ホームポッドのスペックは先行するライバルを上回っているが、発表タイミング的には、WWDC 2017が乗り遅れずに済むギリギリのところであり、しかも出荷が12月になることを考えると、完全に後手に回っていることは否めない。ライバル製品の素性を明らかにしながら、アップルの強みに関して考察する。
先見の明が光るエコー
一見、何の変哲もない黒色の円筒形スピーカ、アマゾン・エコーは、2015年の6月に一般販売が開始された(プライムメンバーと招待者には2014年の11月からテスト販売)。そこから約2年で、これがホームデバイス市場の主役になるとは、当のアマゾン自身も思っていなかったかもしれない。
しかし、同社は過去にも、アップルがライセンスを受けたオンラインストアにおけるワンタッチ決済を促進するワンクリック特許や、ボタンのひと押しで紐付けされた商品を発注できる「ダッシュボタン(Dash Button)」など、消費者とのコンタクトポイントを可能な限り増やし、購買に至る障壁をできる限り取り除くための方策を次々に打ち出してきた歴史がある。
アマゾン・エコーも、その根本には「デジタルの御用聞き」的な発想があり、人間にとってもっとも自然なコミュニケーション手段である対話によって必要なものを発注できるという機能性を核に作られたと考えられる。
しかし、一方では、実質無料でも元が取れるDash Buttonに対して、それなりのコストとバックエンドシステムが必要となるこのデバイスの場合、発注専用ではなく、家庭の中に溶け込み、生活の一部になることが重要といえた。
いきなりやって来て、注文だけ取って帰るセールスパーソンよりも、普段から相談相手になってくれて、そのついでに足りないものの発注も受けてくれるという馴染みの店のほうで買い物をしたいと思うのが、人間心理というもの。もちろん、買い物以外の情報から得られるビッグデータもアマゾンにとっては貴重であり、生活の中心に置かれることでホームオートメーションにも関わることができるため、アマゾン・エコーは多機能な家庭用のデジタルハブデバイスとなったのである。
事実、アマゾン・エコーの利用法の中で注文処理の割合はさほど高くないともいわれるが、すでに800万台以上を売り上げ、スマートスピーカの7割以上のシェア(イーマーケッター調べ)を持つだけに、それでも十分な効果を上げていると思われる。
エコーの頭脳にあたるクラウドベースのAI応答サービス「アレクサ(Alexa)」は、天気予報や交通情報、ニュースなどの情報取得やアマゾン・ミュージックなどの音楽再生に利用できるほか、サードパーティも参入可能な「スキル」と呼ばれるボイス対応アプリのインフラとしても機能する。また、純正の「スマートホームスキルAPI」を使えば、エコー対応のホームオートメーションデバイスも開発できる。その結果、1万を超えるスキルと、50を超える対応製品がエコーのエコシステムを支える状況が生まれている。
さらに、毎日の服装の記録をクラウド上に残せたり、ファッションのアドバイスをしてくれるカメラ付きの「エコールック(Echo Look)」や、タッチスクリーン付きでまさにホームコンピュータ的なポジショニングの「エコーショウ(Echo Show)」もラインアップに加わり、エコーファミリーのホームデバイス市場での快進撃は、まだしばらく続きそうだ。
ちなみに、ここで採り上げた3社の製品の中でアマゾン・エコーは、唯一、ブルートゥースによるストリーミング音楽再生をサポートしており、他のスマートデバイスからの受信や他のスピーカに対する送信が可能である。
Amazon Echo
現在のスマートスピーカの原型となったAmazon Echoは、円筒形のシンプルなデザイン。ディスプレイなしに音声応答のみで機能する電子機器に市場性があることを、初めて証明した。
[スペック]サイズ:高さ235mm、直径84mm/重量:1.064kg/CPU:Texas Instruments DM3725CUS100/音声認識AI:Alexa/カラーバリエーション:1色(ブラック)/オーディオ仕様:ウーファ、1基のツイータ、7基のマイクロフォンアレイ/ワイヤレス仕様:802.11a/b/g/n(2.4GHz/5Ghz) Wi-Fi(通信品質向上技術MIMO対応)Bluetooth 4.0/対応言語:英語、ドイツ語/対応ミュージックサービス:Amazon Music,Prime Music, Amazon Music Unlimited, Spotify Premium, Pandora, TuneIn, iHeartRadio, Audible/マルチルームスピーカ対応:×(将来的にはEcho間で実現予定)/価格:139ドル99セント
クロームキャストをスピーカに
グーグル・ホームは、アマゾン・エコーに遅れること1年半後(テスト販売から数えれば2年後)の2011年11月に発売された。アップルのSiri採用に刺激を受けて、現在の「グーグル・アシスタント(Google Assistant)」へとつながるAI応答システムを発展させてきたグーグルにとってもアマゾン・エコーの躍進は脅威だ。自社ビジネスの根幹に関わる、より広範囲なビッグデータの収集を行うためにも、対抗製品の開発は急務だったといえる。
グーグル・ホームが比較的短期間で開発できたのは、その成り立ちを見ればわかる。このデバイスは、基本的に同社のAVストリーミングプラットフォームである「クロームキャスト(Chrome
cast)」をスピーカスタイルにまとめたものといえるからだ。そのため、グーグル・ホームは音楽だけでなく、たとえばユーチューブビデオなどを音声指示によって別のクロームキャストデバイスに送信し、それが接続されたデジタルデレビで鑑賞するといったこともできる。
また、価格を抑えてアマゾン・エコーに対抗することを目指したようで、スピーカはウーファとツイータなどに分かれていないフルレンジタイプが採用され、マイクロフォンも2基のみでアレイが構成されている。この仕様がそのまま性能に直結するとは限らないが、構造を簡略化してコストダウンを図っていることは明らかだ。
AI応答の機能的には、アマゾンへの発注などができないことを除けばエコーと似ており、アレクサの「スキル」に相当する「サービス」という音声対応アプリをグーグルアシスタントに対して開発することができる。
グーグル・ホームはスマートスピーカ市場の約24%のシェア(イーマーケッター調べ)を確保することに成功したが、アマゾン側も低価格な「エコードッド(Echo Dot)」を追加したり、最近では標準モデルのエコーもグーグル・ホームと同レベルにまで値下げしているため、今後の動向が注目される。
Google Home
Amazon Echoよりもコンパクトで、丸みを帯びたベース形状を持つGoogle Home。価格を抑える一方、オプションパーツで外装色をカスタマイズできるなどの点で差別化を図っている。
[スペック]サイズ:高さ142.8mm、直径 96.4mm/重量:477g(本体)+130g(ACアダプタ)/CPU:Marvell 88DE3006/音声認識AI:Google Assistant/カラーバリエーション:1色(ホワイト)+スレートカラーの標準ベース+6色の別売りオプションベース/オーディオ仕様:1基の2インチ高可動性フルレンジスピーカ+2基の2インチパッシブラジエータ、2基のマイクロフォンアレイ/ワイヤレス仕様:802.11b/g/n/ac(2.4GHz/5Ghz) Wi-Fi/対応言語:英語/対応ミュージックサービス:Google Play Music, Spotify Premium, Pandora, YouTube Music, TuneIn, iHeartRadio/マルチルームスピーカー対応:○(Chromecast Audioによる)/価格:129ドル
機能とプライバシーで差別化
スマートスピーカ分野は、まだ伸び代があると考えられ、英語圏以外の市場開拓もこれからという状態にある。したがって、出遅れたとはいえ、アップルがホームポッドの戦略を誤らなければ異なるセグメントのユーザに受け入れられていく可能性は残されている。たとえば、最終的には量産型での検証が必要だが、アップルの主張通りの音響性能を発揮できれば、多少高くても、インテリジェントなオーディオシステムとして購入する層は確実にあるだろう。
また、他のアップル製品やアイクラウドとの連携が高度に洗練されていれば、そこに魅力を感じる人もかなりの数に上りそうだ。
その際に、アップルがもう1つのアピールポイントにしたいのが、プライバシーへの配慮である。アマゾン・エコーやグーグル・ホームは、常時オンの音声認識機能によって、プライバシーへの懸念が取り沙汰されたことがあった。その後、両者ともに、そのあたりをユーザ設定可能とするなどの改変が加えられたが、サービス提供者がEC企業のアマゾン、および広告ビジネスを収益のメインとするグーグルである以上、ユーザの消費動向や検索傾向が事業にとって有益に働く事実は変わらない。
アップルは、ホームポッドが「Hey Siri」の声を認識して初めて情報をサーバに送ることや、その際に、指示内容などのデータが暗号化され匿名のSiri識別子を使って処理されることを強調し、もっとも安全に運用できるスマートスピーカであることを暗に示唆した。
このアップルの方向性に対して、アマゾンとグーグルがどのような対抗策を講じるのか、あるいは講じられないのかが、スマートスピーカをめぐる争点の1つになっていくことは間違いない。