人生は長さよりも中身
日本がまだバブリーだった11990年に、西丸震哉の『41歳寿命説』がベストセラーとなった。右肩上がりだった日本人の平均寿命が、21世紀の初めには環境汚染などの影響で大幅に下がり、1959年以降に生まれた人の平均寿命は41歳になるというトンデモな説を唱えて、大いに物議を醸したのである。
それから四半世紀以上を経た今、結局この説は当たっていない。大震災の影響で多少マイナスに転じたことはあったものの、基本的に日本人の平均寿命は延び続け、厚生労働省が発表した2015年度の平均寿命は、男性が80.79歳、 女性が87.05歳と過去最高を更新した。今や日本人としてオギャーと生まれたら、よほど大きな社会の変化がない限り、80歳以上生きるのがフツーのご時世なのである。
ちなみに平均寿命とは、その年に生まれた人が平均して何歳まで生きるかという年ごとの予測値。つまり前述の発表は、2015年に生まれた男の赤ん坊が、だいたい80.79歳まで生きるだろうということを示した数値だ。つい勘違いしてしまいがちだが、 2015年に60歳のオッサンが(ワタクシのことですが)、あと20年生きられそうだという意味ではない。むしろワタクシの生まれた年の平均寿命からすると、当時、男は63.6歳だったので残りはあとわずか、もはや風前の灯なのである。
平均寿命が延び、世界有数の長寿国となったのは、表向きメデタイことだが、それはもっぱら国としての話。個人にとって人生は長さよりもその中身が重要だ。この世を去るときに、走馬灯のように人生が駆け巡るというけれど、そこで一言、「平均寿命より長生きしたなぁ」じゃつまらないデショ。できれば「結構面白かったな」ぐらいはつぶやきたい。その予行演習というわけじゃないけれど、自分の人生がどんなだったかを、一度振り返ってみるのも悪くない。ちょうどいいアプリがあるんです。
短くも素晴らしき旅
主人公は小さな舟。それはアナタ自身だ。この舟の「誕生」から「逝去」までを、その成長とともに過ごすのがこのアプリの目的。操作は至極簡単で、行きたい方向の画面に指を置くだけで舟は進み、物語が進行する。
先に進むにつれ、[幼年][十代][青年]と人の成長に沿ったタイトルが現れる。それとともに、その時代を象徴するイメージが登場。たとえば[幼年]には、クマや木馬のオモチャが海面に浮かんでいる。そこに突然現れる大きな2頭のクジラ。夫婦? ということは父と母か? 父親らしきクジラが背中に乗せてくれる。その大きな背中に懐かしさがこみ上げる…。
[十代]に入ると、モヤがかかった状態で、フラミンゴの森に入る。これは何を意味してる? 十代の頃を思い出して考える。そこへ聞こえてくるエンジン音。続く[青年]では、大きな貨物船が目の前に現れる。海には積荷のコンテナが漂う。前に進もうとしても、それが邪魔で進めない。やばいぞ、と思ったそのとき…。
こんな感じで物語は粛々と進む。次々に現れるイメージに答えはないが、それが意味することを考えると、自然と自分の人生がオーバーラップする。うまくいかなかったときの苦い思いや、ハッピーだったあの日のことが、脳裏に浮かんでは消え、消えては浮かび、感情を揺さぶられる。
そう、このアプリの面白さはユーザの人生経験に拠るところが大きいのだ。だから若い人より大人のアナタにおすすめしたい。なお、このアプリで人生を旅するのに時間はかからない。急げば十数分で終えることだって可能だ。それは短くも素晴らしき旅。忘れていた何かを思い出しますよ。
人が生まれてからこの世を去るまでを、舟を主人公にして展開する異色のアドベンチャーアプリ。人生の各ステージで起こる出来事をさまざまなイメージで表現しているが、モノクロームで統一されたアートワークが幻想的で秀逸だ。ヘッドフォンを使用すれば、効果音と音楽つきで楽しめるので、より情感に訴える作品となる。