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サブスクリプション時代の音楽との新しい出会い方

サブスクリプション時代の音楽との新しい出会い方

サブスクリプションという“黒船”後の新しい音楽体験を作りたいと思っています。

lute株式会社 代表取締役社長

五十嵐 弘彦

1985年東京生まれ。高校・大学時代をニュージーランドで過ごし、帰国後ヒューマン・リソース系のス タートアップでの業務経験を経て、株式会社メディアジーンへ入社。WEBメディア「ライフハッカー」の編集部で編集・翻訳業務に従事する。その後エイベックス・ デジタル株式会社に入社し、音楽サービスの企画立ち上げ・運営に携わったあと、自身が思い描いてきたコンテンツ重視型の新規事業として、2016年にメディアレーベル「lute/ルーテ」を立ち上げる。代表として、次世代を担うアーティストのミュージックビデオやライブ映像、海外の音楽と社会状況を探るドキュメンタリーなど、さまざまな映像作品をリリースしている。【URL】 http://lutemedia.com/

若年世代は時間がない

レコード、CD、ダウンロード販売、そしてサブスクリプションの隆盛─移り変わってきた音楽の「聴き方」ですが、その「次」を探す動きは常に起きています。音楽体験に革命をもたらしたサブスクリプション以降、ユーザは音楽にどう接触するのか。音楽情報を発信する気鋭のメディアレーベル「lute(ルーテ)」に今、注目が集まっています。

luteが活用しているのは、インスタグラムの「ストーリー」機能。若年世代を中心に流行し、1日あたりのユーザ数は3億人超。しかし、この機能は「15秒以内の動画が24時間で消える」ことが特徴です。

その制限ゆえに、音楽との接触に向かないようにも思われるストーリー機能を活用する理由とは何か。lute株式会社代表取締役社長の五十嵐弘彦さんに話を聞きました。

「以前、LINEさんと仕事をしたときにショックだったのが、ユーザのペルソナの作り方。レコード業界だと、ユーザの1日の行動をグラフ化するときに、“起床”“入浴”と同じように“音楽”という枠を作るんですね。私を含めて、みんな音楽を聴くもの、と思い込んでいた。しかし、若年世代の行動を熟知しているLINEさんが作るのは“余暇”という枠だけ。その枠を、友だちとのLINEやネットフリックス、スマホゲームと奪い合っている、ということです」

だから、luteは「若年世代は時間がない」ことを前提にしている、と五十嵐さん。2016年のローンチ時はユーチューブにアップロードするMVが中心でしたが、「MV」という概念自体にも、疑問を抱くようになったそうです。

「あるアーティストが好きだったら、そのMVをずっと観る、ということをするかもしれない。でも、アーティストへの接触機会って、それだけでしたっけ、と。僕のイメージは、音楽番組でお笑い芸人と一緒にゲームをするアーティスト。そういうきっかけもあったはずです。じゃあ、その“今版”は何かな、と考え始めました」

激戦のメディア環境下で、生活の隙間に入り込んで、同社の発信する音楽情報やストリートカルチャーと接触してもらわなければならない。そんなタイミングで登場したのが、インスタグラムのストーリー機能でした。

「すでに基盤となるユーザがいて、発信したい情報のトーン&マナーにも合っていた」とインスタグラムを採用した理由を話す五十嵐さん。特にストーリー機能の制約は、情報との親和性を高めると分析しています。

「消えちゃうから、観なきゃいけない。また、最長でも15秒なので、ユーザへの負担も少ない。僕はもう、ニュース的なものをニュースとして観る余裕はないと思っているんです。重要なのは、友だちの近況と並んで、アーティストの情報がヌルッと入ってくること。打ち上げ花火のように、音源のリリースタイミングで大規模なプロモーションをするのではなく、線香花火的に、“何だかいつも見かけるな”と思ってもらうことで、愛着が湧くんです」

アーティストのために

luteの役割は、単なる“メディア”の範囲に止まりません。2018年4月には、動画メディアから「アーティストビジネス・カンパニー」への転換を打ち出しました。

「サブスクが普及した時代にアーティストは何でお金を儲けられるのか。もちろん人気アイドルグループのように音源物で儲けることはできます。でも、アーティストによってはライブの興行収入で儲けるほうがいいかもしれない。海外で主流なのはブランドとのパートナーシップです。エイサップ・ロッキーがアンダーアーマー、リアーナがプーマと契約を結んだり、ほかにも自分でブランドを立ち上げたり。世界の長者番付には、こうして成功したアーティストが名を連ねています」

現在、アーティストの生存戦略として必要な3つの機能は「メディア」「広告制作」「マネジメント」。しかし、デジタル時代にこの3つをしっかりハックできる企業がほとんどない、と五十嵐さんは指摘します。

五十嵐さんによれば、メジャーではない、しかしコアなファンを持つアーティストの場合、同社のようなスモールビジネスが有効です。また、過去にこの3つの機能を担っていたテレビ局や広告代理店、レコード会社などとも、相互に補完するビジネスが可能だといいます。

「まずはデジタルメディアを持つこと。そしてそれを見てもらって、広告案件を受けること。同時に、露出についてアーティストのマネジメントをすること。動画メディアは一面でしかなく、実は裏側では、残りの機能が走っているんです」

昔は音質にこだわり、スピーカにも凝っていたという五十嵐さん自身も、ここ数年で音楽体験が変わったそうです。

「今は、家ではグーグルホームに、車では標準搭載のオーディオにiPhoneをつないでサブスク。もっと曲を掘りたいならサウンドクラウド。本当に音を浴びたいならクラブに行く。別にそれでいいんじゃないかな、と思っています」

だからこそ問題は、作り手であるアーティストに利益が還元されて、新しい音楽を生み出せるか。そのため、「luteはアーティストのための会社」と五十嵐さんは断言します。

「僕は“黒船後”の新しい音楽体験を作りたいだけなんです。luteはその1つの形として、豊かなカルチャーを育んでいきたいです」

2016年から運営していた「lute(β版)」のコンセプトを引き継ぎつつ、2017年8月に国内初のInstagram Storiesメディアとしてローンチされた「lute」。音楽情報に止まらず、若年世代へ向けてモバイルに特化したクリエイティブなコンテンツを制作しています。

五十嵐さんは「luteのロゴがあれば、そこがメディア、帰属先になります。極端な話、立て看板でもいいんです(笑)」と話します。現在luteの主戦場はInstagramに移りましたが、YouTubeをはじめとするそのほかのプラットフォームにもコンテンツを提供していくそうです。