今、教育業界では「21世紀型スキル」と呼ばれる新たなスキルが注目を集めている。コミュニケーション能力や情報リテラシーなど、従来の公教育では「教科」として学ぶことが難しかったスキルである。
中でも重要なのが「クリエイティビティ」だ。図画工作や音楽といった従来の授業でも「何かを生み出す」能力や発想力は育成されてきたが、技術の習得にかかる比重も大きかった。それを、クリエイティビティそのものを伸ばすための「21世紀型」にアップデートするとしたら、そのとき活用すべきはICTにほかならない。
「子どもは小さい頃、誰もが天才的なクリエイティビティを持っているのに、どこかで普通の大人になってしまうんです。それがすごくもったいないと思いました」
そう語るのは、株式会社しくみデザイン代表取締役の中村俊介氏。iPad上で動かすことができる自分だけの作品を、誰でも簡単に作れる「スプリンギン(Springin’)」を開発した人物である。
アクションゲームやパズル、絵本など、iPad上で動くモノを誰でも簡単に作れるアプリ。絵を描いたり写真を加工したりして作ったアイテムに、属性や関連性を与えることで、思いどおりの動きを実行させる。プログラミングに必要な論理的思考のほか、さまざまなクリエイティブ能力を育成できる。ワーク(作品)の共有機能を使って、他のユーザに自作ワークを遊んでもらうことも可能だ。
これまでサイネージや体感アトラクションなどクリエイティブなプロダクトを制作し、企業の課題解決に取り組んできた同社が、なぜ教育事業に進出したのか。何か深い意図があるのかと思いきや、中村氏は「教育事業という認識はあまりないんです」と屈託のない笑顔で話す。「スプリンギンを作ったのは、単純に僕が欲しかったから。僕が子どもの頃にこういうのがあったら絶対楽しかっただろうなと思ったんです」。
数年前に子どもが生まれたという中村氏。会社も設立12年を迎え、創業メンバーの大半が家庭を持ち始めたタイミングということもあり、「子どものクリエイティビティを育ててやりたい」と考えるようになった。
同社の最大の武器は、数多くのプロダクトで培われたテクノロジー。それを使って、「つくること」のハードルを下げられないかと中村氏は思い立った。
「プログラミングもイラストも楽器も、入り口で挫折する人が多いんです。そこをテクノロジーの力で簡単にしてあげたかった。簡単なように見えて奥が深く、仕組みだけ与えれば、あとは子どもたちが勝手に面白いモノを作ってくれる。そういうツールにしたかったんです」
試行錯誤の末に生まれたのがスプリンギンだ。アプリを立ち上げると、真っ白なキャンバスが子どもたちを出迎えてくれる。指やスタイラスペンを使ってイラストを描いてもいいし、iPadの音声入力を使って声を吹き込んでもいい。カメラロールから写真を取り込むこともできる。そうやって作り出したアイテムに、今度は「性格」や「能力」、「状態」を設定する。たとえばボールのイラストに「右に動く」という動きをつけたり、「ほかのモノにあたると弾む」という能力を与えたりする。動きを設定したら、実行ボタンをタップ。すると、画面のアイテムが設定したとおりの動きを行うのだ。
これだけだと「設定した動きをするだけのモノ」なのだが、アイテムごとに設定できるバラエティに富んだ属性を駆使することで、驚くほど複雑な動きを作り上げることができる。ゲームも作れるし、絵本や楽器だって作れるのだ。
あくまでアプリが用意するのは「仕組み」だけというのがポイント。「こういうモノを作りなさい」と強制するのではなく、仕組みだけを提供することで子どもたちのクリエイティビティを刺激しているのである。
スプリンギンには、さまざまなクリエイティブの種が詰まっていると中村氏は語る。
「イラストやデザイン、プログラミングなど、スプリンギンをとおして、子どもたちがいろいろなことに興味を持ってほしいですね」
動かしたいモノをイラストで表現
写真をアプリに取り込むこともできる
スプリンギンでまずやることは、iPad上で動かすモノを作ること。イラストを描いて色を塗ったり、写真を取り込んで加工したりすることで、アイテムが出来上がる。イラストは筆の大きさや色などが細かく設定でき、消しゴムツールなどペイントソフトとしての機能がひととおり揃っている。
ドラッグ&ドロップで直感的にアイテムを配置
アプリの編集は、作り出したアイテムを配置するところから。作成したアイテムは左側に表示されるので、これをドラッグ&ドロップで直感的に置いていく。この場合、右上の黄色いボールが床を滑ってどんどん下へと落ちていき、障害物を避けるようコントロールしながら、最後は「GOAL」と書かれた赤い旗のところへ到着してクリアとなるゲームを作成する。
フィールドに重力を設定して「世界」をつくる
まずは黄色いボールが転がり「落ちる」ように、重力の設定を行う。重力の向きや強さは、中央のリンゴを起点とした角度や長さで変更可能だ。ただし、このままではシーンの中のアイテムすべてが重力に従って落下し、画面外へと消えてしまうことになる。それを避けるために、ボール以外の落としたくないモノは「ピン留め」しておく。このように、重力をうまくコントロールすることがスプリンギンの最初のコツだ。
属性を与えるのもボタン1つ
思いついたことがすぐにカタチに
それぞれのアイテムに「性格」や「能力」、「関係性」といったさまざまな属性を与えることで画面を動かしていく。属性の付与はボタン1つで、「プログラミング」と聞いて思い浮かべる言語や数字は不要だ。右図では、黄色いボールが回転しながら落下していき、赤い旗のゴールと子どもの顔写真に接触したときにそれぞれのアイテムに設定したイベントが発動するようにしている。たとえば、左図ではゴールに「シーンチェンジ」のイベントを設定。黄色いボールがゴールに接触すると、「おめでと」と文字の書かれた別のシーンに切り替わる。
iアプリが用意するのは「仕組み」だけ
アイデア次第でさまざまな作品が出来上がる
実際に子どもたちが作った作品例がこちら。(右)投げられたボールをうまく打ち返すことで、ホームランやヒットを当てる「野球盤」。キャラクター(守備)にボールが当たってしまうとアウトになる。(中央)たぬきになりたい女の子の物語「動く絵本 たぬきのおはなし」。録音された朗読に合わせて、ページが自動的に切り替わるように工夫されている。(左)ワニに出会うことなく、右上の象が左下の象のところまで進めるようにブロックを消していく「パネルをタッチ」。一回のタッチで「同じ色のブロックが消える」というルールを設定しているため、見た目よりも難解なゲームに仕上がっている。