小したり、生徒の自由にまかせている。

黒板に表示された実際のMetaMoJi ClassRoom画面。生徒の回答が一覧できる。教員はこの中からユニークな回答をピックアップし、生徒全員になぜそうなったのかを考えさせ、議論させることで授業が進んでいく。

教員が解説をするときは、iPadの画面が「先生に注目!」と固定され、作業ができなくなる。自然と黒板のほうに目が向く仕組みだ。

[B-1]個に応じた習熟度学習・繰り返し学習

[C-2]協働での意見整理・まとめ

授業実践例(2) 一人ひとりの個性を重視した英語学習

中学2年生の英語の授業では、動名詞がテーマの英語の授業が行われていた。教員は、まず電子教科書の課題文をプロジェクタで黒板に投影し、そこにチョークを使って、手書きで下線を引き、文法的な解説をしていく。そして、生徒にはこの課題文を日本語に訳させる。この訳文は、iPadではなく、紙のノートに鉛筆で書き、それをiPadのカメラで撮影をし、必要があれば黒板にプロジェクタ経由で投影するという方法をとる。紙のノートに手書きで文章を書くというのは、身体的な体験を伴う作業であり、こちらのほうが生徒の深い記憶に結びつきやすいのだという。また、訳文ノートをつくっていけば、1年の終わりには教科書1冊分の訳文ノートが出来上がることになり、あとで振り返りやすく、生徒にも達成感がある。このほかにも、数々の理由があり、教員はこの場合は、iPadよりも紙のノートのほうが学習効果が高いと考え、iPadは紙のノートを全員で共有する道具としての利用している。

訳文がつくれた生徒はiPadのカメラでノートの写真を撮り、MetaMoJi ClassRoomを使って共有する。そのノートを黒板に写し、教員がその訳文を評価していく。先述の数学の授業と同様に、さまざまな生徒の回答を写し、全員に考えさせる。日常どんな言葉を使い、この場面であれば、どんな言い回しを使うかを想像して、意味ではなく、状況として適切な訳文を考えるように指導していく。

たとえば、ネイティブがよく使う「you know」というフレーズ。ほとんど意味はなく、合いの手のような言葉だが、教科書的には「あなたもご存じのとおり」と訳すことになる。そう訳す生徒もいるし、口語的に「知っていると思うけど」と訳す生徒もいるし、対応する訳文を置かず「~だよね?」と訳す生徒もいる。教員は、さまざまな回答例を写し、それぞれ生徒が自分で考え、工夫をしたことに対して大絶賛をする。生徒はやる気を出して、もっといい訳語を作ろうと一生懸命考えるという循環が生まれている。

そして、最後の10分間は、「Kahoot!」というアプリを使う。これはリアルタイムで4択クイズを行えるゲームで、クラス全員で正答数を競い合うことができる。今回は例文に合わせて、英単語を並べ替えて正しい文を作るという内容。iPadアプリとして提供されているので全員が参加できる。この時間は、席を立って、好きな友だちと固まってプレイすることが許されている。中学生は当然こういうゲームが大好きで、大きな歓声をあげ、大盛り上がりになる。ゲームが終わると終礼のチャイムが鳴り、一番盛り上がっているところで、授業が終わる。紙のノート、黒板、プロジェクタ、iPadアプリという、アナログとデジタルのスイートスポットを探り当てている授業構成だ。

電子教科書の課題文をプロジェクタで黒板に投影し、そこからチョークで手書きの注釈を加えていく。チョークも蛍光色のものを使うなど、見やすくするため、細かな工夫がされている。

訳文は紙のノートに書く。クラス全員で共有するためには、iPadで写真を撮り、その画像データをアップロードする。これが黒板に投影される。紙ノートとデジタルを組み合わせて使っている。

英語の授業の最後のお楽しみ「Kahoot!」。英作文のゲームだが、点数のランキングが出るため、教室は大盛り上がりになる。このときは、席を立って、友だちと集まってプレイしていいことになっている。

A-1 教員による教材の提示

B-3 観察・記録学習

C-2 協働での意見整理・まとめ

B-4 思考を深めるための学習

授業実践例(3) iPadのビデオ通話で英語の課外授業

東海大相模中では、ほかにも面白い試みをしている。英語の授業では、iPadのビデオ通話アプリを使って、遠隔地のネイティブ講師と英会話を行う。それだけでなく、同じくiPadのビデオ通話アプリを使って、放課後にも英会話教室を開催している。こちらは希望者のみで有料、現在中学1、2年生で約70名が受講しているという。英語の授業で使っているiPad、インターネットという道具をそのまま使って、レベルの高い英会話が学べる。学校の中に英会話教室があるようなものだ。

そのほか社会科の授業でもiPadが活用されていた。生徒は歴史上の人物や建造物などをiPadで調べ、それを資料としてまとめる。そして、その資料を黒板に投影し、皆の前でプレゼンテーションを行うのだ。中学生のうちからプレゼンテーションに慣れ親しんだ経験は、きっと大人になってからの財産になるに違いないだろう。このように、教科によって使用頻度は異なるが、東海大相模中では、ICTをまったく利用しない教科はない。

iPadを導入して、もっとも大きな効果は、生徒の自由度が高まったことだという。これまで挙げたように、生徒たちはiPad上のワークシートに手書きで入力しても、タイプで入力しても、教員はそこは問わない。学びの本質から外れる部分は、生徒の自由にさせる、生徒が自分で工夫をして、自分に合ったやり方を考えさせるようにしている。これが個性を育むのだと江崎氏は話す。

「日本の古典的な教育では、葉っぱの絵を描くときには緑色に塗らないと叱られるんですね。でも、本当の葉っぱは緑色じゃないものがたくさんあります」

自由度が高まると多様性が生まれてくる。社会科の授業で、綿花について調べるとき、昔であれば教員は「資料集の何ページを開きなさい」という。そこには綿花の写真と解説文が載っているので、それを解説をする。「でも、iPadで綿花を調べなさいというと、生徒たちはそれぞれが検索サイトを使って、40人の生徒が40通りの情報を見つけてくるのです」と江崎氏。教員はその結果を見て、特異なもの、特徴的なものをピックアップして、クラス全体に見せ、解説を加える。正解は1つではない。多様な正解があるのだということが自然に身についていく。

iPadの導入について、当初保護者からは「iPadをどのように使うのか」という、戸惑いの声もあったそうだ。

「保護者の方には公開授業でのiPad活用を見てもらいました。すると『思った以上にiPadを使っている』というコメントを多数いただいたんです。導入して数年ですが、生徒には『教科書』『ノート』『iPad』が授業の必需品であると浸透しています」(森氏)

英語の授業では、iPadのビデオ通話アプリを使った英会話レッスンを行う。また、英語をもっと学習したいという希望者には、有料で放課後に英会話教室を開いているという。

社会科の授業でもiPadは活用されている。日蓮について、生徒がネットを調べ、まとめた資料を投影して発表を行う。プレゼンテーション技術も高まる。

プロジェクタは黒板上部に設置され、黒板に投影する。教室の中に設置されている電子機器は、このプロジェクタとWi-Fiルータ程度。教師は人によりノートPCを使う人もいるが、基本はiPad1枚だけだ。

[B-1]個に応じた習熟度学習・繰り返し学習

[C-5]クラス・学校・地域を越えた学習

[C-1]発表や話し合い

東海大学付属相模高等学校・中等部のICT環境整備状況