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“代表取締役医師”は「オンライン診療」で医療を救う

著者: 栗原亮

“代表取締役医師”は「オンライン診療」で医療を救う

株式会社メドレー

2009年6月に設立され、医療介護の人材サイト「ジョブメドレー」のほか、オンライン病気事典「MEDLEY」、オンライン診療アプリ「CLINICS」、介護施設の検索サイト「介護のほんね」を運営する。【URL】http://www.medley.jp/

人生を変えたアドバイス

「日本の医療現場の質は高いのですが、システム的に課題が山積みで、このままでは崩壊してしまうのではないかと強い危機感を感じています。その綻びがどのような形で最初に現れるかはわからないですが、少なくとも時間が解決する問題は1つもありません」

日本の医療を巡る現状についてそう語るのは脳外科医から医療スタートアップの代表へと異例の転身を果たした豊田剛一郎さんだ。豊田さんが医療問題について意識するようになったのは、2009年に東京大学医学部を卒業後、研修医として勤務していた頃だったという。

「きっかけは医療費の問題を知ったことです。当時は約37兆円だった国民医療費は現在約40兆円。患者さんが支払う窓口負担は4兆円強ですから、およそ9割が支払った保険料や税金です。そのうち4割は税金で、これはほぼ(次の世代からの)借金です。しかも、このツケを支払う若い人は減っていて、利用する高齢者は今後ますます増えていきます。この仕組みは普通に考えて絶対続かないのに、これからどうするんだろう?という問題意識がありました」

もっとも、多忙を極める研修医の生活の中でできることは限られ、じっくりと考える時間もほとんどなかったが「この根深い問題を見て見ぬ振りして放置したまま、自分が医師になることに疑問を持った」という。当時の上司に思いを打ち明けたところ、反対されるどころか「君は医療を救う医者になりなさい」とアドバイスを受けたそうだ。

「もともとはアメリカの病院で脳外科医として働こうと思っていましたが、患者さんを相手に実臨床を続けていたら社会的な責任も生じますし、医師を辞めにくくなると感じていました。そこで研究留学は1年で切り上げ、日本のマッキンゼー(・アンド・カンパニー)へと転職しました。そこでは主に医療やヘルスケア分野など自分のバリューを出せるコンサルティング業務を行っていました」

しかし、コンサルを依頼された企業の課題を解決することはできても、「医療」という大きな仕組みそのものを変えることは難しいと痛感した豊田さんは再び新たな道を模索し、医療スタートアップへと大きく舵を切ることになる。

「NPOに行くか厚生労働省に行って、中から改革をするかといったことも考えたのですが、ちょうど2013年頃からヘルスケアスタートアップが盛んになってきていて、しがらみのないスタートアップだからこそ大きなチャレンジができるのではないかと考えるようになりました。そうしているうちに小学校からの知り合いで、(当時医療介護の求人サイトであった)メドレーを経営していた瀧口(浩平さん)と連絡をとるようになり、2015年に共同代表として参画し、“第二創業”という形で動き始めることになりました」

【PERSON】

代表取締役医師

豊田剛一郎さん

1984年生まれ、東京都出身。東京大学医学部卒業後、臨床研修を経て米国留学、脳外科医となる。帰国後大手コンサル会社に入社、主にヘルスケア業界を担当、2015年にメドレーに共同経営者として参画、現在に至る。

オンライン診療の効果

メドレーに参画した豊田さんの肩書きは「代表取締役医師」というもので、これまでのキャリアと同社の医療従事者ネットワークを活用し、さまざまな事業ドメインを次々と展開することになる。代表的なものとして500名を超える医師の協力で作られるオンライン病気事典「メドレー(MEDLEY)」や、オンラインで病院の予約・診察・決済から処方箋や薬の配送までを行う「クリニクス(CLINICS)」があり、これらは通院や対面診療に困難を抱える患者の不便さを根本的に解消すべく生み出されたオンラインサービスだ。

仕組み的にはスマートフォンアプリやWEBブラウザを利用した、いわゆる「遠隔診療」を実施できるサービスだが、遠隔診療という名称はあまり好きではないという豊田さん。

「遠隔というと離島や僻地を結ぶビデオ診療をイメージされがちですが、むしろ都市部にいながらも忙しくて通院の時間がとれないビジネスマンや、子育て中で自分の通院をあと回しにせざるを得ない母親のような人こそ、オンラインでの診療が有効なのです。なので私たちはオンライン診療とかスマホ診療と呼んでいます」

たとえば、病気という自覚症状は薄いが、薬をもらうために通院の必要がある禁煙治療や、普段は元気でも薬を飲み続ける必要がある生活習慣病などの慢性疾患とオンライン診療の相性はいいという。

「タバコを吸っている人は現時点では元気なことが多いのですが、診察と薬をもらうためだけに通院し待合室で待たされるのは大変苦痛です。それが面倒で最初の一歩が踏み出せなかったり、治療を継続できなかったりしたのですが、オンライン診療で薬までもらえるのであれば、禁煙にチャレンジする人は増えるでしょうね。実際に日本一の規模の禁煙クリニックもクリニクスを導入していただいています」

また、クリニクスは病院に来なくなった人は“病人ではあっても患者ではない”という現在の医療現場の風習にも一石を投じるものになりそうだ。

「たとえば、てんかんという病気は今はよい薬が出ているので、普段から飲んでいればほぼ発作を抑えることができます。しかし、そのためには元気な状態のときに来院してもらわなければならず、来なくなったからといってこちらから定期的に電話をかけて通院するようプッシュすることはほぼ不可能です。これがオンライン診療であれば、定期的に必要な薬のリマインドを出すことも可能ですし、普段元気な人でも医療に接しやすくなる仕組みを提供できると考えています」

クリニクスを開始するにあたっては、2015年6月30日に政府の「経済財政運営と改革の基本方針2015」、いわゆる「骨太の方針」を受けて同年8月に厚生労働省から都道府県知事宛に出された遠隔診療の「事実上の解禁」通達も追い風となったという。

「遠隔の画像診断のように医師同士をつなぐDtoD(Doctor to Doctor)は通達以前から行われていたのですが、医師と患者のDtoP(Doctor to Patient)は、これまで離島・僻地に限るものと業界では受け止められてきました。この通達によって、改めて離島や僻地に限るものではないと示されたことで、積極的に推進できる環境が整いました。そのときすでにあったオンライン病気事典と今後うまく組み合わせれば、将来的には病気を知り、自分の生活スタイルに合った通院方法を選ぶところまで支援できるなど、大きな可能性があると考えて、通達の翌年(2016年)の2月にクリニクスのサービスを提供開始しました」

【PRODUCT】

CLINICS

【URL】https://clinics.medley.life

WEBブラウザやiOSアプリなどを用いて専門医の検索と予約、ビデオチャットによる診察から決済、処方箋や薬の配送までをワンストップで利用できるオンライン診療サービス。通院の負担軽減や診療に関わる体験を向上することで治療の継続を促し、長期的には医療費の軽減も目指す。すでに全国で250以上の医療機関が導入しており(2016年12月現在)、地域ごとに各診療科を検索して利用できる。

生活習慣病や禁煙治療などを扱う医療機関でオンライン診療を実現できるiOSアプリ。事前に診察時間を予約しておき、待ち時間ゼロで診察できる機能や、各診療科の専門医とのビデオチャット相談、診察後に自宅やオフィスに薬や処方箋を配送する機能などを備える。予約料と診察費は医療機関に代わって、クレジットカード決済できるのも特徴。病状が安定しているが定期的に通院の必要がある人や、仕事や家事が忙しく診察時間を少しでも短縮したいという人におすすめだ。

CLINICS

【開発】Medley, Inc.

【価格】無料

【カテゴリ】App Store >メディカル

診療にメリハリがつく

クリニクスはすでに現在250を超える医療機関で導入が開始され、機能に対する改善の要望は寄せられるものの、おおむね前向きな反応が得られているという。その多くは開業医によるクリニックと専門性の高い外来を持つ総合病院が中心だが、こうした中小規模の医療機関にこそリモートで診療できるクリニクスのメリットが活かされるという。

「基本的に病院に行くべきかどうかという初診の相談や慢性期の疾患については大きな病院ではなく、開業医のクリニックに行くべきなんです。なぜなら、そこでは相談するというコミュニケーションが可能だからです。スマホ診療はこれまでの対面診療に加えてコミュニケーションの幅を広げたり負担を軽減する効果があります」

導入したクリニックからは「診療にメリハリがつく」という声も寄せられているという。毎回対面で通うのではなく病状に変化がなければオンライン診療を行いつつ、検査など必要なときだけ病院で対面診療するといった使い分けが可能になるからだ。クリニクスとして狙っていたわけではないが、うまく使いこなしているクリニックでは診療の計画を患者と共有することで信頼関係が深まったというケースもあったとのことだ。

「もちろん、触診などが行える対面診療よりも得られる医療情報は少なくなってしまうのですが、精神科でのケースではビデオチャットの画面越しに患者さんの自宅の様子や生活環境が見えたりと、かえってこれまで得られなかった情報が得られたという副次的な効果もあったと聞いています」

現在は医療機関への導入を広めるフェーズであるが、今後当たり前のようにオンライン診療が利用できる環境が普及すれば、患者も医師もより大きなメリットを享受できるはずと豊田さんは語る。

「今はまだ医師でも遠隔での診療について認知が十分に広がっていませんし、メドレーが診療を提供しているのではないかという誤解があったりもします。私たちはオンライン診療のプラットフォームを提供しているだけなので、医療機関が導入を進めてくれないと話が始まりません。よい治療のための受け皿ができれば、糖尿病や高血圧など潜在的な慢性疾患を抱えている患者さんを誘導する施策も可能になると考えています」

また、現状のオンライン診療の課題としては診療報酬の面で対面診療よりも損になる制度上の問題があるという。また、調剤薬局へのフリーアクセスの原則があるため遠隔服薬指導ができないという制約もある。

「これは法的な制約なので議論を重ねていく必要はありますし、すでに遠隔服薬指導については特区での規制緩和が試みられるなど動き始めています。これも解禁されれば、オンライン診療が完全な一気通貫の形で提供できるので、患者さんにとっても医師にとっても不便さが解消されると考えています。いずれにせよ、私たちのビジョンでもある“納得できる医療”の実現に向けて、患者さんが受ける医療の選択肢はオンライン診療も対面診療も含め、多いに越したことはありません。なぜなら治療という行為自体は目的ではなく、健康で幸せになるための手段に過ぎないからです」

“「納得できる医療」を実現するには診療の多様性が必要。なぜなら医療は目的ではなく、幸せになるための手段にすぎないから”

友だちを誘えるような会社

2017年現在、メドレーの社員は平均年齢が30代で130名前後、プロダクトごとにチームが分かれ、クリニクスでは30名前後が従事している。開発チームは20名前後でプロジェクトごとに割り当てられているそうだ。

「医療の課題は複雑で、これだけやっていればよいというものではないので、今後はサービス自体を増やしたいですね。そのためのアイデアはいくつかあるのですが、エンジニアがまだ足りていません。ゆくゆくは半分がエンジニアになるような会社にしたいです」

ウォンテッドリー(Wantedly)などの求人サービスのほか、縁故採用も行っていて、友人を誘って参加したケースも多いという。

「個人的に、友人を誘える会社かどうかということは、いい会社の指標だと思っていて、実際に法務を担当する田丸(雄太さん)も一緒にサッカーをしていた同級生ですし、仕事で知り合った仲間もたくさんいます。皆メドレーの仕事が楽しそうと思って来てくれますし、がっかりさせることはないと思っています」

また、ほかの会社にはない特徴として、医師が6名常勤してサービス開発や営業を行っている点が挙げられる。

「医療×ITという分野は専門性が高いですから、中途半端にできるものではないし、やるべきではないと考えています。医師の存在は、そのために役立っています。たとえばエンジニアの主戦場はプロダクト開発ですが、医者のこだわりに通じるところを感じるのです。両者が互いのこだわりや経験を尊重しながら、皆で手を組んでこの大きな問題に取り組んでいく姿勢が自然と身についているように思います」

メドレーという社名には、連続して次々とソリューションを生み出して医療をよりよくしていきたいというメッセージが込められているが、「いろいろなものが混ざり合う」ということを意味する言葉でもある。まさに多様で専門性の高いメンバーがチームとして混じり合う同社のあり方を、うまく表現したネーミングである。

【WORK STYLE】

(1)オフィスは広々としたワンフロアを利用している。この中には6名の医師も含まれているが、白衣などを着ているわけではなく、一見してそれとはわからない。(2)SaaSとして提供されるサービスで、多くの業務がオンラインで行われる。(3)エンジニアチームはまとまっていて、プロジェクトごとにチームへとアサインされる。使用している機種はほぼMacだ。(4)医師とエンジニアがフラットに話し合う環境が整っている。(5)社内のドキュメント共有には「esa」(【URL】https://esa.io)を導入している。チャットとWikiの中間のようなシステムで、書き途中の段階でもチーム内でさまざまな知見を共有できる