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Appleがひそかに行っている「オープンソース」活動のすごみ

著者: 氷川りそな

Appleがひそかに行っている「オープンソース」活動のすごみ

1970年代から始まり、今では多くの標準規格の制定に貢献しているオープンソース活動。AppleもOSを中心にオープンソースを上手に利用しながら発展している企業のひとつだが、その実態をなかなか知る機会がないのも事実だ。ここではその歴史と現在の活動内容を総まとめしてお届けする。

異なる2つの文化

アップルは秘密主義だ、というのは多くの読者の賛同が得られる定説だろう。製品の事前情報は公式にアナウンスされることがなく、社内でも部署が異なると、マネージャークラスでさえ知らない情報も多いという徹底ぶりだ。それゆえに真偽のわからないリーク情報がまことしやかに飛び交うが、マーケティング面でのアップルの「鉄の壁」はもはや同社の文化のようなものだろう。

しかし、その一方で真逆のアプローチを行っているものもある。それはハードウェアと同じ、もしくはそれ以上に重要だと強調するほど大切に育て上げてきているアップルのもう1つの柱である「ソフトウェア」だ。技術は会社を支える大切な財産だが、アップルはこれを無償で情報公開を行っている。

その理由はmacOSそのものの歴史に由来する。オペレーティングシステム(OS)のもっともコアな部分である「ダーウィン(Darwin)」には、カーネギーメロン大学で研究開発されていたBSD(UNIX)互換の「Mach」がベースとして採用されている。また、システム上で使っているネットワークや周辺機器といった業界で標準規格が定められているフレームワーク部分も自社でゼロから開発を行うのではなく、それぞれの規格団体や有志がコミュニティを形成して提供している汎用性の高いものを取り入れているのだ。

こういったソフトウェアたちは無償で配布され、企業や個人に関係なく誰でも使うことができる「オープンソース」という手法が取られ、シェアを広げていく活動が行われている。そのまま使用しても良いし、使う環境に合わせて自由に改変するしても構わない。ただし、その成果物はコミュニティに還元するというルールが設けられているため、アップルもこれに準拠する形で公開を行っているのだ。

「オープン」という伝統

では、実際にアップルはどれくらいこの活動を行ってきているのだろうか。まず、253ページの記事でも触れる「アップル・オープンソース(Apple Open Source)」はその中でも古いもので、ここではmacOSやiOSといったオペレーティングシステムや開発ツールであるXcode、さらにオープンソースのるつぼともいえる「Serverフレームワーク」が扱う各種サービスのコードなどがリリース後の完成された(安定版の)成果物として公開されている。

加えて、オープンソースへの取り組みは単に取り入れたもののフィードバックだけでなく、自分たちの技術の公開も積極的に行われている。たとえば、カレンダーや連絡先をクラウド経由で同期するサービスはアイクラウドだけでなく、グーグルなどのさまざまなプラットフォームで使われているが、これは「CardDAV」「CalDAV」というアップルの技術が業界標準となっている。

これ以外にも音質を劣化させずにファイルサイズを圧縮することで評価の高いALAC(アップルロスレスエンコーディング)や、macOSの中で使われているさまざまな技術がアップル発のオープンソースプロジェクトをまとめた「macOS forge」として公開されており、コミュニティでの活動は盛んに行われている。

ほかにも有名なプロジェクトとしてはWEBブラウザ・サファリで使われているHTMLレンダリングエンジン「WebKit」や、アプリ制作に欠かせない統合ソフト「Xcode」の中で使われているコンパイラフロントエンド「clang」、MacおよびUNIX向けの印刷システムとしてスタンダートとなった「CUPS」などもオープンソースプロジェクトとして活動中だ。これらは元来別のコミュニティが作っていたものを、現在ではアップルがオーナーとなり支援を続けている。

このように、かいつまんで列挙しただけでもかなりの分量になるものを、アップルは10~20年以上のスパンで継続して活動を行っている。ソフトウェア技術に関してはオープンであることも彼らが培ってきている文化なのだ。

2001年にリリースされたOS X10.0「Cheetah」のリリース移行、継続してソースコードの公開をApple Open Sourceのページで行っている。【URL】https://opensource.apple.com/

アップルが採用しているオープンソーステクノロジーはサイトでもリストで公開されている。業界標準との親和性が高いこともアップルの利点として挙げられることが多い根拠は、まさにこの部分にある。【URL】https://www.apple.com/opensource/

ソフトウェアは「借りてくる」だけではないのもアップルの文化のひとつだ。macOS開発の初期メンバーにはMachの実質的な生みの親でもあるアビー・テバニアン氏を筆頭としたオープンソース文化に馴染みのある人材が多かったことも少なからず影響している。【URL】https://www.macosforge.org/

エコシステムは加速する

これほどまでにオープンにこだわるのには、ソフトウェアが持つ特性にある。品質を高く保つためには、なるべく多くの人がチェックすることが欠かせない。これは問題点の洗い出しが速くなるだけでなく、機能のニーズを検討する際にも多様性が確保できるなど、数多くの恩恵があるのだ。

それゆえにアップルはこの方向性を加速させ、より大きな発展を促そうと動き出している。2015年末にプログラミング言語「スウィフト(Swift)」のオープン化を開始したが、その公開先を自社でホスティングせずに、コラボレーション・プラットフォームとして急成長を遂げる「ギットハブ(GitHub)」に切り替えたことは大きな話題となった。

翌2016年にはヘルスケア向けのフレームワーク「ResearchKit」と「CareKit」も公開。さらに、macOS forgeやCPUSといった既存のプロジェクトもこちらへ移行を開始。今年に入ってからはアップル・オープンソースで公開されているコードもダーウィンの一部はギットハブ上でも取り扱いが始まっている。

この一連の流れによってアップルのソフトウェア技術開発はより大きな影響を持つようになるだろう。自社製品の品質向上だけでなく、オープンソースを利用したサードパーティによる「アップル生まれ」の新たなソフトやサービスもより多く誕生するだろう。

故スティーブ・ジョブズ氏が、ことあるごとに「アップルはソフトウェア企業だ」と評していたのはこれが理由でもある。ついハードウェアのセールスだけで評価してしまいがちだが、それ以上に長年コミュニティに貢献しながら絶大な影響力を築き上げてきたソフトウェア技術たちだって、アップルにとって極めて大きな財産であることは間違いない。本当に大切なものが何なのかを知っている企業だからこそ、ナンバーワンの実力と実績を保ち続けていられるのだ。

【URL】https://clang.llvm.org/

【URL】https://webkit.org/

【URL】https://www.cups.org/

プロジェクトの中にはオープンソースをベースに分岐したもの(WebKit)、支援することでオーナーになったもの(clang)、買い取ったもの(CUPS)などさまざまな経緯で関わっているものもある。

【URL】https://github.com/apple/

【URL】http://researchkit.org/

【URL】http://carekit.org/

さまざまな出自で分散していたAppleのオープンソースプロジェクトだが、最近では利便性の高さからGitHubへとそのホスティング先を一本化しようとする動きが目立つ。