今、日本でQRコード決済が注目を集めている。楽天、LINE、NTTドコモなどが相次いでQRコード決済のサービス開始を発表。また、国内3メガバンクは、QRコード決済の規格統一と連携を表明している。すでに多くの決済方式が乱立する日本で、QRコード決済は普及するのだろうか。これが今回の疑問だ。
続々登場するQRコード決済
今、QRコード決済を採用したサービスが続々と登場している。ラインペイ(LINE Pay)、楽天ペイ、そしてスタートアップのオリガミペイ(Origami Pay)などがQRコード決済を導入し、三菱UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行の3メガバンクは、共同でQRコード決済システムを開発すると発表した。さらに今年4月からは、NTTドコモが「d払い」でQRコード決済に対応している。
この背景にあるのは、中国のQRコード決済サービスであるアリペイ(Alipay)、ウィーチャットペイ(WeChat Pay)の普及だろう。経済産業省が公表した「FinTechビジョンについて」によると、2015年の日本のキャッシュレス決済比率は18%だが、中国は55%となっている。実際、中国の都市部を訪れると、現金をほとんど見かけない。現金を使っているのは、海外や地方からの旅行者ぐらいで、道端の焼きイモ屋までスマホ決済に対応している。中国の大都市では、90%以上の店舗がスマホ決済になっているという印象だ。
そんな中、アリペイも今年4月から日本でのサービスを開始するとアナウンスしていた。訪日中国人向けではなく、日本人向けのサービスだ。ところが、中国の報道によると、アリペイは日本の銀行との交渉が不調に終わり、サービス開始時期を延期することになったという。日本の銀行が危惧したのは、アリペイによって決済履歴情報が中国に収集されてしまうことだった。これはセキュリティの面、そしてビジネスの面から見ても大いに問題がある(しかし、ならばなぜVISAやアップルペイは問題がないのかという素朴な疑問は湧く)。こういった危機感から、各行が別々に進めていた決済方式の開発を協同することにしたのだと思われる。
利便性は「静的コード」にある
しかし、QRコード決済はこれ以上日本で普及するのだろうか。未来を予測するのは難しいが、私だけでなく、読者の多くも「電子決済の方式は、もうこれ以上いらないよ」という満腹感を感じているのではないだろうか。リアルに想像してみても、新たなQRコード決済が便利になるという感覚は湧いてこない。まずスマホを開き、決済アプリを探す(このアプリを探すということが今ではとても面倒な作業になってしまっている)。決済アプリを起動し、QRコードを表示し、それをレジスタッフに見せ、スキャンしてもらう。アップルペイ(Apple Pay)の「タッチID(Touch ID)に指を乗せながらリーダにかざすだけ」という操作と比べると、非常に面倒に感じざるを得ない。
では、なぜ中国では、このような決済方式が主流になっているのだろうか。私たち日本人は、自分のスマホにQRコードを表示して、店側にスキャンしてもらう方式が普通だと考えている。これを「動的コード」と呼ぶのだが、中国ではもう1つの「静的コード」と呼ばれる方式が一般に普及しているのだ。
静的コードとは、店側がQRコードを表示して、客が自分のスマホカメラでスキャンするという方式。店側はQRコードをいちいち何かの端末に表示するのではなく、別途プリントアウトしておき客に提示する。客はそのQRコードをカメラで読み込み、金額を入力すると決済を行える。決済が終わると、店側のスマホやタブレットが音声で「○○元を受け取りました」と通知してくれるのだ。
中国の電子決済はユーザ体験向上のため
「客が決済のためにスキャン作業をする」というところに、日本人は馴染めないものを感じてしまうかもしれない。しかし、中国人は驚くほど合理的で、そこを不快に感じる人は少ないようだ。
たとえば、コーヒースタンドでドリップコーヒーを買う場面を思い浮かべてもらいたい。注文をすると、スタッフがコーヒーを作り始める。ある程度本格的なドリップコーヒーを入れるには、3分程度はどうしてもかかる。その間、客はスタンドの前でぼーっと待っているしかない。だったら、その間にQRコードをスキャンして支払いをしたっていいはずだ。しかも、スタッフは決済作業を一切せずに、コーヒー作りに集中できる。ポケットに入れたスマホの音声通知で、入金されたことを確認するだけでいい。
これが日本で一般的な動的コードであれば、客を待たせてコーヒーを作り、完成したらレジを操作して、客のQRコードをスキャンして決済作業をしなければならない。別のスタッフがいれば調理と決済の同時進行は可能だが、決済操作を客任せにできる静的コードであれば、レジオペレーションの時間をもっと短縮できるはずだ。
この静的コード方式は、中国のファストフード店などでも効果的に活用されている。たとえば、昼の混雑時に価格が決まっているランチセットの専用レジを用意する。スタッフはひたすら商品を用意するだけなので、行列がどんどん短くなる。客も商品を待っている間に決済操作をするだけで、早くランチにありつくことができる。お店にとっても、客にとってもメリットのある方法なのだ。
人気店でも並ばない中国のラッキンコーヒー
中国のスマホ決済の利用法は、レジそのものをなくして効率を上げ、同時に客のユーザ体験を高めることを目指している。これを実践しているのが、中国のカフェチェーンであるラッキンコーヒーだ。中国のカフェ産業は、米・スターバックスと英・コスタコーヒーがシェアを握り、国内系カフェはなかなか伸びてこなかったが、最近このラッキンコーヒーが急速に店舗数を増やしている。
ラッキンコーヒーは、スマホアプリでの注文を基本としている。専用アプリを開いて、店舗を選び、メニューを選ぶ。すると、出来上がりの時間が表示されるので、それでよければ注文する。注文と同時にスマホ決済がされるので、あとは予約時間にお店にコーヒーを取りに行くだけだ。レジに並ぶ必要もなく、カウンターで待たされることもない。
店舗に直接行った場合も、カウンターに並ぶ必要はない。勝手に席に座り、そこで同じようにスマホで注文する。出来上がったらスマホにプッシュ通知が届くので、カウンターにコーヒーを取りに行けばいい。店舗側はレジ作業が不要となり、ドリップ作業を平準化できる。それによってコストが下がるので、品質の高い豆を使うことができる。ラッキンコーヒーは、行列のできない美味しいコーヒー店として人気を得ているのだ。
決済をただ現金から電子に切り替えることに、本質的な意味はない。電子にすることにより、レジ作業が不要になり、レジカウンター以外でも決済ができるようになる。そして接客プロセスの中心だった決済を外すことで、顧客本位だったり、効率を重視した接客プロセスを再構築できるのだ。日本でQRコード決済を普及させるには、単に店舗に機器を配るのではなく、こういった新しくて利便性の高い購入体験を提供することが必要となるだろう。
2015年における国別のキャッシュレス決済比率。日本が18%に留まっているのに対して、中国は55%と高水準だ。現在は日本が20%程度、中国が70%程度ではないかと言われている。「FinTechビジョンについて」(経済産業省)より作成。
Alipayの公式サイトより。左の写真は、客が表示したQRコードを店に読み取ってもらう「動的コード」方式。右の写真は、店のQRコードを客が読み取って支払いをする「静的コード」方式だ。【URL】https://mrchportalweb.alipay.com/settling/selfhelp/accessGuide.htm
楽天ペイの使い方説明ページ。楽天ペイは、「セルフスキャン」という名前で静的コードに対応している。【URL】 https://pay.rakuten.co.jp/guide/?l-id=header_nav_guide
文●牧野武文
フリーライター。中国でQRコード決済が普及した最大の理由は、決済手数料が原則無料であるからだ。このため個人商店もこぞってQRコード決済を導入した。決済サービス提供側は、付帯する金融機能(分割払いなど)や予約サービスなどで利益を上げているのだ。