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競争からは生まれてこない美しい価値づくり

著者: 林信行

競争からは生まれてこない美しい価値づくり

広島県の尾道市にある映画監督の大林宣彦氏の生家の隣に、古くもステキな木造の一軒家がある。実はその一軒家、せとうちホールディングスという会社が貸し出している宿泊用施設だ。トイレの丸窓から引き戸の金具、石垣を楽しめるヒノキの露店風呂などすべての要素が選び抜かれ、考え抜かれていて美しい。ホテルでは味わえない周囲の町並みや景色、歴史までを味わえるなんとも素敵な宿。実は今、そこの2階で尾道の日の出を楽しみながら本稿を書いている。

東京では、東京オリンピックに向けて次々と建物が壊されて新しいビルが建ち続けている。街中を一駅、二駅間散歩をすると「こんなのあったっけ!?」という新築高層ビルがそこかしこにできている。でも、そうしたビルが話題なのは次の新しいビルが出来上がるまで。そもそも話題にもならずオーナーやゼネコンの自己満足に終わっている濫造ビルや、競合会社と組んできれいで快適な街づくりをしようという視点もなく、似たような構成の複合施設として客を奪い合っているビルも多い。

それに対してせとうちホールディングスが面白いのは、プロジェクトの一つ一つが積み重なって土地の価値を高めていることだ。海越しに島々が見える街道「しまなみ海道」を有名にし、自転車好きの聖地としてブランディング。自転車に乗ったままチェックインできたり、ベッド横に自転車を壁掛けできるホテル「Onomichi U2」を作った。今では尾道はCNNが選んだ世界7大サイクリングコースにも選ばれている。

最近ではこの海側の開発に対して、筆者が宿泊する一軒家など山側の開発も進んでいる。さらには交通の便が悪い尾道に、世界のセレブがもっと気軽に来れるように水陸両用の飛行機をチャーターし関西空港から乗り付けられるように水陸両用機版Uberの「SKY TREK」というサービスを作ったり、海を眺める露天風呂付き個室に宿泊し海の料理やエステが楽しめる豪華客船のguntu(ガントゥー)で話題を集めたりと、世界の富裕層の間で話題の施設を次々と繰り出している(実はこれでも紹介したいプロジェクトの半分も書けていない)。

このお金のかかる開発を仕掛けている母体は、造船業で世界にその名を轟かせる常石造船。最近では百年以上の歴史を持つ日本初の英字新聞のジャパン・タイムズ(Japan Times)も買収し、日本文化の世界発信に努めている。

資本主義は、それによって生まれる競争原理で世の中を大きく発展させた。しかし、そうした企業や投資家が進める競争原理に基づいた開発は自らの利益への我田引水ばかりが目立つ、視野の狭い開発ばかりを増やしている側面もある。

それに対して、その土地出身で成功した名士たちが進める地元愛に根ざしたプロジェクトは、ちゃんとその街の将来的な価値まで考えた広い視野のものが多い。

今回は広島の話だが、最近、実は金沢や新潟など歴史ある中堅規模の都市で次々と地元名士が進める、エリア的な規模も、見ている時間軸も広いプロジェクトが次々と誕生している。

少し口惜しいのは、そういう旅行先を知っているのは良いものを知り尽くした世界の旅行好きばかりなこと。日本人で知っている人は意外と少ない。

それはほとんどの日本人が生真面目に日々の仕事を続けるばかりで、良いものを探求して遊ぶ余裕も少ないからだと思う。一方で、ちゃんと良いものを探求して遊ぶことをしないと、こうした人々を惹きつける価値を生み出すこともできない側面もある。適度な遊びは、自分の仕事で人々に豊かさや幸福感をもたらすためにも必要な要素なのに。

Nobuyuki Hayashi

aka Nobi/デザインエンジニアを育てる教育プログラムを運営するジェームス ダイソン財団理事でグッドデザイン賞審査員。世の中の風景を変えるテクノロジーとデザインを取材し、執筆や講演、コンサルティング活動を通して広げる活動家。ツイッターアカウントは@nobi。