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レタッチの仕事とレタッチのコツ

プロの作品づくり

株式会社トーン・アップは、広告製版や印刷を皮切りに、映像・CGなどの制作まで、セールスプロモーションに関する幅広い事業を行っている企業で、来年100周年を迎える。中でもレタッチに関しては、社内に「ONE TONE」というユニットを設け、手練のテクニシャンが日々作業にあたっている。今回は、テレビの番宣素材などを担当することが多いというレタッチディレクターの内田英晴氏と、ファッション・ビューティー系を担当するレタッチャーの圓道庸子氏にお話を伺った。

今回お話を伺った、レタッチディレクターの内田英晴氏(左)と、レタッチャーの圓道庸子氏(右)。トップレベルの技術を持つお二人も「Instagramはすごいですね。簡単に格好良くなる(内田)」「友達に『ご飯が美味しそうに撮れるアプリ』などを教えてもらったりします(笑)(圓道)」と、一般向けアプリの優秀さは大きく評価しているそう。

MF●プロのレタッチャーのお仕事について教えてください。

内田●クライアント企業からの発注にもとづき、広告代理店などのアートディレクターやカメラマンと打ち合わせをし、こういう絵柄・トーンにしたいというオーダーをいただいてレタッチ作業を始めるのが一般的です。

圓道●私は、撮影から立ち会うケースもあり、その場合、“こうしたい”というイメージを現場で話し合い、そこから汲み取って進めていきます。同じ合成でも、案件の種類によって、合成する箇所や内容も変わってきます。また「レタッチ立ち会い」と言って、ある程度作り込んでからアートディレクターやカメラマン立ち会いのもと、細部のツメを行うこともあります。

内田●レタッチャーの仕事でまず大事なのは、コミュニケーションです。お客様の意図をいかに汲み取るか。たとえば「明るく」や「消す」などの指示があった場合も「なぜそうするのか?」を解釈せずにただ作業すると、全体の中で浮いてしまったり、馴染まなかったりという部分が出てしまいます。

MF●作業はどれくらいの時間がかかるのでしょう?

内田●1日で仕上げなくてはならないものから、長い場合は、同じ画像の作業に10日から2週間かかる場合もあります。

圓道●納品後に“やはりこうしたい”という変更が出ることもあり、作品によっては1カ月くらいかかったものもありました。稀ですが(笑)。

MF●レタッチ作業においてレタッチャーさんの個性が出ることはあるのでしょうか。

内田●自分は“レタッチャーはアーティストではなく職人”だと思っており、アートディレクターやカメラマンの意図を解釈して作るようにしています。ただ、ちょっとした効果や演出で自分なりの雰囲気や空気感が出ていることはあるかもしれません。

圓道●カンプ(最終形をイメージして作られる見本)どおりに作れば良いのだったら、誰でも良いということになってしまうと思います。実際には人それぞれやることが違っていて、各々の提案も違うので、そうした部分でのマッチングも大事だと思います。

ツールの進化と効率化

MF●普段の作業はアドビ・フォトショップで行うのですか。

内田●はい、9割以上がそうです。

MF●年々ソフトは進化していますが、それによってレタッチの仕事は楽になっていますか?

内田●はい、だいぶ楽になっています。レタッチの基本的な作業に使う機能はフォトショップCSぐらいのバージョンで大体できるとはいえ、毎年バージョンアップして新機能が追加されると、便利な部分が増えていきます。たとえば、「スマートオブジェクト」の機能(配置またはペーストされた画像を、元の画質を保持したまま編集や拡大・縮小、回転、ワープが可能な機能)や、「ぼかし」のバリエーションの増加などは大きいです。また、以前は“切り貼り”して作っていた部分が、現在は「ゆがみツール」一つで実現できたりするなど、時間の短縮と表現力のアップの両面で大きく違ってきています。

圓道●また、「修復ツール」など元々あった機能の処理結果も実は向上しているんです。ですから、同じやり方でも馴染み良くキレイに仕上がるよう、精度が上がってますね。

内田●スマートオブジェクト機能のおかげで、以前の状態に簡単に戻せるのも効率化の面で大きいですね。

MF●レタッチャー自身のテクニックやセンスはもちろん、ツール自体の進化も自然な表現に大きく寄与しているんですね。特にどのような部分に注意しながら作業しているのですか?

圓道●人物の場合、骨格や顔の筋肉のバランスが壊れると“その人”に見えなくなってしまうので、ただきれいにするのではなく、いかにそこを意識してレタッチするかを常に気をつけています。

内田●番宣素材などの場合は“合成ありき”で始まり、一箇所だけ完璧に合成しても、スキがあると全体のクオリティが下がってしまうので、全体の“まとまり感”が大事になります。適切にライティングされた素材であれば合成しても馴染みやすいですが、別々の日時や場所で撮影された素材を使う事も多いので、それらをいかに馴染ませるかをいつも意識しています。

イメージを持つこと

MF●レタッチの技術はどうやって習得されたのですか。

内田●私は、以前ゲーム会社に勤務していたのですが、そのときから写真には興味があって、転職してレタッチャーの仕事につき、会社の先輩方に基本的なことを教えてもらいました。ただ、「見て覚える」という感じでしたので、実際のテクニックはやはり実際にレタッチ作業をやりながら習得しました。

圓道●私は、以前ヘアメイクの仕事をしていたのですが、写真レタッチに関しては独学で学びました。わからないことは知り合いのレタッチャーさんに教わったりもしました。

MF●レタッチャーさんによって、やはり得意分野というのはあるのでしょうか。

圓道●たとえば、フォトグラファーからレタッチャーになる人の場合、知識を活かしてレタッチの中でライティングが作れたり、絵が描ける人の場合は影を作れたりと、それぞれの背景や特技が作風にも表れるとおもいます。

MF●レタッチを上達させるポイントは何でしょうか?

圓道●自分の好きな感じをしっかりイメージして、とにかくいろいろと写真をいじってみることでしょうか。すると、“こういうときはこうする”という引き出しが増えていくと思います。

内田●インスタグラムなどで効果を選ぶ際も、最初に“こうしたい”というイメージを持ってから選ぶと上達につながります。たとえば“食べ物を美味しそうに見せたい”というのでも“美味しいってどういうこと?”と考えたり、やりたいことありきで行うのがおすすめです。

MF●たしかに、写真をレタッチしているといろいろといじってしまって、これもいいな、あれもいいな、と止め時がわからなくなることがあります。それは、自分の中でこうしたい! という完成形のイメージがないからなんですね。

圓道●実際、仕事上でもその部分がないと作業時間が膨らんでしまいますね。あれこれやって、結果どうしたら良いかわからなくなるので、最初に“こうしたい”というのがあると、作業時間も短く、仕上がりも良くなります。

内田●どうしようか迷っているときは、一回“行き過ぎ”と感じるくらいまでやってみて、そこから戻すとやりやすいですよ。ちょっとずつ進めると、迷いが多くなってしまいがちですから。

圓道●ビューティ系のレタッチ立会いの場合、キレイに修正した状態からオリジナルに戻していき、自然に美しく見えるようバランスを探ったりもします。

MF●iPhoneで写真をレタッチする際にも、とても参考になります。お話ありがとうございました。

1919年(大正8年)に創業した株式会社トーン・アップは、来年100周年を迎える。企業理念は「Visualize Your Image 思い描いたものを、目に見える形に」。右の2つの作品は、トーン・アップがレタッチと製版を手がけた企業広告「フォトジェニック料理」(上)と「最初の晩餐」(下)。このほかにも、同社WEBサイトには多数の作品が掲載されている。