AIはクリエイターの脅威か、それとも味方か
ーまずは2017年のアドビマックスで、アドビセンセイを使った未来のフォトショップのデモを見た感想を教えてください。
武井●私はラスベガスの会場にいましたが、びっくりして「オーマイガー」と声を出してしまいました(笑)。プロトタイプとしても、本当にここまで開発が進んでいるとは思っていなくて。正直なところ、このデモを見たクリエイターの中には「仕事が取られてしまうのでは」と心配する方もいると思います。さまざまなクリエイターの方と近い温度感で会話させていただくと、最近は特にAIの話題が多いですから。
AIを脅威に感じるのは、新しいものを最初に目の当たりにしたときの人間らしい自然なリアクションですよね。ただ、きちんと中身を知ると、アドビのAIに対するアプローチがわかってもらえると思います。それは人間のインテリジェンスやクリエイティビティに取って代わろうとするものではなく、日常のタスクから人を解放し、自由な時間を人間に与えるものなのです。アドビセンセイは、個人のクリエイティビティをさらにパワーアップさせるものだと思っています。
横石●僕の第一印象は、「ついに来たか」でした。これまでAIや機械学習は、どちらかというとワークスタイル変革を推し進める中で業務効率化のために使われるというイメージがあったかと思います。クリエイティブの世界でAIの利活用を強力に推進しようとするのは、アドビが先駆けですよね。とかく日本では「クリエイティブ」よりも「ビジネス」に重きが置かれがちですが、今後はビジネスにおいてもデザイン思考やデザインプロセスが求められるなど、新しい価値を生み出すために「デザイン」の重要性はより高まっていきます。ですから、このタイミングで、しかもあのクオリティで登場したことに本格的なパラダイムシフトを感じます。
武井●アドビは創業以来、テクノロジーを活用したデジタルエクスペリエンスによって世界に変革をもたらすことをミッションとしてきました。その時代ごとにワクワクするような最先端のテクノロジーを提供し、デジタル表現の幅を広げてきたのです。これまでは「アドビマジック」と呼ばていましたが、その正体が実はアドビセンセイでした。
アドビセンセイを使うことでクリエイターは作業効率を飛躍的に高めることができると思います。たとえば時間のかかるフォトショップの切り抜き作業もAIが一瞬で行ってくれればそれに越したことはありません。しかし、それが進むと、これまで人間が手間暇かけて完成させてきた作品自体も、AIが完成させることが可能になってきます。しかも、高いクオリティで。すでに「ユーザに好まれるWEBサイト」を作ってくれるAIも存在している時代です。AIが自ら学習し、人に好まれるデザインを自動生成できるようになったとき、クリエイターはどのような役割を担うのでしょうか。
武井●人間だと自分の経験が作品作りに反映されることがありますよね。それと並行して、AIが作品データをもとに感情表現などを学び、今度はAIが作った作品から人間がさらに学ぶことで、新しい表現方法が生まれるのではないでしょうか。人間が感性でたどり着いた表現をAIがデータ化し、それを元にビジュアル化したものを人間は見る機会を得るわけで、そこからまた人間の新しい創造が生まれるのではないかと思います。ですから、これからのクリエイターにとっては、自分自身のアイデンティティをきちんと持っているかが問われると思います。
横石●クリエイティブの現場におけるAIの役割は、「最適化」と「拡張性」という2つの流れがあると感じています。アドビセンセイによるパラダイムシフトは、単にクリエイターの生産性向上のためだけでなく、表現の変化を推し進め、新しい価値創造を生み出すためのものなのでしょう。
武井●たしかに両方の側面がありますね。そして今後は、テクノロジーによる効率化で得た時間をどう活かしていくかが重要になってきます。アドビには「ビハンス(Behance)」というクリエイター向けのプラットフォームがあり、現在世界で一千万人以上のユーザがいます。自身の作品を全世界に向けて公開できるだけでなく、作品を通じてクリエイター同士がコミュニケーションできる場所です。アドビがこうしたコミュニティ作りに注力しているのも、AIに任せられるところは任せて、時短によって生まれた時間で本当に大切な創作活動に集中したり、クリエイター同士が刺激し合って高いクリエイティビティを発揮してほしいからです。
人間らしさは未完成に宿る
ー横石さんのお話にあった「拡張性」の面をコミュニティの力によって支援しているのですね。たしかに、人と人との関わり合いから生まれる「創造」は、AIには真似することが難しいですね。
武井●AIだけにいいデザインを作らせようとすると方向性がある程度決まってしまって、コモディティ化していった結果、既視感のあるデザインばかりになってしまいます。そうした作品に対して人々は感動するのか? そう考えるとAIは決して人間の仕事を奪うものではないはずです。
横石●日本では茶道や武道、芸術における師弟関係を表すのに「守破離」という言葉がありますよね。
まず師匠の教えを忠実に守り、その型を破って、最後は型からも自由になる。もしかしたら、AIを使えば作品をサンプリングして同様なことも可能になるのかもしれません。ただ、その一方で人間には合理性とは結びつかない「違和感やノイズ」を走らせることができます。AI時代が進んでフラットでありきたりな作品がたくさん生まれるとしたら、クリエイターの役目は「違和感のあるもの」を作れるかどうかにあるのではないでしょうか。完成されたものでないところにも美しさを感じる、それが人間らしさなのだと思います。
武井●作品の受け手側が自分の感情とオーバーラップできる余白を残してあげるような感覚なのかもしれませんね。AIがすべてディレクションして作った作品であったとしても、それが本当に価値があるかどうかを判断するのはやはり人間なわけです。ですからこれからはどんなジャンルにおいても人間が“人間らしさ”を追求をしていく時代だと本当に思います。
クリエイターの役目は「違和感のあるもの」を作れるかどうかでしょう。
横石 崇 Takashi Yokoishi
株式会社アンドコー代表取締役・プロデューサー。渋谷ヒカリエを中心に、勤労感謝の日前後の7日間に開催される“働き方の祭典”「TOKYO WORK DESIGN WEEK」オーガナイザー。コミュニティを軸としたマーケティング戦略など多方面で活躍する。
仕事の評価は役職から役割へ
ーこれからAIが進化していくと、効率化や表現以外に、どのようなメリットがクリエイターにはあるのでしょうか。
武井●ビハンス上では、タレントと企業とのマッチングが起きているのが最近の興味深い動きです。AIの進化によって、そのマッチングがより高精度に行われ、クリエイターの国外とのつながりが増えてくることを期待しています。
横石●今後はデザインの世界は、国境や時間の感覚がなくなってますますフラットになるでしょう。そうしたときにもアイデンティティが問われるわけですが、そのとき、働き方の業界で最近使われているキャリアのタグ化が参考になるかもしれません。ここで言うタグは「ハッシュタグ」のタグで、自分を「役職」よりも「役割」で捉え、その役割の掛け算が希少性を生むという考え方です。
これまではUIもUXも、紙もWEBも「クリエイター」や「デザイナー」と呼ばれる人たちの多くはすべて役職で一括りにされていました。しかし、自身を役割として捉え直すとどうなのか。それこそがアイデンティの確立につながるのだと思います。そして、それを研ぎ澄ましていくことで活動の幅は広がるのではないでしょうか。
武井●クリエイターの「タグ化」が進めば、日本人のクリエイターは特に、今まで以上に海外とマッチングする可能性が増え、才能を発揮できる場が増えると思います。場合によっては、AIが個人やチームを互いにマッチングしてくれて、新しい創造を支援してくれるかもしれません。「○○さんと組んで○○を作ってみてはいかがでしょう」なんて具合に。
横石●ビジネスの世界でも同様ですが、デザインの世界にもそのような時代がすぐにやってくるでしょう。そうしたときには「どこのプラットフォームに所属しているか」が重要になってきそうです。これは個人的な見解ですが、アドビは「ツールのAI」だけでなく、「プラットフォームのAI」も積極的に推し進めていくと思います。
ーデザインやビジネスに限らず、テクノロジーの進化はとどまることを知りません。これから人間はどのようにテクノロジーと向き合っていけばいいのでしょうか。
武井●テスラ社のイーロン・マスクはAIの脅威をすごく心配していますが、そこを考慮するのはテクノロジーを進化させていくうえでもっとも重要なことでしょうね。つまり、私たち人間の考える知的・精神的・道徳的な「価値」をどれだけAIに継承させることができるかが鍵となり、そのうえでバランスを取っていけばAIと人間が共存し、さらに規格外の人たちも助ける仕組みになると思います。
横石●テクノロジーと人間の関係でいうと、現代はあまりにもテクノロジーありきで進んできたことによる警鐘があります。たとえば福島の原発事故はテクノロジーの行き過ぎた面があって人間を置き去りにしてしまった。だからこそ人間が技術をきちんと使いこなせるか、どうやってテクノロジーと共存する状況を作るかが重要です。
武井●私たち人間は動物的な感覚を残していればいいと思います。AIに負けないように肩肘張るのは辛いじゃないですか。今までの人間は、ちょっと機械と張り合いすぎた部分があるので、そこからはドロップしてしまって、人らしさを取り戻すことが必要なんです。「やっと人間らしくなれるときが来た」と思って、自分がやりたいことをやるのが大切なのだと思います。
横石●僕はなぜアドビがAIに「アドビセンセイ」という名前をつけたのかずっと疑問でした。これは推測ですが、もしかしたら「これからの時代のクリエイティブの師匠」という意味なのかもしれません。従来の多くのクリエイターは師弟関係で育ってきたと思いますが、その師匠の代わりを担う存在。師匠というと大げさでしたらメンターと考えてもいいかもしれません。センセイもどんどん賢くなり、クリエイターをサポートしてくれる。そしてクリエイターは自然な成り行きで、自分のスタイルを確立していければ幸せですね。