クリエイティブの祭典にて
アドビは2016年11月2日、カリフォルニア州サンディエゴで、クリエイティブの年次イベント「アドビ・マックス(Adobe MAX)」を開催した。過去最大規模となる1万人以上の来場者が世界中から集まり、アドビの最新ソフトウェアや人工知能を活かしたテクノロジーの発表、著名クリエイターによるハンズオンなどが行われ、熱気を帯びるイベントとなった。
今回のアドビ・マックスでは、クリエイティブアプリの最新機能や人工知能「アドビ・センセイ(Adobe Sensei)」などが発表された。会場で特別に開催された、アップルとのコラボレーションを紹介するレセプションは、昨年に続いて2度目。
現在、クリエイティブの世界はカジュアル化が進んでいる。写真やビデオはスマートフォンのカメラで十分に高画質なものが撮影でき、モバイルアプリもちょっとしたアレンジやコラージュなどに対応し、非常に身近になった。そうした時代だからこそ、プロが評価されやすくもなる半面、より高度なテクニックや表現が求められるようになる。このジレンマの解決方法は、アドビ・マックスの当面のテーマとなるだろう。
この時流の中で、モバイルでのクリエイションをポジティブに発展させようとしていたのが、アップルとアドビのタッグだ。「Make it on Mobile」は、iPadプロをリリースして以降の両社が掲げる活動のタイトルであり、iPadプロとアップルペンシル、そしてアドビのモバイルアプリ群を用いたクリエイター支援のプログラムとなっている。
NYでのワークショップも盛況
2015年のアドビ・マックスでは、当時未発売のiPadプロとアップルペンシルを持ち込み、クリエイターに触れてもらい、スケッチを試してもらうイベントを開いた。そして今回は、iPadプロに加えて、やはりイベントの段階では未発売だった新型MacBookプロの「タッチバー(Touch Bar)」を用いて、フォトショップでの画像編集を試してもらう機会を作った。
クリエイターからはまず、タッチバーの色の綺麗さや表示の鮮明さ、表面のスムースな質感に驚きの声が上がった。そして実際の使用感もなかなか良好で、色やブラシサイズの指定を手軽に行える点を気に入っているクリエイターもいたほどだった。
Make it on Mobileは継続的な活動となっている。2016年4月には、ニューヨークにクリエイターを集めて、iPadプロを中心としたモバイルデバイスを用いて作品制作を行うワークショップを開催した。グラフィックアーティストの牧かほりさんも日本から参加している。
参加者にはまずiPadプロとアップルペンシルが手渡され、アドビのアプリ解説とともに簡単なレクチャーが行われた。その後、さっそく作品制作に取り掛かったそうだ。その場でできた作品はアドビ・マックスで冊子にまとめられ、会場で配布された。
アドビとアップルの戦略
アドビのビジネスモデルは5年前、パッケージごとの販売から「クリエイティブ・クラウド」の購読型へと移行した。その結果、現在ほぼ無料で提供しているモバイルアプリの意義が大きくなってきたという。
アドビによると、すでにモバイルアプリをきっかけにアカウントを作ったユーザは3500万人にのぼり、重要な新規ユーザ獲得のチャネルとなっている。前述のようなモバイルでのカジュアルなクリエイションをきっかけにして、クリエイティブ・クラウドの契約を行うユーザをより増やしていきたいところだろう。
他方、アップルは、iPadプロとMacという2つのデバイスの相乗効果を狙っている。iPadプロとアップルペンシルがいかに機能的にクリエイティブを支えるか、という姿をアピールしながら、Macを使うクリエイティブユーザへの訴求を行いたい考えだ。
ウィンドウズの世界では、マイクロソフトのサーフェスを始めとするマルチタッチ対応のタブレット+PCのスタイルが一般的になった。これらのデバイスではウィンドウズアプリがそのまま利用でき、アドビのデスクトップアプリもタッチ対応で動作する。Macにタッチパネルを持ち込まないことを決めているアップルにとっては、MacとiPadを併用するメリットをいかに示せるかが問題となる。
そこで、アドビとの取り組みがある。Make it on Mobileでは、コラボレーションを主体としたタブレットでの製作作業と、それを仕上げるMacでの作業、というワークフローを前提としていた。
アップルにとっては、異なる2つのデバイスを役割を変えながら活用する姿を見せることができるし、アドビにとっては、デバイス間・アプリ間での煩わしいデータ同期を簡単に済ませてくれるリエイティブ・クラウドのメリットをアピールすることにつながる。
旧来の「クリエイティブ=Mac」というクリエイター側のこだわりが薄れてきた現在、アップルは新しく、クラウドを活かした「ワークフロー」でクリエイターに訴求しようとしている。その戦略がうまくいくかどうか、もう数年見守っていく必要があるだろう。