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Apple Watchに採用されたLTEカテゴリ1

著者: 今井隆

Apple Watchに採用されたLTEカテゴリ1

読む前に覚えておきたい用語

53GPP(3rd Generation Partnership Project)

3GPPは携帯電話やスマートフォンなどで使用される3G(第3世代移動体通信システム)の規格を世界的に標準化するための共同プロジェクト。各国ごとや地域ごとに実施されていた移動通信システムの標準化に対して、国際標準として標準化すべく各地域の標準化団体が集まって1998年に設立された。

LTE(Long Term Evolution)

LTEは3Gから4Gへの過渡期の技術として、2009年3月に3GPPリリース8にて策定された。当初3.9G(第3.9世代移動体通信)と呼ばれていたが、2010年に国際電気通信連合(ITU)により4Gの呼称を使用することが認められた。現在は4Gに正式対応したLTE Advancedや同Proが主力となっている。

LPWA(Low Power Wide Area)

従来に比べて低消費電力・遠距離通信を実現する通信方式の総称。ライセンス系(要無線局免許)ではLTE Cat.0、同Cat.M1、同Cat.NB1などの移動体通信インフラを用いる方式、非ライセンス系(無線局免許不要)にはLoRaWAN、SORACOM、SIGFOX、Wi-SUNなどの方式がある。

スマートデバイス向けのLTEカテゴリ1

新しく登場したアップルウォッチ・シリーズ3(Apple Watch Series 3)に採用されているLTE通信モジュールは、LTEカテゴリ1と呼ばれるIoTデバイス向けの通信規格に対応した移動体通信システムだ。LTEカテゴリ1は2009年に3GPPから公開されたリリース8と呼ばれる規格で定められた5つのカテゴリのうちの1つで、その中ではもっとも低速かつ低消費電力の通信規格である。ちなみに、現行の国内版iPhone 8およびiPhone 8プラスは3GPPリリース13で規定されたLTE DLカテゴリ15/ULカテゴリ13に対応し、下り最大800Mbps/上り最大150Mbpsの高速通信を実現している。

従来の他社のスマートウォッチ製品にも、LTE通信に対応したものがいくつかある。たとえば2015年10月に世界で初めてLTE通信に対応したLG電子の「LG Watch Urbane 2nd Edition」は、LTEカテゴリ4に対応しており裏蓋を開けるとナノSIM(Nano SIM)カードスロットを備えている。

アップルウォッチが採用するLTEカテゴリ1の通信データ速度は上り最大5Mbps、下り最大10Mbpsと低く、複数のアンテナを用いて通信を高速化するMIMOに対応しない代わりに、構造がシンプルで低消費電力化に向いている。このため従来は家庭に普及の進みつつあるスマートメーターなどのIoT関連機器向けで試験導入されてきた実績があるが、一般ユーザ向けのコンシューマ製品でLTEカテゴリ1を採用するのは、おそらくアップルウォッチが業界で初となる。

カテゴリ1の最大の特徴は、既存の通信インフラがほぼそのまま利用可能で、基地局設備やコアネットワークの更新が最小限で済むという点だ。また、端末の通信回路に現行のLTE用部品を使用でき、製品の短期開発が可能なメリットがある。一方で省電力化の余地が小さく、数ヵ月~数年といった長期間のバッテリ運用には適さないという点はデメリットだ。

超低消費電力を実現するLPWAの光と影

実はLTEにはより低消費電力を実現できる最新規格が複数用意されている。3GPPリリース12で規定されたLTEカテゴリ0、同リリース13で規定されたLTEカテゴリM1、同カテゴリNB1などだ。これらはLPWA(Low Power Wide Area)通信と呼ばれ、より低消費電力で長距離での伝送を可能とする通信規格だ。中でも代表的なものが、最近IoTデバイス向けに脚光を浴びているLTEカテゴリM1で、すでに国内大手キャリアでは実証試験が進められており、一部サービスも開始されている。

LTEカテゴリM1では、同カテゴリ1で20MHzを使用する周波数帯域幅を1.4MHzに狭めることで、通信モジュールの消費電力と部品コストの削減を狙う。さらに3GPPリリース8で導入されたeDRX(extended Discontinuous Reception)と呼ばれる消費電力低減技術を改良し、従来のLTEでは約10秒間隔で基地局との接続を行うのに対して、カテゴリM1では最大44分、カテゴリNB1では最大174分まで延長することで、無線回路の消費電力を大きく削減することができる。この機能を使うことで単3型乾電池2本で3年以上のバッテリ寿命の確保が可能だという。さらに、新設されたPSM(Power Saving Mode)を使えば、最大13日間通信を行わない状態を維持することで、さらなる低消費電力化も可能だ。

LPWAのような低消費電力通信技術は、たとえば心拍計や活動量計などのウェアラブルデバイスには非常に魅力的だ。心拍や運動量などのヘルスデータはそれ自体のデータ量が非常に小さいため、カテゴリM1や同NB1の限られた通信量でも充分まかなえる。一方でこれらのデバイスは夜間も含めて数日間~数ヵ月程度無充電で動作することが理想なため、消費電力の小さいLPWA通信には最適な用途と言えるだろう。

ただし、LPWAをアップルウォッチのようなスマートウォッチに導入するには大きな課題がある。LPWAをデバイスに採用するには、それをサポートする移動体通信キャリアの基地局側の対応が必要になることだ。LTEカテゴリM1へのキャリアの対応はまだ一部地域での実証実験の段階であり、実際の接続サービスが全国規模で開始されるまでにはまだ長い時間が必要となる。

また、スマートウォッチでは必須となるVoLTEでの音声機能のサポートもLTEカテゴリM1環境では現在テストの段階であり、実用化までにはまだ時間が掛かる見込みだ。すでにLTEアドバンスト(Advanced)の実用化が進んでいる日本国内ですらこの状況であることから、世界規模で見ればさらにLPWAの普及は遅れることが予想される。

LTEカテゴリ1は現時点でベストチョイス

極めて低い消費電力で移動体通信が実現できるLPWAは、アップルウォッチのようにバッテリ容量の限られたスマートウォッチでは魅力的なソリューションだ。しかし、一方で既存の通信インフラの利用やiPhoneの通信契約からのスムースな移行、オーディオやビデオなどのリッチコンテンツへの対応といった利便性を考えると、現時点でのLTEカテゴリ1の導入は実用性とバッテリ駆動時間の両立が可能な絶妙な選択だと言わざるを得ない。

アップルウォッチ・シリーズ3の内部を見ると、LTE機能をフルサポートするモデムチップセットが搭載されていることがわかる。これは現時点でウェアラブルデバイス向けに最適化されたモデムチップセットが存在しないために、スマートフォン向けのチップセットを流用しているためだ。今後IoTデバイス向けの小型省電力チップセットが普及すれば、アップルウォッチのセルラー通信機能はより小さく、より低消費電力へと進化していくだろう。今回のアップルウォッチは、そのマイルストーンとなるべくして生まれたスマートデバイスなのかもしれない。

今後、国内外のキャリアで本格的なLPWAのサービスが開始されれば、より多くのデバイスがインターネットに接続される時代が到来し、あらゆるものがインターネット経由で利用できるようになることは間違いない。そのときにはアップルウォッチはより長時間セルラー通信機能を利用できるウェアラブルデバイスへと生まれ変わるだろう。

LTE対応のApple Watch Series 3

第3世代にして初めてセルラー通信機能に対応した「Apple Watch Series 3」。IEEE802.11b/g/n対応のWi-Fi機能、Bluetooth 4.2に加えて、LTEカテゴリー1に対応したセルラー通信機能とeSIMを内蔵する。単体での連続通話時間は約1時間。

世界初のLTE対応時計

世界で初めてLTE通信に対応したLG電子の「LG Watch Urbane 2nd Edition」。1.38インチの円形OLED(有機EL)ディスプレイを採用し、LTEカテゴリー4の通信機能を搭載する。リアバックル内にNanoSIMスロットを持つ。【URL】http://www.lg.com/us/smart-watches/lg-W200V-lg-watch-urbane-2nd-edition-verizon

Apple Watch Series 3の通信ブロック

Apple Watch Series 3の通信ブロックにはLTE通信機能、eSIM、Wi-Fiモジュール、BluetoothモジュールなどがS3プロセッサチップモジュール背面に実装されている。各無線アンテナはOLEDディスプレイの裏面に配置されている。Photo?iFixit.com

3GPPの各リリースとカテゴリ一覧

3GPPの各リリースと規定されているカテゴリ一覧。Apple Watchが採用するカテゴリ1はリリース8に含まれ、もっとも低速な通信規格となる。現在iPhoneなどで主流のLTE Advancedはリリース10カテゴリ6以上で規定されている。

今井 隆

IT機器の設計歴30年を越えるハードウェアエンジニア。1983年にリリースされたLisaの虜になり、ハードウェア解析にのめり込む。