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Apple Watchに採用が噂されるマイクロLEDディスプレイ

著者: 今井隆

Apple Watchに採用が噂されるマイクロLEDディスプレイ

読む前に覚えておきたい用語

LED(Light Emitting Diode)

LEDは発光ダイオードあるいは無機ELとも呼ばれ、電圧を印加すると発光する半導体素子。1960年代に発明された当初は発光色が赤のみだったが、1970年代に黄緑やオレンジに発光するLEDが相次いで開発された。1990年代に日本で青色LEDが開発され爆発的に普及した。

青色LED(Blue Light Emitting Diode)

1990年初頭に3人の日本人(後にノーベル物理学賞を受賞)によってGaN(窒化ガリウム)を用いた青色発光LEDが発明され、さらに従来のLEDに比べて極めて高輝度を実現したことから、白を含めたフルカラーLEDの実現と、LED照明という用途を開く基礎となった。

量子ドット(Quantum Dot)

量子ドットは量子力学に従う特殊な光学特性を持つ直径2~10ナノメートルの半導体結晶で、幅広い範囲の波長の光を吸収し、結晶サイズや組成に応じた波長の光を放出する特性を持つ。この色(波長)変換の特性を利用してテレビやディスプレイなどのバックライトに応用されている。

次世代の本命 マイクロLEDディスプレイ

現在LEDディスプレイと呼ばれているものには、大きく分けて2種類ある。1つは液晶ディスプレイのバックライト(光源)に白色LEDまたは三原色LEDを用いる「LEDバックライト液晶ディスプレイ」、もう1つはLEDそのものをピクセル(画素)に用いるディスプレイだ。

前者には現在販売されているほとんどのテレビやディスプレイが該当し、iMacやiPad、iPhone Xを除くすべてのiPhoneもこの方式である。これらはあくまでバックライトの光源として冷陰極管(CCFL)に代わってLEDを用いているだけで、その上に光透過率をコントロールするための液晶素子パネルと、着色のためのカラーフィルターを重ねたものが一般的な「液晶ディスプレイ」である。

一方、ピクセルそのものにLEDを用いる例としては、野球場や競技場などのスポーツ施設、ビルや公共施設などに取り付けられている大型ディスプレイがある。これらは近くで見ると赤・緑・青(RGB)の三原色のLEDがセットで1つのピクセルを構成しており、これらをマトリックスで縦横に並べた構造となっている。このような大型ディスプレイは、そのサイズも高さ数メートルと非常に大きく大規模なシステム構成となっており、その価格も数千万~数億円と非常に高価な製品となっている。

マイクロLEDディスプレイは、この大型LEDディスプレイを微細化技術によって10分の1~100分の1のサイズにしようという試みで、古くからさまざまなメーカーが小型化と低価格化という課題に取り組んできたが、現時点でマイクロLEDディスプレイを製品化した事例はまだない。

実用化されたもっとも小型なものとしては、2012年にソニーが米国のCESで展示した次世代ディスプレイ「Crystal LED Display」があり、今年のCESではサムスンもマイクロLEDディスプレイを参考出展している。

各ディスプレイ形式の特徴

現在主流の液晶と最近普及が始まった有機EL、そしてマイクロLEDの3種類のディスプレイの特徴。すべての特性でマイクロLEDが優れていることがわかる。その課題は量産化と低価格化にあり、各社がしのぎを削って開発に取り組んでいる。

圧倒的な高輝度と高コントラストを実現

マイクロLEDディスプレイの特徴は、その圧倒的な表示性能にある。もともとLEDは照明に使えるほどの高輝度に加えて、消灯時には漆黒を表現できるというディスプレイとしての理想的な特性を兼ね備えており、明暗コントラストに優れるとされる有機ELと比較しても数倍~数十倍のコントラスト比を実現できる。

また、無機物で構成されるLEDは有機物を触媒とする有機ELとは異なり、極めて長寿命で経年劣化に伴う輝度低下が極めて少ない。さらに、自発光デバイスであるため原理的にも視野角が180度と極めて広く、斜めから見たときのコントラストや色再現性の低下もほとんど起こらない。

そして、三原色LEDは単波長発光のため色純度が極めて高く、これを使用したマイクロLEDディスプレイは必然的に広色域を実現できる。加えて液晶ディスプレイが数ミリ秒、有機ELディスプレイが数マイクロ秒の応答速度であるのに対して、LEDディスプレイはナノ秒単位と桁違いに高速なので残像現象の心配がない。

このように、まさに夢のディスプレイであるにも関わらず、その登場が遅れている理由はその製造コストの高さと微細化の難しさにある。製造コストの問題は量産が軌道に乗れば徐々に解消されると予想されるが、先行して普及した液晶ディスプレイなどに追いつくにはまだまだ時間が掛かるだろう。

しかも、微細化に際してはマイクロLEDチップの特性のバラツキを抑える必要もあり、大規模な量産に向けての課題は多い。しかしソニーやサムソンをはじめとする各社が着実に実用化に向けての開発と試作を重ねており、ディスプレイ分野で世界最大の学会「SID(Society for Information Display)」などでも新たな研究成果がいくつも発表されている背景から、その未来は明るいだろう。

各ディスプレイ形式の構造

3種類のディスプレイの構造の違い。液晶ディスプレイは主に電子シャッターである液晶パネルと光源であるバックライトで構成されているが、自発光デバイスである有機ELやマイクロLEDはTFT基板と発光体のみで構成されているため薄型化が可能だ。

三原色LEDと量子ドット方式

上が三原色LEDを用いたマイクロLEDディスプレイ、下が青色LEDと量子ドットを用いたマイクロLEDディスプレイ。量子ドットの色変換機能を用いて青色LEDの光を純度の高い三原色に変換することで、単色LEDのみでフルカラー表示を実現できる。

ソニーの「Crystal LED Display」

2012年の米国 International CESにソニーが出展した「Crystal LED Display」は、当時としては画期的なマイクロLEDディスプレイで、55型のサイズにフルHD(1920×1080ピクセル)を実現し、小型化への可能性を見せた。【URL】 https://www.sony.co.jp/SonyInfo/News/Press/

ソニーの業務用ディスプレイ「CLEDIS」

ソニーが2017年に発表した「CLEDIS」は、Crystal LED Displayの技術を応用して製品化されたウォールディスプレイシステム。320×360ピクセルのLEDパネルを複数組み合わせ、最大4Kの解像度を実現する。【URL】https://www.sony.co.jp/SonyInfo/News/Press/

アップル製品への採用はアップルウオッチか?

このマイクロLEDに、数年前から本格的に取り組んでいる企業の1つにアップルがある。アップルは、2014年5月にマイクロLEDのパネル技術を保有するスタートアップ企業LuxVueテクノロジーを買収している。同社はマイクロLEDパネルの要となるGaN(窒化ガリウム)を用いた高効率な微細発光素子の構造とその製造技術で多くの特許を有しているからと、アップルウオッチが最初からマイクロLEDディスプレイで登場すると予想する気の早い報道もあった。

しかし、実際にはまずは有機ELで製品化しつつ、アップルは同社を買収後もその技術開発を継続的に推進しているといわれている。その技術背景からは、従来の三原色LEDで構成するディスプレイではなく、青色LED+量子ドットによる色変換によって三原色を生成するアプローチを採る可能性も想定されている。青色LEDマトリックスの特性のバラツキを抑えることは三原色LEDの特性を揃えるより容易く、また量子ドットは高輝度青色LEDの光を高効率に別の波長に変換できるためだ。

アップルのマイクロLED技術は、すでに基礎研究開発の段階を終えて本格的な生産に向けたアプローチに入っているとされており、早ければ2~3年の間に搭載製品がリリースされる可能性があるという。

その場合、最初の製品はアップルウオッチになるという見方が濃厚だ。そのディスプレイは1.5インチ前後、ピクセル数も312×390ピクセル(42ミリモデル)と比較的小規模なため、量産時の歩留まりを確保しやすい。バッテリ容量が限られるスマートウォッチでは、ディスプレイのエネルギー効率は連続稼働時間や操作性を左右する極めて重要な要素だ。

アップルウオッチで良好な結果が得られれば、よりサイズが大きいiPhoneやiPadへの展開も考えられる。こちらでも同様に主なエネルギー消費源となっているディスプレイの消費電力が抑えられることで、同じ明るさでより長時間稼働が実現できるはずだ。

しかし、ライバルである他社もこの市場を黙って見逃すはずがなく、どこがマイクロLED製品化への一番乗りを果たすのか、予断を許せない状況だ。液晶と有機ELが争うスマートデバイスのディスプレイ市場に、近く新たな一石が投じられるのは間違いないといえるだろう。

今井 隆

IT機器の設計歴30年を越えるハードウェアエンジニア。1983年にリリースされたLisaの虜になり、ハードウェア解析にのめり込む。