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「IBM MobileFisrt for iOS」の全貌●IBM × Appleのビジネス大変革

著者: 牧野武文

「IBM MobileFisrt for iOS」の全貌●IBM × Appleのビジネス大変革

あらゆる業界に向けて

アップルとIBMの協業でスタートした「IBM MoibleFirst for iOS」は、アプリ開発を通じてiPhoneやiPad、アップルウォッチの活用を促し、企業の業務課題の解決、ワークフローの革新を目指すソリューションだ。優れたアナリティクスの技術と洗練されたUXを持つアプリによって、働く人の力は最大化される。

IBM MobileFisrt for iOSは、いくつかのマイルストーンを踏みながら前進してきた。最初の目標は、2015年末までに100の業務アプリを開発するというもので、これは達成済み。14の業界で、100以上の業務アプリが200以上の企業ですでに使われている。

2016年初頭からは第2段階に進んだ。100のアプリを開発したところで、さまざまな企業がどのような機能を必要としているかが把握できた。その中で、共通して必要とされる機能のコンポーネント化を進めている。たとえば、特定の周辺機に対応するコンポーネント、認証コンポーネントなどだ。このコンポーネント化は、100のアプリ開発と並行して進められていたため、現在ではこのようなコンポーネントを組み合わせるだけで、新しいアプリのコア部分を開発できるようになっている。これに発注企業特有の機能を追加することで、より速く、より低コストで、あらゆる企業向けのiOSアプリが開発できる態勢が整った。代表的なものを下記に挙げるので参考にしてほしい。

開発したアプリの横展開

IBM MobileFisrt for iOSは、もう1つの展開も見せ始めている。これまでは、業界に特化したアプリが中心だった。しかし、経費精算、会議室予約、電話会議など、業界に限らずどの企業でも必要としているアプリの開発も始まっている。従来の業界特化型アプリを縦グシとすれば、業界横断的な横グシを刺すことによって、メッシュで業務をカバーし始めたのだ。

その中で、もともとは特定の業界向けに開発したアプリの横展開も始まった。たとえば、当初は製薬業界向けに開発された「Expert Seller on Box Platform」。製薬業界は商品点数が膨大になるため、営業職がすべてを把握することは難しく、カタログも膨大になる。そこで、商品に関する資料をボックスによりクラウド共有し、出先のiPadから簡単に検索して閲覧できるようにしたアプリが開発された。そのほかにも利用状況のフィードバック、分析といった機能があり、これはほかの業界でも応用できる。

「成果を出せる営業がどのようなコンテンツをどのように見ているか、ということもわかります。従業員の育成や研修に活かせる分析を得ることができるわけです。私たちIBMでも業務に取り入れているツールです」

業界別の代表的なアプリ

【全従業員向け】Travel Track

出張中に起こる可能性のあるトラブルを、限りなくゼロにするアプリ。出張先を設定すると、移動手段や宿泊先を提示、そのまま予約サービスに連結できる。出張経路はダイヤグラム形式で表示され、今、自分がどの旅程にいるのかが一目でわかる。空港などに近づくと、位置情報からフライト情報を通知。さらに、カレンダー情報などから同行者を自動認識して、彼らの現在の状況も把握できるようにもなっている。

【銀行と金融サービス】Loan Track

住宅ローン担当者が、申請中の住宅ローンの審査状況をグラフィカルな画面で視覚的に確認できるアプリ。また、アナリティクスを利用して、成約可能性の高い申請を抽出。そういった申請に集中することで、ローンの実行率を上げることが可能だ。タッチIDにも対応しているので、顧客情報に安全にアクセスできる。

【石油・科学】Safety Inspect

石油プラントなど大規模工場の安全検査について、その事前準備の手間を軽減するアプリ。検査スケジュールに従って、必要な資料、マニュアル、連絡先、チェックリストなどを表示。また、プラントの機器が更新された、レイアウトが変更されたといった、工場の最新の情報情報も集約することができる。iPadのカメラ、マイクを利用して検査結果を記録することも可能。

【消費財】Find & Fix

アナリティクスにより、修理要員の要請案件を重要度に応じて表示。iBeaconにより次の現場への移動最適ルートを示す。また、交換部品のバーコードをカメラで撮影することで、その製品についてメーカーなどに問い合わせもできる。

【電機・電子】Fast Fix

訪問修理の際に、現場作業者の問題特定を容易にするアプリ。診断ガイドで素早く問題を発見し、そのまま修理作業に入れる。フェイスタイムでオフサイトの技術者にアドバイスを求めることも可能。

【エネルギーと公益事業】Asset Care

保守技術者が、トラブルが起こる前にその作業をアレンジできるアプリ。保守タスク、作業指示がグラフィックス上に表示され、どのような優先順位で作業を進めるか順位づけができる。

【行政】Incident Aware

警察官の安全を図り、冷静で効率的な事件対処をできるようにするアプリ。現場への急行中に事件の概要が通知され、現場のライブカメラ映像、周辺にいる警察官の位置などを確認。現場に到着する前に、対処の仕方を計画できる。最悪の事態に陥った場合は、iPhoneまたはアップルウォッチから緊急応援要請をすることが可能だ。

【ヘルスケア】Hospital RN

患者を中心にした治療記録を、看護師全員が共有することで、チーム連携をスムースにするアプリ。iBeaconにより患者のベッドに近づくだけで、その患者の治療記録、タスクなどが表示される。記録は、カメラ、音声などを含めて、その患者に紐付けられて自動的に記録されていく。ほかの看護師がその患者に近づいた場合も、同じ治療記録、タスクが表示されるので、引き継ぎ、申し渡し、メモ書きといったアナログ的な連絡業務がほとんど不要になる。また、患者からの要望、検査結果の進捗状況なども通知される。

【製造装置】Safe Site

工場内などでの危険箇所を、作業員全員で共有できるアプリ。工場内では、ちょっとした段差、ちょっとした出っ張りが大事故につながる。そのような箇所を発見した作業員は、カメラで現場を撮影し、危険箇所をほかの作業員と共有。iBeaconによる位置情報で、図面上に危険箇所情報が蓄積される。また、事故が発生したときは、即座に全員で情報を共有。パターン分析することで、事故の対応策を協議する資料となる。

【保険】Claim Adjust

保険の請求査定業務に必要なプロセスをすべて内蔵。担当者の大きな仕事は不正請求の検知だが、このアプリは、新規の請求案件の状況を過去の不正請求案件とパターン比較し、その可能性を指摘する。訪問予定に関して、スケジュール、アクティビティリスト、訪問先の位置が表示されるので、効率的に予定を組むことが可能。請求査定担当者を会社のデスクから解放してくれる。

【小売業】Express Pay

店舗内での支払いを、どこでもできるようにするアプリ。購入製品のバーコードをカメラ撮影するだけで、アップルペイなどのモバイル決済サービスによる支払いが行える。レシートや領収書を印刷するモバイルプリンタ、発送時に送料を計算するための秤といった、ブルートゥース対応の各種周辺機器にも対応。また、製品、在庫、販促活動情報を表示することで、店員の業務を徹底的にサポートする。そのうえ、店員ごとの成績や顧客ごとの購買行動などのレポートも生成するので、経営者をも支援するツールになっている。

【通信】Expert Tech

通信機器のトラブル対応で、訪問先を緊急性により分類し地図上に表示。優先度に従って訪問計画を立てることで、現場技術者の迅速な対応を可能にする。現地訪問する前に、顧客の履歴情報、通信設備状況などを閲覧しておけば、事前にある程度の問題点を把握できる。現場で問題が解決できない場合、トラブルに最短時間で対応することができるようになり、顧客の満足度を向上させてくれる。

【運輸・旅行業】Passenger+

飛行機が遅延した場合、自動的に乗り継ぎ予定の乗客を抽出して、機内で乗継便の再手配、予約ができるアプリ。乗客はネット対応の飛行機であれば即時、非対応の場合でも到着後にEチケットの確認通知メールを受け取ることができ、メール内のリンクをタップするだけで、iPhoneのウォレットアプリにEチケットが収納される。そのまま乗継便の搭乗口に向かうだけでいい。地上スタッフの緊急対応も必要がなくなる。

武器としてのモバイル活用

IBM MobileFist for iOSの進化はここで止まらない。ここまでは、課題解決型のソリューションアプリが主体だった。しかし、IBMにはワトソンというコグニティブ技術がある。コグニティブを組み合わせることで、モバイルはソリューションを超えて、業務の“武器”となっていくのだ。

住宅展示場での接客業務を例にとってみよう。そこでは来場客にアンケートを依頼する。アンケート情報から見込み客を抽出して販売につなげるためだ。ほとんどが紙で行われるが、これだと当日中に役立てることは難しい。なぜなら、記入後PCに入力しないとデジタル情報として活用できないからだ。これをiPadで行うことができれば、情報の再入力の手間は不要になるだろう。その情報を担当者に瞬時に転送し、情報に基づく接客対応ができるようにもなる。しかし、これは課題解決でしかない。ここにコグニティブ分析を組み合わせることで、アンケート情報は、顧客の購買ステージを知る武器となりうる。

「たとえば、真剣に購入を考えている顧客はアンケートの回答に一貫性があるはずです」

例を挙げると、「静かな立地を求めたい」と答え、同時に別の質問には「繁華街から近いほうがいい」とも答えている顧客の購買見込みは高いだろうか。答えは低いのだ。「静か」と「繁華街」は回答が矛盾する。家の購入をまだ真剣に考えてはいない顧客は、このような矛盾する回答をしがちだ。しかし、購入を真剣に考えている顧客は「静かな環境は多少犠牲にしても、繁華街が近いほうがいい」という“現実的な選択”をするため、回答に矛盾が生じず、一貫性が生まれてくる。

コグニティブは、こうした分析を行いリアルタイムで報告することができる。担当者は、購買ステージの低い顧客には広く浅く商品を紹介し、購買ステージの高い顧客にはより深い商品説明をするというように、顧客の分析結果に応じて接客戦略を刻々と変えていくことが可能だ。これが武器としてのモバイルの活用なのである。

武器としてのモバイルは、国内外ですでに導入が始まっている。「FIAコグ(FIA-Cog)」は、米国で使用されている生命保険の販売員向けアプリを日本向けにカスタマイズしたものだ。保険販売員の仕事は、顧客のライフプランをともに考え、それを支える保険商品を勧めるという手順で行われる。そのためには、顧客との信頼関係を築くところから始めなければならない。経験値を積んで成果を出せる販売員は、このスキルに長けている。肌感覚で、「子どもを私立中学に進学させたいが、経済負担が心配」などという顧客の悩みを察知し、適切な保険商品を薦められる。

FIAコグは、経験の少ない販売員でもこうしたスキルが使えるようアドバイスしてくれるアプリだ。訪問先の顧客名をタップすると、基本情報とともに「あなたへのヒント」が表示される。これは、たとえば「第1子が誕生しています。近所に新しい保育園がオープンしました。この情報をお伝えすると喜ばれるかも」などというコグニティブからのアドバイスだ。顧客の基本情報の分析とともに、ネットで公開されている地域情報を合わせて分析された結果が表示される。このヒントを会話の糸口とすれば、子どもの保育園のことが悩みになっている可能性の高い顧客に対して心に響く会話ができ、信頼関係を築くことができる。

米国で使用されている生命保険の販売員向けアプリを、日本向けにカスタマイズした「FIAコグ」のデモ画面。自然言語による質問で、データベースから必要な情報を瞬時に探し出す。また、顧客の基本情報を解析することで、自社商品の内容と照らし合わせて最適な営業プランを提案。さらには、インターネットに挙げられている情報なども解析の対象とし、顧客のライフステージに合わせた「雑談」情報を提供する。モバイルとコグニティブを上手にミックスさせた好例である。

IBMの目指す企業変革

コグニティブは、経験値を積んだ従業員の肌感覚のノウハウを、経験値の少ない従業員にも提供することで、販売員全員のパフォーマンスを底上げする。これにより実現するものこそ、「Individual Enterprise」、IBMが理想として描いている企業の姿だ。

コグニティブが持つポテンシャルはこのような単なるスキルの底上げにとどまらない、と藤森氏は語る。コグニティブは進化するシステムだ。たとえば先ほどのFIAコグで重要なのは、顧客への訪問後入力する「気づき」という入力欄だ。ここに販売員が気づいた情報を入力していく。「奥様は医療保障に不安があると判明。次回提案することになったが、関心はまだ大きくなさそう」などとメモする。コグニティブはこの生の情報を“ごはん”に、顧客の基本情報、公開されている統計情報、地域情報などと合わせて、的確なアドバイスを生成する。インプットが多ければ、多いほどより精度が上がっていくという。

「デジタルネイティブ世代で、グーグル検索がうまい人がいますね。彼らは、世界にどのような情報が存在して、どのような検索をすれば目的の情報に到達できるのか、感覚的に理解しているのです。それと同じことがコグニティブでも起こるかもしれません」

つまり、コグニティブの情報構造がどうなっているかを感覚的に理解している人なら、「こういう情報をコグニティブに与えれば、こういう方面のアドバイスをしてくれるはず」という“勘”が働き、しかも、それを意識することなく行える。「(ググり方ならぬ)コグり方のうまい新人社員が、ベテラン社員以上の成果を上げるなどということが起こるかもしれません」。そんな新しいスキルを持った世代が登場するかもしれない。

「経験を積んだベテラン社員の肌感覚は、とても貴重なスキルです。そこに自信のある人はコグニティブは参考程度に、積み上げてきたスキルを基本に成果を出せばいい。逆にコグニティブ感覚の鋭い方は、コグニティブを最大限活用して成果を出していけばいいのです」

コグニティブファーストの時代になったからといって、全員がコグニティブだけに頼った働き方をする必要はない。むしろ、それぞれがそれぞれの能力を活かした多様な手法があったほうがいい。多様な人材が活躍する企業は間違いなく強い。それこそが「Individual Enterprise」。IBM MobileFirst for iOSは、このような多様な働き方を可能にしてくれるモバイルツールなのだ。

IBMの目指す、モバイルによる企業変革とは、「Individual Enterprise(個人の力を引き出す企業)」を実現すること。アナリティクスを縦軸、モバイルを横軸として、両者を十分に活用していくことができれば、自ずと理想的な企業像に近づいていく。

日本IBM箱崎本社内に設置された、MobileFirst for iOSの体験スペース。