【PROFILE】
1982年、埼玉県に生まれた小沼大地氏。学生時代はラクロスU21の日本代表に選ばれるほどのスポーツ青年だった小沼氏が自らの生き方を決めたのは、青年海外協力隊としてシリアへ赴任したことがきっかけだった。それまでは教職を目指していたが、現地で出会ったドイツ人経営コンサルタントに感銘を受け、社会を変えるビジネスに携わりたいと決意。帰国後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。会社員時代には若手社会人を中心としたコミュニティ「コンパスポイント」を主宰。さまざまな分野の第一人者を招き、熱く語り合うという同コミュニティには累計1000人以上が参加するなど大成功。小沼氏の起業家精神とリーダーシップはコンパスポイントを通して培われた。
2011年、小沼氏はマッキンゼー・アンド・カンパニーを退職し、共同創業者の松島由佳氏と共にNPO法人クロスフィールズを創業する。退職日は3月11日。東日本大震災の当日であった。「自分に何ができるのか」――小沼氏は被災地へと入り、約2カ月間、NPOのサポートとして活動する。このときの思いが、現在の小沼氏を動かす原動力となっている。
小沼氏が代表を務めるクロスフィールズは、企業向けに社員を新興国のNGOに数カ月間派遣する「留職」プログラムと呼ばれるユニークな取り組みで知られている。たとえば電機メーカーのエンジニアであれば、現地で業務効率化のソフトウェア開発に従事。教育関連企業の企画職であれば、教育向け研修の企画・実施といった具合に、自らのスキルを生かして新興国が抱える課題解決に挑戦するのが「留職」だ。現地にとってもメリットであることはもちろん、日本ではなかなか得られない貴重な体験を通してリーダーシップを育成できるなど、企業にとっても大きな意味を持つプログラムなのである。
INTERVIEWER
Appleユーザの中には、未来を形づくるすごい人がいる。本連載は、人脈作りのプロ・徳本昌大氏と日比谷尚武氏が今会いたいビジョナリストへアプローチ、彼らを突き動かす原動力と仕事の流儀について探り出すものである。
徳本昌大
ビジネスプロデューサー/ビズライト・テクノロジー取締役
日比谷尚武
コネクタ/Eightエバンジェリスト/at Will Work理事/ロックバー経営者
ビジネスは利益ファーストからパーパスドリブンへ
日比谷●今、世の中で社会起業家を増やすという機運が高まっているような気がします。その潮流の中心にいる小沼さんにその辺のパラダイムシフトの話を聞きたいと思っていました。
小沼●ありがとうございます。なぜ、日比谷さんはそういったフィールドに興味を持たれたのですか?
日比谷●私はSansanという会社にいたのですが、今は人と人をつなぐことで、ベンチャー起業やNPOのチャレンジを支援しようとしているんです。そういった組織が、たとえばフィンテック(FinTech)とかシェアリングエコノミーとか新しいことを始める際、既存の業界や規制、世の中の常識などいろいろ調整しないとうまくいかないことが多いと感じたのです。社会と本質的に向き合うサービスや起業家と付き合うようになったことで、小沼さんがされているような活動に興味が出てきました。
小沼●その感覚はよくわかります。ベンチャーの領域が今、明確にソーシャル領域と重なってきていますよね。利益ファーストだったビジネスがパーパスドリブンになりつつあり、金儲けよりも世の中にインパクトを残したいという流れになっていると感じます。
徳本●ジョブズとかザッカーバーグとかもそうですよね。米国で起きた波が、今日本にも押し寄せているように感じます。
小沼●そうなんです。先日、ベンチャー企業の経営者が集まるイベントに参加したのですが、まだ米国とは温度差こそあるものの、日本でもそういったフェイズに入っていることを実感しました。すごくポジティブなことだと思います。
徳本●これまで多くのベンチャーはビジネスとして利益を重視し、行政とかけ離れていたわけですが、小沼さんのような起業家が増えたことで変わろうとしています。
小沼●ベンチャービジネスと行政はつながりつつありますし、つながらないと世の中を変えることができません。もっというと、そうでないと儲からない時代になっているんだと思います。企業の社員教育でも教養に重きが置かれ始めています。
日比谷●これからの企業は、目先の利益ではなく、ビジョンに立ち戻る必要が出てきたわけですね。
徳本●絶えず進化していく意思を持つこと、「複眼思考」ともいわれますが、それを持つことが大事なんでしょう。
NPO法人クロスフィールズ(http://crossfields.jp/)では、企業で働く人材が新興国のNPOで本業のスキルを活かして社会課題の解決に挑む「留職」プログラムを提供している。企業の社員を新興国のNPO 法人に数カ月間派遣し、本業のスキルや経験を生かして現地の社会課題の解決を行う。企業のグローバル人材育成や新興国進出、BOPビジネス開発などの観点から多くの企業に導入されている。
人材の宝庫の日本で眠っている才能を起こして社会改革
日比谷●小沼さんがそういった考えに至った“スイッチ”について聞く前に、クロスフィールズの事業について詳しく聞かせてください。「留職」というユニークなプログラムに取り組まれていますよね。
小沼●はい。新興国に企業が社員を派遣し、スキルを活かして貧困や教育、環境などの課題解決に挑戦することをサポートしています。
日比谷●狙いは、社会貢献人材の育成なんですか?
小沼●社会貢献というとちょっとニュアンスが違うかもしれません。トライセクターリーダー(企業、政府、非営利団体などの垣根を超えて活躍するリーダー)を増やすことが最大のミッションです。
徳本●学生がそうした取り組みを行うイメージはあるのですが、企業から派遣するのはなぜですか?
小沼●日本では企業に人も金も偏在していて、宝の持ち腐れになっています。社会性を持ったリーダーが主導して、会社のリソースを社会変革のために使うようになってほしいのです。また、それによって、すべての人が働くことで生き生きしてほしい。それは「想いを持って働く」ということです。つまり、トライセクターリーダーを育成することは、生き生きと働く人を増やすことにもつながっているんです。
日比谷●納得です。今後は、新しい形式で人を送ることを考えているそうですね。
小沼●今がまさにその時期かもしれません。今年、ある自治体が公務員を海外に派遣しますし、行政の方が副業で公益的な活動に携わったりする動きも生まれそうです。私としてはそれを後押ししていきたい。最近はクラウドソーシング企業ともそういった話をしているんですよ。
日比谷●国が人材流動化や副業を推進していますから、追い風が吹いていますね。
小沼●はい。働き方改革は最初、労働時間の話ばかりでしたが、副業という話も盛り上がってきました。お金儲けをするだけではなく、副業を通じてスキルの学び直しができるという点が注目されています。
日比谷●でもいろいろな人の意識を変えなくてはならないから、まだまだ副業には壁がありますよね。
小沼●そうですね。副業はまだそこまで広がっていませんが、私はこれからもNPOでの副業をもっと推進していきたいと思っています。
徳本●働くうえで大事なのは、自分の価値を提供できる場があるかどうか。究極、お金は稼げなくてもいいのかもしれません。今は、仕事について、多くの人が考え直すいい時期なのでしょう。
2005年に米国スタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチで、スティーブ・ジョブズは自らの生い立ちや人生観を語り、世界中の人々の心をとらえた。(【URL】https://www.youtube.com/watch?v=D1R-jKKp3NA)