東京都豊島区にある立教小学校は、iPadを積極的に導入していることで知られる。中・高学年の児童は全員、2015年以降は小学校三年生からiPadミニを使い始める。同校においてiPadはどのように使われているのか? iPad活用に尽力している同校メディアセンター長・情報科の石井輝義氏に話を聞いた。
立教小学校メディアセンター長・情報科の石井輝義氏。iPadやMacといったアップル製品を積極的に授業に採り入れている。立教小学校は2012年2月に、「Apple Distinguished Program」に認定されている。【URL】http://prim.rikkyo.ac.jp
修学旅行をビデオでレポート
iPadは、教育機関でも人気のあるデバイスだ。たとえば小学校では、初期設定のトラブルが少なく、児童が手軽に持ち運ぶことができ、なによりパソコンと違って一般的な教室の机の上でもノートなどと併用できるといったメリットがある。「パソコンルーム」などの特別な教室の整備が不要な点は、学校のテクノロジー投資を軽減してくれる。
しかし、iPadに限らず、現在の「テクノロジー×教育」が直面する問題は、ITを導入することとITを活用することの間に越えなければならない大きな壁があることである。プログラミング必修化という未来も近づきつつあるが、適切な教え方なし/活用シーンなしでの教育は、「嫌いな教科を新たに1つ生み出す」ことにもつながる。こうしたITの利活用に関するさまざまな問題がある中、立教小学校におけるiPadミニ導入は特に「テクノロジーの活用」にフォーカスしている点が特徴だ。
同校のメディアセンター長・情報科・石井輝義氏の授業を見ることができた。その授業は、修学旅行で京都を訪れた際のレポートを動画にまとめるというもの。4人1組のグループになって予定(取材先)を決め、現地でiPadで動画撮影を行い、学校に戻ってきてiMacで編集、完成レポートとして発表する。
「取材」と「発表」というゴールが課せられた児童たちは、行きの新幹線の中でも騒ぐ暇なく、取材の準備やアナウンス原稿の作成に終始していたそうだ。そんな児童の姿を見て、石井氏は「せわしく出張するビジネスマンを見ているようだった(笑)」と振り返る。
訪れたときは、ちょうど児童たちがiPadで記録した動画をiMacで編集しているところだった。4人それぞれが撮影した動画を1つにまとめているグループもあれば、ガレージバンド(GarageBand)で音楽を作る担当、iMovieで動画を仕上げる担当などを設けているグループもあった。
「以前は写真と文章のスライドで発表していたのですが、ユーチューバーの影響もあるのでしょうか、児童たちの動画制作への熱意はとても高まっています。動画制作よりも、事前の準備や撮影のほうが児童たちは難しく感じるようです」
現地に行くだけの修学旅行ではなく、iPadで取材をするという目的を与えることで、その体験は鮮明なイメージとして児童たちの心に残るという。そして、だからこそ常に思い出すことができ、経験として身についていく。小学生の段階からiPadという身近なテクノロジーを活用することで、文字を主体とした授業とは異なる新たな体験を得られるようにしているのだ。
デジタルネイティブを疑え
石井氏は、よく世間で語られる子どもたちのイメージに関して疑問を投げかける。
「今の子どもはデジタルネイティブと言われますが、本当でしょうか。確かに生まれたときからデジタル機器やネットワークに囲まれていますが、たとえば小学三年生の児童が初めてiPadを授業で使う様を見ていると実に『雑』です。つまり、言われなくても操作はできるのですが、目的を持った使い方は最初からできません。ゲームやユーチューブなど情報を消費するだけでは、知識や経験は身につかないのです」
また、そうした理由から、短絡的なプログラミング教育の導入についても懐疑的な見方を示す。
「プログラミングの授業を行うに際して、日本と米国の子どもたちとでは大きな差があります。それは英語に慣れ親しんでいないこと、それゆえ英字の書かれたキーボードとの親和性が高くないことです。プログラミングは若いうちからと言われますが、そうした前提の違いをしっかりと理解しておかないとなりません。立教小学校でもWEBページとHTMLコードの関係を意識させる授業は行っていますが、まだプログラミングには進めていません。現場感覚では、子ども向けとされる『スクラッチ(Scratch)』を用いてプログラミングの授業を行ったとしても、それが本当に児童にとって身になるのかの判断は難しいと思っています」
石井氏は「(プログラミングの)コードは、英語などと同じく異なる言語だ」という考え方をしっかり定着させることがまず重要と考えている。そのためには、国語を「日本語」と意識してもらうことも大事で、プログラミング教育は、情報科や英語科だけの問題ではないという。
限られた時間との闘い
プログラミングをはじめとする情報教育を実践していくためには、そのほかにも課題がある。それは学校における時間数だ。
小学校のカリキュラムの中に、情報科はない。もしも情報教育を充実させたいのであれば他の教科から時間を削らなければならず、現実的とは言えないのだ。実際、今回の修学旅行のレポートも社会科の授業の一環としてだった。
「そもそもiPadは、英語科の教材として導入しました。1学年分、120台です。当初は、児童全員分720台を購入する意向だったのですが、週3時間しかない英語の授業のために全員分購入する必要はないと、納得を得られませんでした。しかし、情報教育を先陣切って進めたいという思いもあり、英語以外の授業での活用を拡げていくように努力しました」
当初から英語科では積極的な活用をしてきたが、今では石井氏が担当する社会科のほか、理科では実験の様子をiPadで撮影したり、家庭科では給食室と組んで児童たちがメニューを考える「ベスト給食」を作るためにiPadを使っている。そうした成果が学校内で共有されるに従って、1人1台のiPadの環境が、従来の三年生からではなく、二年生からへと引き下げられたのだと語る。
先生も学んでいく
立教小学校では、近い将来、入学時にすべての児童がiPadミニを手に入れ、日々の学習に活かしていくことになりそうだ。
「それによって、学校での教育にどんな変化が生じるかを考えていかなければなりません。たとえば社会科の授業では、iMovieとガレージバンドを使った動画編集を課題にしていますが、児童によっては全部キーノート(Keynote)でやりたい、という意見が出てくるかもしれません。iPadの教材ではなく、本ではないと頭に入ってこないという児童もいるでしょう。そうした状況のときにどのように対応するか。iPadやテクノロジーは道具ですから、児童一人一人にふさわしい学び方が選べるようにしておくことも重要でしょう」
デジタルに対してストレスなく活用できるが、依存はしない状態で、正解を持っているのは自分自身だと判断できるのが、デジタルネイティブらしい振る舞いではないか、と石井氏は考える。
また、教える側の成長も必要だ。現在東京都の私立小学校54校での部会では、算数と国語でいかにデジタルデバイスを活用するかといった教授法に関する議論が活発だという。たとえば算数なら、空間図形や立体図形などを教える際の活用案が出ているという。
「前述のとおり小学校にはまだ情報科がありませんから、現段階では各教科を担当する先生や、担任の先生が使いこなせなければ、iPadであっても活用は進みません。つまり、国語、算数、理科、社会をどうするかが最大の課題なのです」
立教小学校におけるiPadの活用は、取材前のイメージとはやや異なるものだった。情報科の時間を積極的に確保してiPadを活用するのではなく、各教科の中で活用方法を見い出していくというアプローチからは、iPadを道具として位置づけるという、同校の現実に即した考え方が見て取れる。コンピュータを学ぶことを主眼に置くのではなく、活用するというゴールを設定してそこから得られる体験や知識を重視すること。そうした環境においては、機器そのものの操作習得やメンテナンスのコストを極力抑えられるiPadの優位性が非常に際立って見える。