他企業との積極的なAPI連携や、AI活用など、業界に先駆けて日本のフィンテックを先導する住信SBIネット銀行株式会社。こうした同社の実行力の背景には、どのようなビジョンがあるのか? そして、日本の銀行が向かう未来の姿とは? 代表取締役社長・円山法昭氏に話を伺った。
円山法昭
住信SBIネット銀行 代表取締役社長。1965年福井県生まれ。1989年神戸大学卒業後、東海銀行(現・三菱UFJ銀行)を経て、2000年にイー・ローン株式会社(現・SBIホールディングス)入社。SBIモーゲージ株式会社 代表取締役社長執行役員CEOなどを経て、2014年4月より現職。
金融業界に革命を
ここ数年、ファイナンス(金融)とテクノロジーを組み合わせた「フィンテック(Fintech)」という言葉が世間を賑わせている。そんな中、業界に先駆けてフィンテックへの取り組みを推し進めてきたのが、住信SBIネット銀行株式会社(以下、住信SBIネット銀行)だ。
SBI証券との口座連携をはじめ、2015年には邦銀初の「FinTech事業企画部」を設立、家計簿アプリを手がける株式会社マネーフォワードとのAPI連携や、AIが自動で資産運用を行う「ロボアドバイザーサービス」もいち早く展開した。また、最近ではチャットサービスやローン審査、不正検知にもAI導入を進めている。今や同行の口座数は320万口座を突破し、預金残高はネット銀行1位の4兆4000億円に到達したという。
こうした意欲的な活動を続ける同社は、「未来の銀行」をどのように思い描いているのか。同社代表取締役社長の円山法昭氏に話を聞いた。
——御社の先進的な取り組みは、どのようなビジョンのもとに行ってきたのでしょうか?
もともと、当社は3つの経営理念を掲げています。まず、「全役職員が正しい倫理的価値観を持ち、信任と誠実を旨に行動することにより、日々徳性を磨き、広く社会から信頼される企業を目指す」こと。そして、「金融業における近未来領域の開拓と、革新的な事業モデルの追求に日々努め、お客様、株主、職員、社会の発展に貢献する新しい価値を創造する」こと。最後に、「最先端のIT(情報技術)を駆使した金融取引システムを安定的に提供することにより、お客様との強固な信頼関係を築き、揺るぎない事業基盤を確立する」こと。これらができなければ私たちの存在意義はないと思っています。ですから、新しいことに挑戦するのは当然なんです。
フィンテックという金融とテクノロジーの融合は、最近になって始まったものではありません。もともと私はSBIグループでさまざまなインターネットファイナンスに携わってきました。その頃から、インターネットと金融ビジネスの組み合わせは当たり前でしたし、「インターネットの爆発的な価格破壊力を利用して金融業界に革命を起こす」というのがSBIグループの企業理念でもありましたので、それを住信SBIネット銀行でもそのままやっているだけです。
3つの要素が業界を変えた
——最近はAIやビッグデータ、クラウドなどのテクノロジーが注目されていますが、これらの技術が金融に与える影響とは何でしょうか?
ここ数年の急速なテクノロジーの進化によって、フィンテックはこれまでになく加速しています。昔はモバイルも浸透していませんでしたし、AIもクラウドもありませんでした。テクノロジーが進化し、インフラとして整備されている今、ようやく私たちが思い描いていたことが実現できる環境が整ってきたのです。ここでアクセルを踏まなかったらいつ踏むんだと思っています。
——近年、フィンテックが急速に加速している理由として、特にどのテクノロジーの進化が大きく関係しているのでしょうか。
一概にどのテクノロジーということではなく、AI、ビッグデータ、クラウドの3つの要素が揃ったことが大きいと思っています。それと、モバイルです。まず、iPhoneをはじめとするスマホの爆発的な普及によって、お客様がパソコンから解放されてどこからでも銀行にアクセスできるようになりました。スマホがなければ、ここまで急速にモバイルインターネットは普及しなかったでしょう。それからクラウドが登場したことで、情報をより共有しやすくなり、たとえばクラウド会計サービスと連携することでトランザクションレンディング(商取引履歴や銀行口座異動情報を与信審査に用いた事業融資サービス)が誕生しました。
また、同時に重要なのは、クラウドの登場によって銀行システムのコストが下がったことです。たとえば、当社の銀行システムの一部はAWS(Amazon Web Services)に移していますが、これによってシステムコストを大幅に下げることに成功しました。コストが下がればお客様にもっと利便性の高いサービスを提供できますし、クラウドを利用してお客様はシームレスにサービス間の連携が図れます。
それに加え、クラウド化によるコストダウンによってスタートアップ企業もマーケットに参入しやすくなり、結果としてマーケット全体が活性化するというメリットもあります。
AIやビッグデータの進化に関しては、これらの技術によって、さまざまな新しいビジネスが生まれ、金融業全体が従来の枠組みから大きく変わり出したことが大きいのではないでしょうか。AIやビッグデータはまさに今が旬の技術ですから、金融業界にとってどう向き合っていくかで、将来的なビジネスに勝ち負けに差がつくのではないでしょうか。
私たちは不正検知をはじめ、ほとんどの分野でAIをすでに活用し始めています。チャットボットも実証実験が終わってこれから導入しますし、与信モデルもAIで構築しています。あとはマーケティングの面にどう生かしていくかですが、こちらもすでに実験段階では成果が出ているので、近いうちに実サービスを展開できるかと思っています。
住信SBIネット銀行は2015年に邦銀初となる「FinTech事業企画部」を設立。以後、フィンテックにおける取り組みを業界に先駆けて行ってきた。(【URL】https://www.netbk.co.jp)
AIは人間を軽く超える
——AIを利用する目的として、効率化やコスト削減以外にどのようなメリットがあるのでしょうか。
もちろん効率化やコスト削減も大事ですが、最近ではAIによって「今までできなかったこと」が実現できるようになってきています。与信モデルではこれまで人が作っていたモデルを超えてしまいましたし、不正検知でも人の目では判断しきれない部分まで見つけられるようになりました。「人間にはできないこと」を任せられるんです。従来のAIでは、「やっぱり人がやったほうがいいよね」という部分も多かったのですが、ここ最近は人を超越するようになりました。人間と同じように思考するまではいかなくても、うまくAIを使えば人を軽く超えてしまうというケースは出始めています。
——日本のフィンテックは米国と比べて遅れているような印象がありますが、自分たちの取り組みをどう評価されていますか?
たしかに米国はビジネスモデルの新しさやテクノロジーの使い方は優れていると思いますが、我々のフィンテック技術は相当程度追いついてきています。今や米国との差はほとんどないと言っていいでしょう。それよりも注目すべきなのが中国です。
アリペイ(Alipay)を筆頭に、中国のフィンテックは最先端で、実は米国よりも進んでいるかもしれません。また、イスラエルなどテクノロジー先進国はほかにもあるので、広く世界を見ていかないと追いつくことは難しいでしょう。だからといって、海外企業が日本に来ればフィンテックを成功させられるかというと、そうではありません。日本には日本固有の規制や慣習があるので、海外の事例をローカライズする力が必要です。海外の先進事情を理解したうえで、日本流にアレンジすることが重要だと思っています。
アジア・パシフィック地域のフィンテック投資額
2016年のアジア・パシフィック地域における、フィンテック分野への投資額グラフ。日本が約1.5億ドルに留まっているのに対し、中国&香港は100億ドル以上とずば抜けている。アクセンチュアによるCB Insightsデータの分析より作成。
API公開でどうなる?
——御社はこれまでAPIを積極的に公開することで、家計簿アプリをはじめとするさまざまな金融サービスと連携をしてきました。その背景には、どのような意図があるのでしょうか?
お客様に便利なサービスを提供したいということもありますが、私たちはその「先」を考えています。そもそも、APIを公開することで何が起きたかという事例は、金融業界以外にたくさんあります。たとえば、エアビーアンドビー(Airbnb)やウーバー(Uber)のようなシェアリングエコノミーが普及したのは、結局グーグルがグーグル・マップのAPIを公開したからです。つまり、API公開によって、新しい産業までが生まれてしまうこともあるということです。API公開でお客様が便利になるだけではなく、新しいビジネスが生まれるかもしれないですし、さらに新しい産業が生まれるかもしれません。ですから、APIの公開は、「銀行のあり方」そのものも変えていくのではないかと思うんですね。
ビル・ゲイツは、1994年に「銀行機能は必要だが、今ある銀行は必要なくなる」と言っています。お客様が銀行に求めているのは何かを考えると、振込をしたり入金をしたりという決済機能、融資をしてお金を貸してもらう貸出機能、お金を安全に預けられる預金機能が挙げられます。これらは銀行の3大機能と言われていますが、要するに、お客様は銀行の機能は欲しいけれども、銀行と仲良く付き合いたいなんて思ってないよねって話なんです。みんな銀行が好きで取引しているわけではなくて、何か目的のためには銀行という機能が必要というだけなんですね。今までは、その金融機能を提供しているのがほぼ銀行だけでしたが、今後はフィンテックのテクノロジー進化によって変わってくるかもしれません。
個別の決済機能で言えば、アリペイやペイパル(PayPal)が出てきていますし、テクノロジー企業も銀行より便利なインフラを作ってしまうかもしれません。貸出機能としては、すでに「Amazonレンディング」などの事業融資サービスも広がってきています。預金機能としては、アリペイなどが預金を代替するMMF(マネーマーケットファンド)というサービスを提供しています。
企業が銀行のAPIと連携することによって、銀行機能を取り込むこともできてしまう。APIを公開することで銀行機能がばらばらにアンバンドリング化され、相手企業がそれをリバンドリング化して顧客にとってより便利なものにする。今後はそのような動きになっていくのではないでしょうか。
他企業との積極的なAPI連携
API連携のイメージ図(「マネーフォワード」の場合)。API連携することで、提携先企業が提供するサービス上でユーザの口座残高や入出金明細などを正確かつセキュアに取得できるようになる。
AIによるロボアドバイザーサービス
住信SBIネット銀行はAIが自動で資産運用を行う「ロボアドバイザーサービス」も展開。年齢や資産状況などの簡単な質問に答えるだけで、最適な運用プランを作成してくれる。「WealthNavi for住信SBIネット銀行」と「THEO+[テオプラス]住信SBIネット銀行」の2つのサービスから、プランに応じて選択可能だ。
住信SBIネット銀行と連携するアプリサービス
お金の流れをグラフ化してくれる家計簿アプリ「マネーフォワード」の住信SBIネット銀行向けバージョン。同行からお得なお知らせが届くなど、より便利に活用できるようカスタマイズされている。
マネーフォワードが展開する自動貯金アプリ「しらたま」。簡単な設定をするだけで、バーチャル貯金箱に自動でお金を貯められる。「マネーフォワード for 住信SBIネット銀行」との連携が可能だ。
住信SBIネット銀行の口座と連携できる自動貯金アプリ「finbee」。カード決済など、貯金するタイミングと金額を設定するだけで、ユーザの口座に自動的に貯金してくれる。
「マメタス」は、住信SBIネット銀行の口座と連携できる資産運用アプリ。クレジットカードや電子マネーで買い物をした際、あらかじめ設定した金額から購入金額を差し引いた金額を「おつり」と見立て、自動積立してくれる。
インフラとしての銀行
——テクノロジー企業がバンキングに入ってくる可能性もあるんですね。銀行は従来の形のままでは厳しいのでしょうか?
銀行は将来的に、電気やガス、水道のようなインフラ産業になるのではないかと思っています。私たちが銀行機能をインフラとして提供して、それを企業が自由にカスタマイズして使えるようになったら素晴らしいなと。ビル・ゲイツの言うように銀行が必要なくなっても、銀行としての「機能」は必要なのだから、私たちはそれを提供する会社として生まれ変わるべきなんです。銀行という定義を変えて、進化しなくてはいけないと思っています。私たちが好む好まざるにかかわらず、テクノロジーの進化によって世の中がそれを求めるはず。
先ほどの話と重複しますが、お客様は銀行と取引したいとは思ってないですから。アップルやアマゾンは高いブランド力があって多くのお客様をファンにしているじゃないですか。でも、銀行にファンがいるかというと多くはない。銀行ってやっぱりハードルが高いし面倒くさいし、できれば関わりたくない、セールスの電話もされたくないし、会いたくない。だから今、ネットバンキングが普及しているんです。銀行とインターネットはとても相性が良い。ATMはコンビニにあるし、もう銀行の支店に行く理由ってないじゃないですか。なので私たちがやるべきことは、お客様がロイヤリティを持っている企業に銀行サービスを提供することだと思ったんです。グーグルやアマゾンのようにAPIを公開して、ファンを持っている企業が私たちのサービスを自由に使える環境を作るんだ、と。
アップルとの共通点
——それこそが未来の銀行のあるべき姿なんですね。ところで、円山社長はアップル好きと伺いましたが、アップルという企業をどのように見ていますか?
私は昔からスティーブ・ジョブズのファンで、「ビジネスには美しさが必要」という意識に共感しています。銀行もテクノロジー企業と同様に、スタイリッシュで格好いい“ブランド”であるべきだと私は思っていて。「安心・安全」というのは銀行にとって当たり前で、お客様からさらなる支持を得るには、先進的でスマートな企業であると認識されることが重要です。私たちはお客様を「スマートカスタマー」と定義していて、賢いお客様にぜひ利用してもらいたい、お客様が賢くなるお手伝いをしたいと考えています。
また、アップルの「テクノロジーファースト」ではない姿勢にも共感しますね。テクノロジーは顧客体験や使い勝手を向上させるために使うのであって、それは枯れたテクノロジーでも十分なんだと。アップルはすでにあるものを組み合わせてまったく違う顧客体験を作り出すことがうまい。私たちもそうでありたいと思っています。
銀行というのは、どうしても金利や手数料の競争になりがちです。私たちもその競争はしているんですが、それだけでは駄目だと。プラスアルファで新しい体験価値を提供することによって、その競争以外の領域でも勝負をしたいと思っています。近ごろは、銀行に興味がないお客様にも関心を持ってもらえるような取り組みが少しずつできていると感じています。最終的には、「住信SBIネット銀行ってなんかカッコイイよね」と思ってもらい、口座を持っていることがステータスになるような銀行になりたい。ベースとして良いサービスを提供できているからこそ、提携したいという企業も出てくる。もう価格だけで選ばれる時代ではないと思います。
——価格だけでなく体験にもこだわっていくと。社長はアップルウォッチも利用されているようですね。
はい、財布は持ち歩かず、支払いはほとんどアップルペイで済ましています。現金はほとんど使っていないですね。パーティに招待されたときなどは少し恥ずかしいかなと思うこともありますが(笑)。「アップル好きだからしょうがないでしょ」と割り切って使っています。ほかの時計はまったく使わなくなりましたね。アップルウォッチはここ最近で個人的に一番ヒットして使っている製品です。
——業務でiOSデバイスを使うこともありますか?
社内会議はほとんどiPadですね。会社全体でペーパーレス化しようと取り組んでいます。また、私のiPhoneには「Cisco Jabber」というアプリを入れて、会社の電話も受けられるようにしています。2台持たなくて済むのがとても便利です。アプリの文化を作ったのがアップルの最大の功績ですよね。テクノロジーは最先端じゃなくてもビジネスモデルは最先端で、それを考えつくことが素晴らしい。アップルのように、産業を創造する側に回りたいというのが、最終的に私たちが目指すところですね。