ルクラの町から歩き始めた僕らは、エベレストの麓にあるベースキャンプを目指し、登り続けた。標高2800メートルから5364メートルまで、往復13日間の行程だ。
僕らが歩いたのは、エベレスト街道と呼ばれるトレッキングルート。それは、クンブ地方の少数民族“シェルパ族”の村を転々と渡り歩く道でもある。道中、徳を積めるというマントラの刻まれたマニ車を回し、道を占領する荷運びのヤクと戦いながら、山の民シェルパの料理を味わう。まるで冒険のような毎日は、チベット文化に触れる旅となった。
4000メートルを越えたあたりからは木々が段々と低くなり、ゴツゴツした岩ばかりになる。ようやく5000メートルに達し、辿り着いた最後の村“ゴラクシェップ”は、数軒の宿が並ぶだけの僻地だった。そこから数時間歩いたところに、エベレストへアタックする登山隊のベースキャンプがある。高所に順応したとはいえ、ここは大げさなほどに息が切れる。最後の力を振り絞り、ゴール地点を目指す。
真冬のベースキャンプはマイナス30度。しかも寒いだけじゃない。酸素分圧は普段の半分で思考がぼやける。そんな中でも、僕らは世界中のどんな場所でも感じたことのない興奮を覚えていた。この世のものとも思えない景色。目の前にあるエベレストは、まだ遠い。もしあの頂上に登るとしたら、果てしない旅になるだろう。途方もない山を前に、僕は自分の旅の終わりを考え始めた。
鈴木陵生(Ryosei Suzuki)
映像作家。2011年より夫婦で世界一周を始める。旅の様子を発信する映像サイト「旅する鈴木」が、平成26年度文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に。2014年11月、DVD&Blu-ray「World TimeLapse」(KADOKAWA)をリリース。 【URL】http://ryoseisuzuki.com