Appleは2017年12月から2018年1月にかけて、さまざまなトラブルへの対応に追われることになった。iOSのバグやバッテリ問題、そしてセキュリティ問題…。多くのユーザを抱え、高度化している製品を安全に利用するための対応の中にも、Appleなりの考えが見え隠れする。
対応に追われた年末年始
アップルの年末年始は忙しかった。まず2017年12月2日、iOS 11が再起動を繰り返すバグが世界中で発生した。また、2017年12月中旬には古いiPhoneのパフォーマンスがソフトウェアによって制限されているとの報告が上がり、その対応に追われた。そしてもう1件、インテル(Intel)やARMなどのプロセッサを搭載するデバイスに生じる脆弱性「スペクター(Spectre)」と「メルトダウン(Meltdown)」への対応だ。まずは、それぞれのトラブルについて解説していこう。
(1)iOSの通知バグ
ご存じのとおり、iOSには通知機能が備わっており、アプリへの新着メッセージをロック画面、あるいは操作中なら画面上部に表示する仕組みとなっている。今回発生した通知バグは、通知に起因してデバイスが再起動を繰り返してしまうという問題だ。
iOSの通知には、通知サーバからデータを受け取りiPhoneやiPadといったデバイスに表示させる方法と、アプリそのものがデバイス内で通知を発する方法が存在している。今回バグが発生したのは後者、いわゆる「ローカル通知」と呼ばれるものであり、これを実行するために必要なメモリが膨大となり、デバイスを再起動させてしまうバグが発生してしまったのだ。
そこでアップルは、当初予定していたスケジュールを繰り上げて「iOS 11・2」をリリースし、すべてのユーザに対してアップデートを行った。このアップデートには、iPhone 8シリーズとiPhone Xでの高速ワイヤレス充電や、iPhone Xで低温環境におけるタッチパネル動作の改善なども含まれていた。
2017年12月2日、iOS 11を搭載したデバイスが突然再起動を繰り返すバグが発生。AppleはiOS 11.2をリリースし、ユーザにアップデートを促した。【URL】https://support.apple.com/ja-jp/HT208332
(2) iPhoneパフォーマンス制限
2017年12月10日頃からオンラインコミュニティで指摘されていたのが、最新のiOSと旧モデルのiPhoneとの組み合わせで発生する「パフォーマンス制限」の問題だ。iPhone 7以前のiPhoneに最新のiOSを導入すると、ベンチマークテストの成績が悪くなると指摘されたのである。さらに、著名なベンチマークソフトの開発者からも裏付けとなるデータが示され、これに関係する集団訴訟も3件起こされた。
アップルはこの問題に対しての説明と対応に追われた。アップルは、iOSによるパフォーマンス制限はバッテリの劣化と関係があると説明。プロセッサが要求する電力を供給できない可能性がある場合、クラッシュや再起動を引き起こすため、プロセッサが大きな電力を要求しないよう性能を制限する仕組みが取り入れられているという。
同時に、バッテリを交換すれば機能制限の影響を受けなくなると説明し、保証外では8800円(税別)だったバッテリ交換費用を、3200円(税別)に値引きした。また、劣化の度合いに関わらず、希望者全員に対して割引価格での交換に応じる対応を打ち出した。
(3)プロセッサ脆弱性への対処
年末から年明けにかけての新たなトラブルは、プロセッサの高速化の仕組みを活用して重要なデータを第三者が抜き出す可能性をはらむ「スペクター」と「メルトダウン」の問題だ。これはアップルデバイスに限ることではなく、インテルやARM、AMDなどのプロセッサを搭載するデバイスすべてに影響する。
プロセッサは高速化のため、次に必要となる処理を推測して準備しておく。もしその処理が必要なく破棄した場合でも、全体として処理が高速化されればよい、との考え方に基づいている。これらの脆弱性は、通常アプリケーションからは読み取られないプロセッサで処理している情報を取得することができるようにしてしまうという部分にある。
理論的には1995年以降のプロセッサすべてが影響を受け、スマートフォンやタブレット、パソコンだけでなく、サーバやWEBカメラのような製品でも影響を受ける可能性がある。脆弱性の発見はグーグルの「プロジェクト・ゼロ(Project Zero)」の研究者らによって行われ、現在これを活用した攻撃の事例はないとされている。
アップルやインテル、クアルコム(Qualcomm)、マイクロソフト(Microsoft)、グーグル(Google)、アマゾン(Amazon)といった各企業は、セキュリティアップデートなどで対策に乗り出しているが、マイクロソフトは古いコンピュータに関して、パフォーマンスへの影響が生じることを報告している。
PCだけでなく、スマートフォンやIoT製品などプロセッサを搭載するすべてのデバイスに影響を与える脆弱性「Meltdown」と「Spectre」。発見した組織の1つであるオーストラリアのグラーツ工科大学は、これらに関するまとめサイトをオープンした。【URL】https://meltdownattack.com/
アップルの対応と考え方
アップル自身のソフトウェアのバグ、顧客に説明していなかったパフォーマンス制限、世界的に問題となったプロセッサの脆弱性…。3つの問題はそれぞれ異なるが、アップルはこの年末年始、多くの時間を割いて、これらのトラブル対応に追われることを余儀なくされた。もちろん、こうした問題は決して珍しくないし、今後も続いていくことになるだろう。ここで、アップルが強調していた点は、「顧客の体験」を最重視するという姿勢だ。
特にバッテリ問題に関するコメントで強調していたが、デバイスの機能を制限する理由として「再起動を繰り返してしまうより、性能を制限したほうが顧客体験が上である」という指摘を行っていたのが印象的だった。
通知バグが発生した際、筆者もiPhoneが再起動を繰り返してしまう体験をした。何かアプリを開こうとしたり、カメラを起動したり、とにかく悪いタイミングでの再起動は、非常にストレスが大きいものだった。バッテリが劣化したiPhoneユーザがこうした経験をするよりは、ピークのパフォーマンスを抑えたほうが良い、と考えることにも納得がいく。またスペクターに関しても、多少のパフォーマンス低下とハッキングの可能性を天秤にかければ、後者を優先すべきと考えるだろう。
対話をより積極的に
このような対応を通じて、普段は当たり前のように見過ごしているであろう、ユーザが経験することをもとに判断しているアップルの姿勢が現れてくる。しかし、アップルの対応にも問題があったことは事実である。
バグや脆弱性は、しかるべき対処を素早く行うことが先決であるが、バッテリの問題は、パフォーマンス制限が導入されてから1年経って明らかにされている。ユーザ体験を重視している姿勢は納得が得られるかもしれない。しかしながら、それをあらかじめ説明していなかった点が、問題を大きくする結果を招いてしまった。
これからのアップルがすべきことは、ユーザとの対話不足を解消することではないか、と考える。あるいは、アップルはユーザとの対話に、新たな場を設定する必要があるかもしれない。
これまでアップルストアは、新製品を紹介し、ユーザのサポートを行う拠点となっていた。しかし、iPhoneは今まで以上にあらゆる場所で使われるようになり、アップルウォッチやホームキット(HomeKit)の登場で、アップルストア内では紹介しきれない体験へとその領域を広げている。確かにアップルストアも新しいコンセプトを取り入れているし、ユーチューブ(YouTube)やインスタグラム(Instagram)での情報発信も活発化しているが、まだまだ足りない状態といえる。
2018年に、アップルが新たな方法でユーザの体験を支える対話の方法を打ち出してくることに期待したい。
公式サイトにて、MeltdownとSpectreへの緩和策を発表したApple。このWEBページには、問題の背景やMeltdownとSpectreがどういったものなのかを解説している。【URL】https://support.apple.com/ja-jp/HT208394