ねらい・方針
●ICTは表現するツール
●軸は「協働学習」
●教室外でも活用
iPad選択理由
●直感的な操作
●ツールの豊富さ
●教員の活用しやすさ
ICT化へのステップ 「総合学習」を基盤とした人材育成
森村学園(神奈川県横浜市)の建学の精神は「独立自営」。実業家の森村市左衛門翁が、「世界の力、社会の力となる人材を育てる」という目的をもって1910年に創立した同校では、今も教育の中に、その精神が受け継がれている。
その1つが、「総合学習」へのこだわりだ。40年以上続く「総合学習」では、児童がそれぞれの役割を決めて自ら考えて行動し、目的に向かって課題を解決していくという、従来の教科に収まらない実践授業を行っており、森村学園の文化の要となっている。
iPadが導入されたのも、この総合学習で活用するツールとしての意味が大きい。
「森村学園では、PCルームの設置や電子黒板の導入などはされていたものの、本格的なICT教材の導入はそれほど進んでいませんでした。しかし、従来の学校教育だけでは補えない、これから必要不可欠となる思考力・判断力・表現力の3要素を養うためには、ICT機器の導入は必須と考え、2017年9月にセルラー版のiPad40台を児童用に導入しました」と、森村学園初等部 教諭 榎本昇氏は話す。現在は3年生から6年生までが共有し、使うクラスが事前に申請する方法をとっている。
本格導入に至るまでには、2015年から2年間にわたってドコモとLTE端末の実証実験を行ってきた。
「当初はiPadだけでなくWindowsなど複数の端末で実験を行いました。その結果として、キーボードよりも、子どもたちがすでに使い慣れているタブレットでの指での操作のほうが、よりわかりやすく、考えや感情を表現しやすいことがわかりました。なかでもiPadは児童が扱いやすいインターフェイスで、マニュアルがなくても、すぐに操作できるという利点がありました」(榎本氏)
さらに、ICTやプログラミングなどの知識のない教員でも、すでにつくられた教材があればアレンジをして活用することができるため、「Apple Teacher」の豊富な教材が非常に役立ったことも、iPad導入の決め手となった。
また、セルラー版を選んだのには、Wi-Fiの導入の難しさだけでなく、森村学園の立地にも理由があった。東京ドーム2個分という広大な敷地には、幼稚園から初等部、中高等部が集い、校舎に隣接して自然の森が広がり、児童は日常的に豊かな自然環境にふれることができる。セルラー版を導入したことで、児童たちは広い森の中でもiPadを使い、植物や昆虫の写真を撮影して、その場で共有することが可能になった。
現在は総合学習の授業以外でも、国語や算数、音楽、図工など、さまざまな教科でiPadを活用している。
「子どもはなにか感じたり考えたりしてもすぐに忘れてしまいます。iPadは、子どもたちが自分の心の動きをその場ですぐに記録できる最適のツールです。セルラー版にしたことで、場所を問わず、先生や児童同士で意見の交換を行えることも効果が大きいと感じています」(榎本氏)
授業実践例(1) iPadをフル活用し協働で作品をつくり上げる
森村学園で注力しているのが、創造性を養う取り組みだ。同校では、パナソニックがグローバルに展開している映像制作支援プログラム「KWN(キッド・ウィットネス・ニュース)」に、2014年より毎年参加している。2017年は、5年生がKWNコンテストに挑戦。クラスの40人の中で、監督やプロデューサー、デスク、脚本、音楽、小道具制作などを決め、一人ずつが役割を担った。各担当は、進捗状況を随時iPadにインストールした「ロイロノート・スクール」(以下、ロイロノート)で報告し、全員で共有する。
「この作品づくりにおいて、先生と話すのはプロデューサー担当の児童のみで、すべては児童の裁量で進められていきました」(榎本氏)
作品の企画、取材の段取りも、すべて児童が考え、各担当が行う。大型船が出航するシーンを撮るために、撮影スポットを決め、船の時刻表をネットで調べる。撮影では、パナソニックから貸与されたプロ向けのビデオカメラとiPadと使い分け、横浜で行った船のロケでは手軽に持ち運べるiPadで撮影を行った。
そのほかにも、制作した人形にセリフをいわせる際、どうしたら口の動きがリアルになるかを考えた結果、なんと50音を母音と子音に分解し、セリフに合わせた口の動きを1コマずつ撮影して完成させた。
さらに、毎年5年生が体験する学校に宿泊する合宿では、夜の時間を活用し、教室で何度も撮影を繰り返した。夜のキャンプファイヤーが始まると、iPadを持ち出して、燃え上がる火を撮影し、作品の素材に活用した。児童たちの柔軟な発想と、制作への積極的な姿勢と情熱には、榎本教諭も舌を巻いたという。
そうして完成した作品「未来に、咲け─桜とSAKURA─」は、見事2017年のベストアーティスト賞に輝いた。
「担当ごとに動くことで、各々の主体性が養われます。そして何度も撮影し確認する過程で、子どもたちは多くのことに気づきました。その1つが、カメラワークです。同じシーンでも撮る角度や方法によって見え方がまるで変わってくる。子どもたちは、自分で『どうしたら、より相手に伝わるか』ということを考え始めたのです。この活動を通じて、特に創造力がとても伸びたと感じました」(榎本氏)
数カ月におよぶコンテスト作品の制作過程は、「意見整理」「表現・制作活動」「フィールドワーク」といった、協働学習の授業が見事に凝縮された好例となった。
森村学園 初等部 教諭 榎本昇氏
同校初等部のICT担当代表を務め、2015年からNTTドコモと共同でLTE端末導入のための実証実験を進めてきた。2017年9月、セルラー版iPad 40台を小学3年生~6年生までの共有用として本格導入した。iPadを活用した授業づくりを行っている。Apple Teacher Swift Playgrounds取得。
[C-1]発表や話し合い
[B-3]観察・記録活動
[C-3]協働による表現・制作
[C-4]フィールドワーク
[B-5]表現・制作活動
実践授業例(2) 「ロイロノート・スクール」を国語の授業でも活用
森村学園でのiPadの活用は、総合学習にとどまらない。榎本氏は、受け持っている3年生の国語の授業で、「漢字テストでいい成績をとるためにはどうしたらいいのか」と、児童たちに問いかけた。
児童はロイロノートを使い、各々が考えた解決方法を複数のカードに書き出し、まとめていく。その意見は千差万別で、いかに課題を分割して解決していくかを問われる授業になった。さらに、結果として、なんとクラス全体の漢字テストの成績がアップするという効果があったのだ。
「クラス全体の成績を底上げできることは、非常に意味があると思っています。実はこの『底上げ』の実現は、非常に難しいのです。元々成績のいい子は100点以上取りようがなく、成績の低い子を上げるしかありません。ロイロノートを活用し、全員で原因を考え、解決手段を考えたことで、想定していた以上の効果が生まれました」(榎本氏)
この一連の学びでは、「条件分岐」や「ルーティン」を自然に使い、論理的に思考を組み立てており、プログラミングアプリを使わなくてもプログラミング的思考を養うことができる。同時に、全員の意見を共有することで、他者の意見を比較・整理を行える協働学習の場にもなっている。
[C-1]発表や話し合い
[C-2]協働での意見整理・まとめ
実践授業例(3) 課題はセルラー版iPadならではの活用方法
森村学園では、今後の課題として、「セルラー版iPadの特徴を生かした授業の開発」「教員のICT活用レベルの底上げ」「端末の管理」を挙げている。教員への対策としては、週1回の頻度で校内研修会を開催し、意見交換を行ったことで、iPadを授業に活用する教員も増えた。管理については、現在、ドコモの端末管理サービス「あんしんマネージャー」を活用し、担当者不在の際にも技術的なサポートを受けられる体制を整えた。
2017年からの導入ながら、早くも児童の学習意欲にも大きな効果が表れてきた。1つが、授業での発言・発表の積極性だ。以前より授業での挙手が増え、保護者からも「真剣に課題に取り組んでいる」姿勢が評価されている。また、プレゼンスキルも向上した。発表する際に、まずロイロノートで発表する内容をまとめ、ナンバリングすることで、なにを伝えたいのかを理解するようになった。以前はなんとなく話をしていた児童が、人に伝わる話し方を意識するようになったという。
「ただし、あくまでiPadはツールの1つ。使いどころを間違えないよう、今後も同校の文化を軸に、児童の考えや思いを伝えるための道具として活用していきます」(榎本氏)
[C-1]発表や話し合い
[B-2]情報収集・調べ学習