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UNITED ARROWS LTD.が行うファン獲得のためのIT施策

著者: らいら

UNITED ARROWS LTD.が行うファン獲得のためのIT施策

Apple Storeでは顧客体験向上のため、ITを活用して従業員のモチベーションを高める「Feedback 3.0」に取り組んでいる。日本のアパレル企業「株式会社ユナイテッドアローズ」も、Feedback 3.0の概念を国内でいち早く採り入れた企業のひとつだ。先進的な施策が今後の顧客体験に及ぼす影響とは?

顧客体験を可視化

アップルストアで買い物をしたあと、購入体験に関するアンケートメールを受け取った経験はないだろうか? アップルは「フィードバック3.0」と呼ばれる、カスタマーエクスペリエンス(CX)を向上させる考え方をいち早く採り入れている。その取り組みの一端が、この購入者の一部に送られるアンケートメールだ。「メダリア(Medallia)」というカスタマーエクスペリエンス管理システム(CEM)を採用し、商品を購入した人に対してアンケートメールを送付。集められた回答は、ネットプロモータースコア(NPS:顧客ロイヤルティを数値化した指標)化され管理・分析される。今まで「なんとなく」評価していたCXをITを使って可視化することで、素晴らしい顧客体験の創出と従業員のモチベーションアップを図る。ひいてはそれがブランド全体の満足度向上と売上増加につながるという考えだ。

米国の先進企業では、経営層レベルでフィードバック3.0に積極的に取り組んでおり、日本国内でも一部のアパレルが採用し始めている。株式会社ユナイテッドアローズでは、12ストアブランドで試験的に運用を開始。同社は3800名を超える従業員を抱え、19ストアブランドを全国248店舗で展開しており、これだけの規模感で取り組んでいる日本企業は珍しい。CXの向上に目を向けたのはなぜなのだろうか。

Appleは直営店やオンラインストアで製品を購入した人へ向けて、アンケートメールを送付している。購入体験直後の意見を聞くため、4日後にはアンケートは締め切られる点が特徴的だ。

Appleも利用するCEMの「Medallia」(【URL】http://www.medallia.com)は、これまで計測が難しいと言われていた「顧客経験」を定量化し、ロイヤルカスタマーを創出するためのシステム。欧米企業ではすでに施策の導入が進んでおり、国内においても現在注目を浴び始めている。

株式会社ユナイテッドアローズ・事業支援本部・販売支援部部長・須藤貴志氏(右)と、販売支援部・小林貞裕氏(左)。株式会社ユナイテッドアローズは、独自のセンスで国内外から厳選したブランドとオリジナル企画の紳士服・婦人服および雑貨等の商品の販売を行う多数のセレクトショップを全国に展開する。【URL】http://www.united-arrows.co.jp/index.html

カードの手渡しから

「元々、弊社ではたくさんのロイヤル顧客様から店舗のみならず電話やメールでお声をいただくことが多く、それを社内イントラで共有、管理しています。しかし、ある時期からお客様からのご指摘が増え、なかなか改善されない状況が続いていました。そこで、ご指摘内容を基点とした改善策ではなく、純粋にファンを増やすという本来のアプローチを強化する方向に転換。クラウドベースのNPS計測ツール『QS4エンゲージ(QS4Engage)』を使ったNPS調査によって私たちの接客やサービスがお客様にとってどう感じられているか?を知り、お客様に届いている接客やサービスを可視化することでスタッフが自信を持てるように取り組み始めたのです」(須藤貴志氏)

具体的には、アンケートページへのQRコードが印刷された名刺大のカードを制作。店舗スタッフが接客したお客様に手渡しし、回答を直接お願いした。「メールではなく、直接お客様の声を聞くという体験をスタッフがお客様と向き合うためにしてほしかったのです」(須藤氏)。また、企業ロゴではなく、ストアブランドロゴのカードにすることで、スタッフが自分事として捉えやすくしたという。質問は基本的な接客項目から、各ストアブランドの取り組みに沿った設問まで15~20問で構成。回答は0~10点のスコア形式を取り、フリースペースも用意。3~5分程度の時間で回答できるようにした。

届いた回答は、店長や本部のエリアマネージャーなど、あらかじめ設定したスタッフにメール形式で届く。データはQS4エンゲージ内で管理され、メールのURLをクリックしてログインすると、スコアなどの情報が一覧で確認できる。

店舗ではiPadなどのモバイルデバイスでチェックしているほか、本部では毎週全店舗分のスコアをグラフ化し、集計データを報告。顧客情報は個人を特定せず、年代や性別といった属性で管理する。

「アンケートの回答時間は朝の6~8時半の通勤時間帯がもっとも多く、お昼頃は主婦層から届き、仕事から帰宅後の夜間にも回答が増えます。購入した商品を身に着けて出勤されたお客様が、通勤中にアンケートを思い出して答えてくださっているのかもしれません」(小林貞裕氏)

アンケート回答ページへのQRコードは、名刺大の2つ折りカードを専用に用意し、店舗スタッフが接客したお客様に手渡しする形を取った。企業ロゴではなくストアブランドロゴが入ったカードにして、紙質やデザインにもこだわったという。

株式会社ユナイテッドアローズでは、 株式会社トータル・エンゲージメント・グループのNPS計測ツール「QS4Engage」(【URL】http://total-engagement.jp)を採用。クラウドベースのサービスで、簡単にアンケートを作成できる。

アンケート回答直後、お客様からのフィードバックはスマートフォンやタブレット、パソコンを通じてリアルタイムに収集・集計され、NPSのロジックに基づいて分析表示される。10点・9点をつけた人を「推奨者」、8点・7点をつけた人を「中立者」、6点以下をつけた人を「批判者」とし、推奨者の率から批判者の率を引いた数字(NPS)を算出する。また、お客様からのコメントを詳細に見ることができるほか、職種、担当エリアなどによる集計単位のカスタマイズ、特に推奨と批判においては、それぞれの到着をメールで通知することなども可能だ(図はサンプル)。

店員の意識に変化

「アンケートカードを手渡すのは『面倒だ』という声も現場からは上がりました」と小林氏は振り返る。しかし蓋を開けてみれば、「導入後のモチベーションが上がった」と答えたスタッフは80%を超えた。「最初にカードを渡すときはためらったが、一度やってみるとお客様の気持ちが理解できてうれしいという声もありました」(須藤氏)。トライアル期間の終了時は、次回日程の問い合わせや、継続的な取り組みへの期待の声も多数集まった。

「社是の『店はお客様のためにある』にのっとったやり方だったと思います。スマホからとは思えないほど長文を送ってくださるお客様もいらっしゃり、スタッフたちは目から鱗だったようです」(小林氏)

アンケートカードには社員番号を入れたため、スタッフごとの回答枚数も可視化される。そこで本部の事業販売部が主体となり、お客様からのフィードバックの中で特にいいコメントやスコアをもらったスタッフは、毎週表彰する試みも行った。

「店舗では最初に声掛けしたスタッフと、レジ打ちしたスタッフが違ったりしますので、個人売上だけで評価はできません。しかし、NPSの指標を組み込むことでスタッフ個人の総合的な評価の可能性も高まるため、その点においてもこの取り組みには意義があります」(須藤氏)

アンケート期間中はいい意味で現場に緊張が走るそうで、その空気感が好影響を及ぼした。また、それ以上に、直接お客様からの手応えを声として感じ取れたり、自身の接客内容が会社全体で共有や評価されたりすることは、スタッフにとっても大きなメリットをもたらした。

株式会社ユナイテッドアローズでは、接客の際に、お客様にカードを渡してアンケートの回答を求めた。その後、データを分析・共有して次の接客に活かしていく。NPSにより自店の強みを把握し、スタッフのモチベーションを高めることが狙いだ。

生涯顧客獲得のために

NPS調査は2015年5月から2016年2月の間、3回に分けて実施された。調査を繰り返すにつれ、他のストアブランドが興味を持ち、共有し始める動きも出始めたという。「手応えを感じた店長は徹底的に分析していて、ストアブランドを超えた社内のつながりも自発的に出始めました」(須藤氏)

近年、セレクトショップと呼ばれる店舗の多くでも同様の調査を行っている。しかし従来のはがきでのアンケートをWEBに変えるなど、手法の変更にとどまる企業は少なくない。全ストアブランドを巻き込んでお客様にアンケートをお願いし、調査データをスタッフのモチベーションアップや店舗(人)の強みを活かしたファン作りの創出のために積極的に運用している企業は非常に稀だ。

現在は次のステップに移り、お客様のフィードバックから各種指標や相関関係を検証している段階だ。アンケート調査はあくまでお客様の声を知ることが重要であり、NPSのスコア向上が目的ではないという。満足度を数値化して可視化するだけでなく、指標を長期的な視点でフィードバックに活かしていく。

「調査はもともと、生涯に渡り当社を選んでいただけるお客様を一人でも増やすために実施することが大前提です。お客様満足の“満足”で終わってはいけません。お客様の声を可視化したら、それぞれの気持ちや傾向を読み取り、いかにお客様一人一人に寄り添ってファンを増やすことができるかにつなげる、それが重要だと思っています」(須藤氏)

今後の課題は、カードを手渡す方法を変えても、常にフィードバックをもらえる環境づくりだ。調査結果を元に、同社会員サービスである「UNITED ARROWS LTD. HOUSE CARD」のステージをグレードアップするための施策や、お客様の声を活かした商品展開なども期待できる。

最後に、アップルのCX向上の取り組みについて印象を聞いた。

「フィードバック3.0の思想には共感しました。また、アンケートでは進んで接客したスタッフの名前を出して感想を聞くなど参考にすることも多いです。弊社も店舗のスタッフが強みなので、近しい取り組みを広げていければと思います」(須藤氏)

NPSでお客様の声を可視化する取り組みは、生涯顧客化のための戦略の始まりにすぎない。今後はNPSで集めた声をもとに、お客様の傾向や相関関係などを分析し、最終的にファン拡大を目指す。