読む前に覚えておきたい用語
Bluetooth
ブルートゥースSIGにより規格・策定されている近距離無線通信技術。IEEE802.15.1として標準化されている。最新バージョンは「5」。Wi-Fiが小規模ネットワークの無線化を目的にしているのに対して、ブルートゥースはデバイス間通信の無線化を目的にしている。2015年6月にはブルートゥースSIGのプロモータにアップルが加わった。
プロファイル
ブルートゥースはデバイスの用途に応じて通信の機能やプロトコルを「プロファイル」として規定しており、通信の際にはデバイス同士で共通のプロファイルをサポートする必要がある。代表的なプロファイルに、入力デバイス用のHID(Human Interface Device Profile)、ヘッドセットに使われるHSP(Headset Profile)などがある。
Bluetooth Low Energy
2006年にノキア社によって開発された「Wibree」という省電力通信技術をブルートゥース4.0に取り入れたもので、「BLE」と略される。ブルートゥース3.0以前とは互換性がない。いずれにも対応するデバイスを「Bluetooth Smart Ready」、BLEのみに対応するデバイスを「Bluetooth Smart」と呼称する。
大きく転換したブルートゥースの方向性
ブルートゥースは数10メートルまでのPAN(近距離無線通信技術)として1990年代に考案された規格だ。比較的低速な周辺機器を無線接続するために作られており、さまざまなデバイスの接続を想定して汎用性を重視した設計になっている。通信プロトコルを「プロファイル」という形で規定し、プロトコルスタックとして実装しているのが特徴だ。
最初のバージョンであるブルートゥース1.0がリリースされたのは1999年だが、実際に普及が進んだのは2003年の同1.2リリースの頃から。プロファイルが拡張され、主に携帯電話向けのヘッドセットデバイスとともに普及が加速した。翌2004年には信号の変調方式を見直し、従来1Mbpsだった最大転送レートを3Mbpsまで引き上げた「+EDR(Enhanced Data Rate)」がオプションでサポートされた。2005年以降になるとスマートフォンやポータブルオーディオデバイスの普及により、高品質なステレオ音声を伝送できるA2DPプロファイルに対応したワイヤレスオーディオが普及し始めた。
しかし、次の世代となるブルートゥース3.0の策定は混乱を極めた。同3.0では動画伝送にも対応できる高速通信性能を確保するため、物理層に新たに「UWB(Ultra Wide Band)」と呼ばれる超広帯域無線通信技術を採用する計画だったが、UWBの実用化が大幅に遅れてしまい、その結果2009年にリリースされたブルートゥース3.0では、UWBに代わってWi-Fiの物理層に相乗りする形で最大24Mbpsの高速化を実現する「+HS(High Speed)」のオプションが設定された。実際には現在に至るまでリリースされた+HS対応製品はごくわずかであり、普及したとはいい難い。
翌年にリリースされたブルートゥース4.0ではその方向性を大きく変更し、最大転送速度を1Mbpsに据え置きながら大幅な省電力化を実現する「BLE(Bluetooth Low Energy)」が策定された。これは従来のブルートゥースの弱点である消費電力の大きさを改善し、ボタン電池1個で1年以上稼働可能なデバイスを実現できる規格だ。
BLEは3.0以前のブルートゥース(クラシック・ブルートゥースと呼ばれる)とは互換性がなく、BLE対応のデバイス同士でしか接続できない。このためMacやiPhoneなどのホストデバイス(親機)は、クラシック・ブルートゥースとBLEの両方をサポートする「デュアルモード」を備えている。一方でマウスやキーボードといったノードデバイス(子機)では、バッテリの消費を抑えるためにBLEのみに対応するものが多い。結果、ホストデバイスのサポートするブルートゥースのバージョンによっては接続できないデバイスが生まれてしまい、これが市場の混乱を招いた。
BLEの省電力性能は非常に高く、従来は1~2カ月しか保たなかったマウスやキーボードの電池寿命は半年~1年へと飛躍的に向上し、アップルウォッチをはじめとするウェアラブルデバイスの実用化を後押しする結果となった。また、MacとiOSデバイスとの間で使われる「インスタントホットスポット」や「エアドロップ」、「ハンドオフ」などといった通信機能を支える重要な要素技術となっている。
枝分かれした歴史
3.0までのブルートゥースはクラシック・ブルートゥースと呼ばれている。ブルートゥースの進化は3.0で一度止まっており、4.0からは別の進化を辿っているためだ。4.0では互換性を犠牲にして省電力規格を導入し、5はその流れの先にある。
IoT時代を見据えたブルートゥース5が登場
ブルートゥース4.xの成功を受けて新たに策定されたのが、2016年12月にリリースされた「ブルートゥース5」だ。ブルートゥース5はブルートゥース4.2の後継規格であり、さまざまな点で改良が行われた。目玉となるのはブルートゥース4.2と比べて4倍の通信範囲と2倍の通信速度を実現しているという点で、ブルートゥースSIGはこれを「従来の8倍の通信キャパシティ」と豪語しているが、実際には「4倍離れた距離で2倍の速度で通信できる」わけではない。
ブルートゥース5の高速化は「+EDR」とは別の方式で行われており、変調方式は従来のBLEと同一のまま、1MHzだった変調速度を2MHzに拡大することで転送速度を向上させている。ブルートゥース3.0以前は1MHz間隔で79本だったチャンネルを、4.0では2MHz間隔で40本に低減していたため、ブルートゥース5ではこの広くなったバンド幅を活かして高速化を行う。
通信範囲の拡張は主に電波の出力レベルの向上により実現している。従来のBLEの最大10mWを大きく上回る、最大100mWの送信出力を用い、通信速度には新たに最大125kbpsのモードを新設して、見通し距離で最大400メートルの通信距離を実現した。省電力性能と通信速度を犠牲にして、引き替えに長距離伝送を可能とする仕組みだ。
さらにブルートゥース5では、BLE対応デバイスが相互接続して網のようにネットワークを構成する「ブルートゥース・メッシュ(Bluetooth Mesh)」という接続形式に対応する。従来のブルートゥースは2つのデバイスがP2P(ピア・ツー・ピア)で接続する形態のみをサポートしたが、ブルートゥース・メッシュでは複数のデバイスが連結して大規模なネットワークを構成することで、低いコストで建物全体を覆うような無線ネットワークを構成できる。これは今後普及が進むと予想されるIoTデバイス間のネットワークを想定しており、たとえばホームネットワークやビーコンを活用したナビゲーションなどへの応用を見越した拡張だ。
このようにIoT時代の根幹を支える技術へと進化を遂げるブルートゥース5だが、過去のブルートゥース拡張の歴史とその結果を見る限り、すべてが順調に市場に受け入れられるかどうかは未知数だ。+EDRや+HSのように忘れ去られてしまうのか、あるいはBLEのように成功を収めるかは、魅力的なサービスやアプリケーションなどの「用途」に結実できるかどうかにかかっている。
さらなる高速化を実現
ブルートゥースSIGの配布資料では、ブルートゥース5の特徴として「2倍の転送速度と4倍の伝送距離」をうたっている。【URL】https://www.bluetooth.com/ja-jp/specifications/bluetooth-core-specification/bluetooth5
普及しなかった規格もある
プラネックスコミュニケーションズ社の販売するUSBアダプタ「BT-Micro3H2X」はブルートゥース3.0+HSに対応する数少ないデバイスの1つだ。Wi-Fi(802.11n)も同時にサポートしている。【URL】https://www.planex.co.jp/product/bluetooth/bt-micro3h2x/externals.shtml
【UWB】
UWBは500MHz以上の帯域幅を使用する超広帯域無線通信方式で、近距離間での高速通信と高い位置検出能力が特徴。IEEE802.15.3aとして標準化を目指したが、対立する陣営間の合意に至らず2006年に策定が放棄された。
【表記】
2016年7月、ブルートゥースSIGはブルートゥースのブランドガイドを改訂し、2011年から推奨してきた「Bluetooth Smart」および「Bluetooth Smart Ready」の商標を2016年に廃止すると発表した。ブルートゥース5が「5.0」と表記されないのも同様の理由からだと推測される。
今井 隆
IT機器の設計歴30年を越えるハードウェアエンジニア。1983年にリリースされたLisaの虜になり、ハードウェア解析にのめり込む。