タイププロジェクト株式会社代表/タイプディレクター 鈴木功
1967年名古屋生まれ。愛知県立芸術大学デザイン科卒業。1993年から2000年までタイプデザイナーとしてアドビシステムズ株式会社に勤務。2001年にタイププロジェクトを設立し、アクシスフォントファミリーを開発。愛知県立芸術大学デザイン学科および武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科で講師も務める。
コミュニケーションのツール
「フォントメーカー」という仕事は、一般の人にはあまり馴染みがないものです。日常的にMacを触り、ビジネス文書やWEBサービスを使いこなすような人でも、フォントを追加で購入して使うことはまれでしょう。特に鈴木氏が代表を務めるタイププロジェクトで販売されている「アクシスフォント」や「TP明朝」は、1書体あたり2万円を超える高価なプロ向けのもの。雑誌や広告などで目にする機会はあっても、フォント名やフォントメーカーまでを見分けることは難しいでしょう。今回はドロップ&タイプの話の前に、まず鈴木氏がタイプデザイナーとしてどのような仕事をされているのか聞きました。
「今回取り上げていただいたドロップ&タイプは、一般ユーザやデザイナーに向けた製品ですが、うちのビジネスの中心はコーポレートフォントです。企業が自社のブランド力を保つために統一的なフォントの使い方をしよう、というのがコーポレートフォントの基本的な考え方です。これまでは既存のフォントを使う企業が多かったのですが、最近はより独自性を出したいというニーズから、個別にフォント開発をするケースが増えてきました。特に海外の企業や、デザイン感度が高くブランド力のある企業、日本の企業でもグローバルな展開をしているところでは、自分たちの声や姿勢を表すものとしてフォントの役割の重要性に気づき、関心が高まってきています。フォントは企業とその顧客のコミュニケーションのためのパワフルなツール。これはうちの一番太い柱としての位置づけでもあります」
鈴木氏の作り出すフォントの特徴は、シンプルでニュートラルな形でありながら、はっきりとした先進性やコンセプトを感じさせるデザインです。実際に書体をデザインするうえで、時代性やデザイン的なニーズといったものはどこまで考えられているのでしょうか。
「1つのフォントを作るまでに、少なくとも2~3年はかかります。ですから作り始める前にそのフォントが世に出たときはもちろん、その5年後、さらに10年後はどんな時代になっているだろう、と考えています。デジタル環境はどうなっているか、どんなデバイスがあるだろうか、とイメージしながら作っているので、フォントが出た時点ではちょっと早すぎるくらいなのかもしれません」
フォントにも「らしさ」が必要
鈴木氏はリテールフォントやコーポレートフォント以外にも、2009年からスタートした「都市フォントプロジェクト」を手がけています。都市独自のフォントをコミュニケーションツールとして活用することで、都市のアイデンティティを強化しようという試みです。これまでに名古屋、横浜の都市フォントを手がけ(現在も進行中)、さらに2015年には、東京の新たな街区表示板のための「都市フォントプロジェクト東京」もスタートさせました。こうした取り組みは、どのような動機によって生まれているのでしょう。
「これからのフォントは、2つの方向に分けて考えないといけないと思っています。1つは雑誌などの本文に使うフォントです。長い文章でも読みやすい文字とはどういうものかを考えなければなりません。特にうちのフォントでは、時代性も鑑みて、紙以上にスクリーン上での読みやすさに重点を置いています。
もう1つの方向が都市フォントで試みている、見出しやサインなどの用途に大きく使うフォントです。こちらには読みやすさだけではなく、目を惹きつける力、魅力や独創性といったまったくベクトルの違う役割があります。たとえばゴシック体は、均一な線で強いからこそ視認性に耐えうるという視点でサインにもよく選ばれていますが、雑誌用のフォントをそのまま大きくしてしまうと、味気なく見えてしまうんですね。色気というか表情が少ない。都市独自の風情をフォントに取り入れられたら、街はもっと魅力的になるはずです。書体は、個性や『らしさ』を表現するためのブランディングの要素でもあるのです」
自分の文字をマシンの中で
コーポレートフォントの作成でも、都市フォントプロジェクトにあたっても、鈴木氏は常に数多くのフォントの試作を行っています。この作業を効率よくするために開発されたのが、ドロップ&タイプの原型となるフォント試作ツールでした。フォントデータをコンピュータ上で作りフォントを生成することもできますが、鈴木氏には手書きの文字を元にする方法にこだわりがあったそうです。
「僕が教えている学生たちもそうですが、昨今、紙の本をびっくりするくらい読まないんです。そして手で字を書きませんよね。スマホやパソコンで済ませてしまうから。でもやっぱり手で書きたい欲求がどこかにあると思うんです。身体の中でもっとも優秀な道具である『手』を動かして文字を書き、さらにそれが身近なマシンの中に入って使えるものになる。自分の筆跡がコンピュータの中で動き出し、自分の言葉とともにあることを実感できるんじゃないでしょうか。僕はそれをいつも実感しています。だから、作る部分のハードルを下げることで、ほかの人にもそれを実感してもらえるんじゃないかと考えたんです。
できるだけ直感的に、今書いたものをフォントにしたい。手書きとフォントとの距離を縮めたい。それはドロップ&タイプという名前を決めたときからはっきりしていました。市販用としてシンプルなものにしようと改良を重ねていたら、リリースまで約2年かかり、最終的な制作コストはすごいことになりました(笑)。でも、学生やデザイナーが買えないと意味がないので、価格は抑えています」
4月にリリースされたばかりのドロップ&タイプですが、早くもこの11月には新バージョンを出す予定があるのだそうです。生成できる文字数が3000字まで拡張され、プロポーショナル情報を持つ(文字の幅に合わせた前後の文字のスペース設定が可能)欧文フォントが作れるようになります。予定価格は4000円。現行バージョンのユーザにはうれしいアップグレード価格も用意されているとのこと。常用漢字がすべて網羅できるようになるので、雑誌や書籍でもオリジナルフォントでの作成ができる(作業は大変ですが!)になり、ますますオリジナルフォントの使い道は広がっていくことでしょう。