Apple Watchでかゆみを計測 就寝中の「引っ掻き」を知ろう
かゆみを計測・調査するために開発された、ResearchKitアプリ。Apple Watchの加速度センサを利用して、就寝中の体を「引っ掻く」動作を計測する。Apple Watchを必須とするResearchKitアプリとしては世界初。簡単なアンケートに答え、Apple Watchを着けたまま本アプリを起動させて眠ると、就寝中の引っ掻き動作を検知し、睡眠中にどのくらい引っ掻き動作があったのかを記録できる。
朝起きたら、体に見覚えのない掻き傷が…そんな経験をしたことはないだろうか。もしかしたらあなたは、寝ている間に体や顔まわりなどを掻きむしっているかもしれない。そうした就寝中の掻きむしり動作を、アップルウォッチで計測できるのが、「イッチトラッカー(Itch Tracker)」というアプリだ。開発したのは、ネスレのグループ会社であり、皮膚科学領域に特化した製薬会社を傘下に持つネスレ スキンヘルス。所属する皮膚科医・生駒晃彦氏は、かゆみの怖さをこう指摘する。
「かゆみは、誰でも少しは感じている身近なものです。しかし、かゆみは引っ掻き動作を引き起こし、それが続くと皮膚の炎症が起こる。さらに炎症からかゆみを誘発する物質が出て、強い引っ掻きが起こり…と悪循環になってしまう。こうなると、QOL(生活の質)が激しく下がり、治すのが難しくなります」(生駒氏)
健康だと思っていても就寝中に引っ掻いているかも?
加速度センサを用いて睡眠の深さを記録するアプリはこれまでもあったが、睡眠時の引っ掻き動作を計測するアプリは世界初。夜中の引っ掻き動作は、本人も記憶がないため、これまで記録する術がなかった。
かゆみを伴う皮膚疾患を治療するには、かゆみをコントロールすることが必要だ。しかし、寝ている間の引っ掻きは、本人に自覚がない。アプリ開発をするうえで、アトピー性皮膚炎の患者の就寝中の様子を撮影したところ、一晩で激しい引っ掻き動作が何十回も見られたという。しかし、本人はまったくそのことを覚えていなかった。こうした引っ掻き動作を計測することで、かゆみを客観的に評価できないか。そう考えていたときに、アップルウォッチが目に止まった。
もともと、睡眠障害の分野ではこうしたガジェットで睡眠時の動きを計測し、治療に役立てる研究がよく行われていた。アップルウォッチの加速度センサは、三軸方向の加速度の変化を微細に、そしてかなり正確に計測できる。この機能を利用して、引っ掻きも計測できるのではないかと考えたのだ。
しかし、そう簡単にはいかなかった。寝ている間に我々は、引っ掻き以外の動作もたくさんしている。引っ掻きの動作だけを算出するアルゴリズムの精度がなかなか上がらなかったのだ。引っ掻き動作を検知できるのか。引っ掻き動作として検知されたものが、本当に引っ掻き動作なのか。この2つの精度を上げるために、何度も試行を繰り返した。そうして、どちらも平均80パーセント以上の結果が出るようになり、今年に入ってようやくアルゴリズムを確定することができた。
本アプリは、アップルの臨床研究用のオープンソースフレームワーク「リサーチキット(ResearchKit)」を利用している。アプリで収集されたデータは、アンケートのデータとあわせて、人種や性別、持っている疾患などで夜中の引っ掻き動作に差が出るのかどうかなどを調査するために用いられる。あくまで疫学調査のためにデータを集めたいという意向があり、現在かゆみに悩んでいるわけではない人にも積極的に使ってもらいたいと、開発に携わった竹村公利氏は語る。
医療研究・開発のためにResearchKitを利用
ResearchKitは、アップルが医学・医療研究、健康リサーチ向けに設計したAPI。本アプリで集められたデータは、皮膚のかゆみに対するソリューション開発に役立てられる。民間企業によるResearchKitアプリは、国内2例目。
「我々の調査で、高齢者の7割近くには皮膚の乾燥があるということがわかりました。そうした皮膚の乾燥は、かゆみを伴う確率が高いんです。かゆみは誰にとっても他人事ではありません。私もイッチトラッカーを使っていますが、知らないうちに就寝中の引っ掻き動作が増えていることがあります。そこで風呂上がりに保湿などをすると、引っ掻き動作は明らかに減る。皮膚の健康を保つという意味でも使えるアプリだと思います」
日本人は諸外国に比べて皮膚を洗いすぎる傾向があり、男性は特にナイロンタオルなどで、皮膚を強くこすって皮膚を乾燥させてしまう人が多い。生駒氏は、乾燥でかゆみが出ているのにその理由を「洗い方が足りないから」と考え、さらに強くこすってしまう人を診療現場でよく見るそうだ。一度イッチトラッカーを利用してみると、自分の皮膚の状態がよくわかるかもしれない。
計測するためにはApple Watchを付けて就寝
本アプリを利用するには、Apple Watchの着用が必須。寝る前にApple Watchを装着し、本アプリを起動。ベッドに横たわってから「計測開始」のボタンを押せば、それだけで一晩中引っ掻き動作を計測できる。
アプリを起ち上げたら基本的なアンケートに答えよう
本アプリを利用するには、まず年齢や性別などの基本的なアンケートに答え、次にかゆみに関連する病歴などについて入力する。就寝前と起床後にも、かゆみをどれくらい感じたか、などのアンケートに答える。
引っ掻き時間がわかる測定結果画面
こちらが測定結果画面。「推定される合計掻き時間」は、「検知された掻き時間」に比べて約3倍の数値が表示される。Apple Watchで計測できるのは、片腕の掻き動作であるが、人の掻き動作は両腕同じくらい行われるとのこと。それだけでなく、本アプリでは検知できない指だけの引っ掻きや、ごく短い時間の引っ掻きなどの可能性を加味すると、合計掻き時間は3倍くらいになる。
測定データはBluetoothで送信 iPhoneとApple Watchを近くに用意
起床後、Bluetooth経由でデータをiPhoneに送る。この際少し時間がかかるため、アップルウォッチとiPhoneを近くに置いておくことが必要だ。データ送信が完了すると、測定結果画面が表示される。