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Macはなぜ新モデルがなかなか登場しないの?

著者: 牧野武文

Macはなぜ新モデルがなかなか登場しないの?

iMac、MacBook、Macミニといったアップルの新機種がなかなか登場してこない。

ファンとしては、次々と新モデルが登場してくれたほうが楽しいことは間違いない。

しかし、モデルチェンジをせずに_定番化”するのには理由があるはずだ。

定番化することで、どんなメリットが生まれるのだろうか。

これが今回の疑問だ。

モデルチェンジしないメリットとは何か

昨年末から、アップルにとって悪いニュースがたびたび報道されている。iPhone 7の売れ行きが伸び悩み、部品供給をしているサプライヤーが相次いで業績を下方修正したとか、WEB解析によるmacOSのシェアがピーク時の9.6%から6.1%に低下したとか、ティム・クックCEOの業績連動報酬が、昨年から15%減の875万ドルになったとか、なんとなく暗いニュースが多い。

大きな原因の1つは、Macのモデルチェンジがここ数年少なく、市場を刺激していないように見えるからだろう。あるメディアでは、「アップルの放置プレイ」「Macについてはもうやる気がないのか?」などと報道していたが、それは浅い見方だ。MacとMacBookについては、完全に最先端ツールから日常ツールへの転換が行われたと見るほうが正しいと思う。

なぜなら、モデルチェンジをあまりしないツールというのは、確かにファンとしては話題が少なく楽しくないが、日常ツールとしては数々のメリットがあるからだ。

発売後3年経っても残存価値がある

最大のメリットは、モデルチェンジのための開発研究コストが大幅に下がることだ。その間隔が長いほど部品供給も安定して量産効果が期待でき、製造コストが大幅に下がっていく。アップルにとっては製品の利益率が上がり、マーケティングの都合でつまらないモデルチェンジをするよりは、製品価格を下げて市場を刺激したほうが総利益を最大化できる。アップルにとっても、ユーザにとってもメリットのある話だ。

さらにモデルチェンジをした場合は、発売日前に大量に製造し、在庫を確保していく必要があるが、モデルチェンジの頻度が少なければ一定量を計画的に生産すればいい。部品供給のロジスティクス、組み立て工場の運営、在庫調整などあらゆる局面でコストが極限まで抑えられることになる。

さらにモデルチェンジが少ないと、残存価値が高くなるのがポイントだ。つまりは「下取り価格」が高くなるのだ。一般に、電子機器は発売後3年経つと、下取り価格が0になると言われる。ところが、たとえば初代のiPadの場合、発売後7年近くも経っているのに現在も1000円から2000円程度の下取り価格が付く。そろそろ発売後3年近くなるiPadエア2では下取り価格が3万円前後にもなる。

実際、古いiPadではさすがに操作は重くなり、できることも限られる。しかし、電子書籍・雑誌ビューワとして使ったり、店舗でのデジタルサイネージとして使う分にはまったく問題がない。むしろ、そういう需要があるために下取り価格が高くなるのだ。

これは大量導入する企業や団体では、大きなメリットとなる。3年程度で新しい機種に更新していく前提で購入し、購入時に6万円、3年後に下取り価格が2.5万円であれば、実質3.5万円でiPadを導入できるのだ。法人向けにあらかじめ残存価値を見越した分(先ほどの例で言えば、3.5万円の部分)を3年(36カ月)で割り、毎月のリース料を設定する「残存価値リース」のようなサービスすら実在するのだ。

アップル製品はさらに日常ツールになっていく

大胆なことを言うが、企業や教育機関などがノートPCやタブレットを大量導入する場合、私個人はMacBook、iPad以外の選択肢はないと思っている。それ以外の選択をする企業や団体を見ると、内心「なんでこんな愚かなことを選択したのだ」とすら思ってしまう。

その最大の理由は継続性だ。MacBookやiPadの場合、数年経てば、もちろんmacOSやiOSがアップデートされるが、基本的な操作方法はほとんど変わらない。そのため、数年前の機種でも最新の機種でもほぼ同じように操作できる。実はこれが大きな利点なのだ。

たとえば、某PC用OSはほぼ3年ごとに新しいバージョンが投入され、インターフェイスががらりと変わる。個人ユーザであれば、新鮮味があって楽しいかもしれないが、企業や団体などでは不要なコストを支払うことになってしまう。なぜなら、ノートPCを配布している企業であれば、操作方法が変われば社内研修が必要となるのだ。さらに大規模な企業になれば社内にサポートデスクを用意しているが、サポート要員が使うマニュアルも新しいものに更新しなければならない。ところが、実際に業務に使うのはクラウドサービスだったり、ワードやエクセルの書類作成だったりする。つまり、業務に本質的な部分はほとんど変わらないのに、そこに至るアプリケーションの起動やファイル操作の部分という非本質な変更のために、研修やマニュアルの改定というかなり大がかりな間接業務が発生してしまう。これは企業にとって、頭の痛い問題だ。

さらに、企業や教育機関などでは最初にPCやタブレットを一括導入しても、その後も少量を追加導入していかなければならない。故障、破損するものもあるし、新入社員の分を追加購入しなければならないからだ。このとき、フルモデルチェンジの少ないiPadやMacBookであれば素直に追加購入できるが、毎年のようにフルモデルチェンジするPCやタブレットの場合、社内、組織内で、異なるインターフェイスの電子機器が混在することになる。これは運用上大きな混乱の原因となる。

たとえば、高等学校の場合、iPadやMacBookであれば、毎年、新入生に最新機種を配付し、卒業する3年後にリース契約が終わる仕組みにしているところが多い。このようなケースでも1年生から3年生まで、ほぼ同じ使い勝手の機器を全員で使うことができる。違いと言えば、せいぜいCPUの処理能力程度のことでしかない。これならシステム管理のエキスパートではない教師でも、十分に管理できるはずだ。

欲しくなったときが買い時な本当の理由

これは私たち個人ユーザにとってもメリットがある。なぜなら、必要になったときが買い時だからだ。確かにフルモデルチェンジの話題が少ないと、なんとなく寂しい。しかし、今使っているMacBookをそろそろ買い換えたいのに、モデルチェンジの噂が流れていれば、どうしても買い控えてしまうだろう。新製品が発売になる数カ月の間我慢をして発売後に新モデルを購入するか、1つ型落ちモデルを購入するか選択をする人も多いはずだ。

しかし、その数カ月の間、我慢をするというのは決して快適な体験ではない。モデルチェンジが少なければ買い換えたくなったときに最新モデルを購入し、今使っているモデルを高めの価格で下取りに出せばよい。

アップルがどこまで意図してモデルチェンジの頻度を下げているのかは、もちろん私にはわからない。しかし、世の中がそれを要求していてアップルがそれに応えて、製品ロードマップを描いていることは確かだ。毎年のようにフルモデルチェンジが行われて、お祭り騒ぎをする時代は終わった。ガジェットや玩具といった要素は後退し、日常のツールとして世の中はアップル製品を求めるようになっている。

特に企業や組織の購入担当者に知ってほしいのは、アップル製品は残存価値が高いので、実質的な機種代金はかなり抑えられることだ。いまだに「アップル製品は高いので、他社製品を導入している」という企業、団体を見かけるが、本当にコストを抑えられるのはどちらであるか、機種代金だけではなく先ほど触れたような運用コストのことまで考えて判断していただきたい。こういうスマートな判断が広く知られていけば、いつの間にかアップル製品のシェアが上がっていたということも十分にあり得ると思う。

アップル製品のモデルチェンジの時期をプロットしてみた。何をもってモデルチェンジと考えるかは難しいところで、外観が大幅に変わった時期を「フルモデルチェンジ」としてプロットしてみた。ここ5年、モデルチェンジの頻度が少なくなっていることがわかる。

iPadの発売時の価格と、現在の下取り価格の参考値を整理してみた(単位:円)。通常の電子機器の場合、発売後3年で残存価値はほぼ0になるが、iPadは下取り価格がかなり高めであることがわかる。

アップルは米国で「iPhone Upgrade Program」を始めている。毎月32ドル程度を24カ月支払って、iPhone本体を購入するというもの。12カ月を超えると、いつでも新機種に交換できる。一種の定額制サービスで、早く日本でも始まってほしいと願っているし、MacBookやiMacにも同様のサービスが始まることを期待したい。

【知恵の実の実】

一度決めたハードウェアデザインを簡単に変えないということは、人々の記憶に残ることにもなる。毎年のようにコロコロと形を変えていくと、発売当初には注目を集めるが数年後にはすっかり忘れ去られることにほかならない。

【知恵の実の実】

下取り価格は、ネットで下取りサービスを行っている業者の価格を中間値を取った。もちろん、傷などがあれば下取り価格は下がるので、実際に下取りをするときは各業者に問い合わせていただきたい。

文●牧野武文

フリーライター。アップルだけでなく、イノベーションはハードウェアではなくソフトウェアやサービスに完全に移っている。ハードウェアは進化が止まったのではなく、進化する必要性が薄れてきているのだ。