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なぜスポティファイにお金を払いたくなるのか?

著者: 牧野武文

なぜスポティファイにお金を払いたくなるのか?

4割が有料会員という常識外れの課金率

世界最大の音楽聞き放題サブスクリプションサービス「スポティファイ」が日本でも開始された。最新の統計によると、総会員数は世界で約1億人という想像を絶する規模になっている。しかし、驚くべきはそれよりも有料会員数比率の高さだ。なんと、40%が月1000円程度の会費を払っているのだ。

一般に“フリーミアム”のビジネスモデルは「5%の有料会員からの収益で利益を出す」と言われている。計算上はそうでも、現実にはどこのフリーミアムサービスも運営を維持するのが苦しくなっている。その中で、4割の有料率というのは驚くべき数字なのだ。スポティファイの音楽サービスとしての評価は専門家に任せるとして、ここでは「大成功したフリーミアムサービス」としてのスポティファイを考えていきたい。

スポティファイが支持される理由として人がよく挙げるのは「音楽に対する愛情が運営側にある」というものだ。確かに70年代の楽曲などで、2000年以降にデジタルリマスター版として新装発売されている場合は、オリジナル版とリマスター版の両方を収録するなど、音楽ファンを嬉し泣きさせる運営をしてくれている。

しかし、だからといって毎月お金を払うだろうか。スポティファイの無料会員は制限が極めてゆるく、海外版の場合、MacとiPadからだと曲の合間にときどき広告が入る、ダウンロードできない、音質が下がるなどの制約しかない。

一方、iPhoneでは好みの楽曲をすぐ聴ける「オンデマンド再生」が利用できないが、楽曲の順番が無作為な「シャッフル再生」であれば無制限に登録されている曲を楽しめる。音楽をBGM的に楽しみたい人であれば無料プランで十分で、むしろなぜお金を払うのか理解できないほどだ。

奥深いスポティファイの価格&デバイス戦略

スポティファイにお金を払う理由の第一は、「極めて低価格だった」ことが大きい。スポティファイはいわゆる「聴き放題サブスク」だが歴史は古く、2008年10月から欧州でサービスを始めている。これはiPod全盛の頃で、ライバルはCDとiTunesのダウンロード配信だった。平均的な消費者の音楽支出がいくらかは国や時代によって大きく異なるが、2010年頃の日本ではCDと配信合わせて月に2000円弱という統計が多い。

iTunesも2007年に高音質版楽曲の配信を始めてからはバラ買いができるというだけでCDとほぼ同じ価格設定になり、アルバムは2000円程度で売られていた。つまり、月1枚程度アルバムを買うのであればスポティファイに入ったほうがお得で、支出は半分で抑えられる。そのため、安いからという単純な理由で音楽を買うのを止めて、スポティファイに入る人が多かったのだ。

もう1つは無料プランの制限がiPhoneとMac、iPadで差をつけてある点だ。iPhoneではオンデマンド再生ができず不自由さを感じるが、Mac、iPadでは無制限にオンデマンド再生ができるのは先に述べたとおり(海外版の場合)。複数のデバイスを使っている人にとってはMacで曲探し、プレイリスト作り、アルバムをじっくり聞くなどで楽しみ、iPhoneは外出先でシャッフル再生のプレーヤと考えてしまえば、無料プランで存分に楽しめる。

ところが、最近の20代はPCを持たず、スマートフォンだけで済ませるようになっている。そういうスマホオンリーの人にしてみれば、無料プランの制限は息苦しく感じるだろう。こういう制限は、そのサービスに対する「悪い体験」につながりがちで、多くの人は別のサービスを探し始める。ところが、スポティファイはPCやタブレットであれば制限が極めてゆるいことがわかっている。そのため、この制限が悪い体験につながりにくいのだ。

では、スマホオンリーの人が音楽を楽しむためだけにわざわざPCやタブレットを購入するだろうか。「月980円を支払ったほうが面倒くさくなくていい」と考えるのではないだろうか。このスマホとPC、タブレットで無料プランの制限を変えるという戦略がスポティファイ成功の理由として考えられるのだ。

アップルに合わせて会員数を伸ばす

もちろん、ここで挙げた理由はあくまでも個人的な推測で、裏づけのようなものはない。しかし、スポティファイの会員数の推移を見ると、整合性が取れているのではないかと思う。iTunesがダウンロード販売を開始した2004年以降、音楽の中心はiTunesとiPodだった。しかし、ダウンロード販売は2014年に突然失速して、売上が下降する。iPhoneが普及をし始めiPodを使う人が急速に少なくなったことと、音楽ファンがCDで持っていた楽曲のダウンロード買いが一巡して市場が飽和したことが原因だ。

この頃からスポティファイは会員数を急速に伸ばし始める。ここで面白いのは、無料会員が増加している一方で、有料会員率はむしろ下がっている点だ。

そして2015年6月にアップル・ミュージック(Apple Music)がスタートした。するとスポティファイは無料会員、有料会員ともに目覚ましい伸びを見せる。本格的な聴き放題サブスクサービスが出揃って、多くの人がどれか1つに絞らなければと考えてスポティファイを選んだことが原因だろう。また、スマホオンリーの消費者が急速に増え始めたことも追い風になっているのではないか。

さらに、スポティファイのCEO、ダニエル・エクは音楽に対して積極的に発信をしている。たとえば、ほかのサービスで独占配信しているアーティストに対しては制裁を加えている。スポティファイでのおすすめプレイリストに、そのアーティストの楽曲を入れないというのだ。これはほかのサービスに対する牽制ではない。独占配信が広く行われるとリスナーは複数のサービスに加入しなければならなくなり、リスナーの利益にならないのだと説明する。

また、スポティファイ開始当初から違法ダウンロードと海賊版の撲滅を訴えてきた。考え方に同調できるかどうかはともかく、音楽コミュニティの未来を考えて行動していることは確かだ。80年生まれ以降の世代は、製品やサービスを品質だけでなく企業の姿勢に共感できるかどうかでも選ぶ傾向が強いと言われる。こういうところもスポティファイにお金を払いたくなる要因になっている。

顧客目線で一歩先の未来を考える

スポティファイの成功から、その先進性や未来志向など私たちが学ぶべきことは多い。ダウンロード全盛の時代にストリーミング聴き放題サービスを始め、スマートフォンがPCの周辺機器にすぎないと考えられている時代にモバイルファーストの生活に思いを巡らす。この1歩先の未来に対して着々と手を打っていく手腕こそ、多くのフリーミアムサービスに足りていないところなのだろう。

Mac版スポティファイ。無料版でもオンデマンド再生が月15時間以内であれば、自由にプレイリストを作って音楽を楽しめる。自分で作ったプレイリストの内容に基づいておすすめの曲も紹介されるので、聞く音楽の幅がどんどん広がっていく。日本のプレミアム版の価格は月額980円で提供されており、サービスイン当初は招待制で順次登録を受け付けている。

Spotify会員数

2014年のダウンロード配信の頭打ち、2015年にアップル・ミュージックなどのサブスクが台頭するタイミングで会員数を大きく伸ばしている。現在では総会員数1億人、有料会員4000万人という巨大サービスになった。

スポティファイの売上と収益の推移。2015年は19億4500万ユーロ(約2000億円)の収入があったが、それでも赤字が続いている。配信コスト以外の収益のほとんどを、権利使用料としてアーティスト側に支払ってしまうからだ。このような企業姿勢が共感を呼んでいるポイントでもある。

【知恵の実の実】

日本版のスポティファイは、MacとiPadでのオンデマンド再生が月15時間以降はシャッフル再生も含めまったくできなくなっている。これは現状では日本国内だけの制限のようだ。海外ではこうした制約なく利用可能なので、日本在住の海外ユーザの間でちょっとした騒ぎとなっている。

【知恵の実の実】

世界中のアーティストにとって、スポティファイから支払われる使用料は、なくてはならない重要な収入源になっている。スポティファイは音楽の世界を変えたと言っていいと思う。もし、皆さんがiPhoneだけでなく、iPadかMacをお持ちであるなら、ぜひ無料プランを体験してみることをおすすめする。

文●牧野武文

フリーライター。スポティファイの面白さはプレイリスト作成にある。さまざまな方法で新しい曲と出会える仕掛けが用意されていて、昔の曲ばかり聞いている中年が最新ヒットに出会ったり、若者がオールディーズに出会ったりと、使って楽しいサービスになっている。