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IBMに刻まれるイノベーションのDNA●IBM × Appleのビジネス大変革

著者: 栗原亮

IBMに刻まれるイノベーションのDNA●IBM × Appleのビジネス大変革

青い“巨人”の栄光と苦悩

1911年にC-T-R社としてスタートし、1924年にIBM(International Business Machines Corporation)と改名した企業は、当初タイムレコーダや計量器、パンチカード式会計機などを製造する小さな会社だった。その後タイプライター事業や電子式コンピュータ事業に参入。第二次世界大戦後は、メインフレームと呼ばれる基幹業務用の大型コンピュータの製造で一時代を築く。1981年「IBM PC」をもってパソコン市場に新規参入すると、ここでも劇的な成功を収めた。

そのほかにも、RAM、ハードドライブ、バーコード、磁気ストライプ、レーシック技術等を生み出し、さまざまなビジネスを手がける巨大企業へと成長していったIBM。同社は、いわばIT業界のリーディングカンパニーである。

コーポレートカラーの色をもじって「ビッグ・ブルー」、あるいはジョージ・オーウェルの小説『1984年』に登場する独裁者「ビッグブラザー」とアップルが呼んだように、憧憬とも畏怖ともつかない呼称が付けられるほどの巨大な存在。だが、その栄光も次第に陰りを見せ始めていく。

1980年代後半から1990年代初頭にかけて、マイクロソフト、インテル、そしてアップルといったパーソナルコンピュータを手がける新時代の騎手たちが台頭してくると、それらに市場を奪われる形で、その業績に大打撃を受けた。1992年度会計では、49億7000万ドルという巨額の損失を計上。IBMのメインフレームは、「時代遅れ」「過去の遺物」「滅びゆく恐竜」などと揶揄されるようになる。

だが、それ以前の時期にすでに凋落の兆しが見えていたことは、IBM元会長兼CEOルイス・V・ガースナーの著書『巨象も踊る』で述べられている。我が世の春を謳歌していたIBMには、当時巨大組織ならではの弊害が出始めていた。複雑な組織体系とそれに伴う意思決定の遅さ、既得権益を守るための保守的で閉鎖的な企業文化…。当時のIBMは、現在の日本の製造業が直面するような「大企業病」に陥っていたのだ。

しかし、IBMはここで終わらなかった。かねてより、「問題を克服することによって成長してきた」同社は、さまざまな事業への参入/撤退を繰り返す中で、創立から1世紀以上にわたって度重なる変貌を遂げてきた。なぜそのようなことが可能だったかというと、その革新の原動力となる知恵、技術、人材を、常に企業の根底に備えていたからだ。

業績の悪化によって事業の選択と集中を迫られたIBMは、その後ビジネスの主体をハードウェアからサービス、ソフトウェアへと大きく転換していく。さらに、徹底した社内改革を行うことで、急速に業績を回復させた。

2015年には現在のCEOであるジニー・ロメッティが、「IBMはコグニティブソリューションとクラウドプラットフォームの会社である」と同社の主力事業を再定義した。コグニティブ・システム「ワトソン(IBM Watson)」の開発・運営・活用と、クラウドを前提としたエンタープライズ環境の構築を事業の中核に据えたのだ。そして今、新たなる躍進が始まっている。

アップルとの提携の必然性

今のIBMを象徴する出来事が、2014年7月に電撃的に発表されたアップルとの提携だ。かつて広告の中で、IBMを世界を牛耳るビッグブラザー、自らをそれに対抗する新勢力と位置づけたアップルが、まさかIBMとタッグを組むことになるとは…。

しかし、その提携はアップルにとってもIBMにとっても実に合理的なものだと捉えることができる。iPhoneやiPadを筆頭にコンシューマー市場では絶対的な人気を誇るものの、確固たるエンタープライズ戦略を確立できていなかったアップル。一方で、ビジネスの主戦場がサーバやPCからモバイルへとシフトする中で、新たなエンタープライズ環境の構築を模索していたIBM。互いに欠けているものを補完し合いながら、アップルとIBMは「モバイル&エンタープライズ」の場で手をとり合った。そのようにしてスタートしたのが、「IBM MobileFirst for iOS」。iOSデバイスの活用を前提としたビジネスソリューションの提供だ。

IBM MobileFirst for iOSで行われるiOSアプリの開発には、コグニティブ(ワトソン)、クラウド開発プラットフォーム(IBM Bluemix)、セキュリティといった、IBMがこれまでに培ってきた技術が惜しみなく投入されており、すでに100以上のアプリが生み出されている。2015年4月にアップルとIBM、日本郵政がタッグを組んで、iPadで高齢者向けの生活支援サービスを提供する発表が報じられたことも記憶に新しい。

Think different.なアイデアで新たな価値を創造するアップルと、同じくさまざまな技術革新によって社会や経済に新たな価値とイノベーションを創り出してきたIBM。両社が出会い、ともにビジネスを推進していくことは必然だったといえるだろう。

2014年、ビジネス分野における広範な提携を発表したアップルのティム・クックCEO(右)とIBMのジニー・ロメッティCEO(左)。以降IBMでは「IBM MobileFirst for iOS」と銘打たれた取り組みが始まり、アップル製品の活用を前提とした企業変革のためのモバイルアプリ開発が行われている。

変革が必須の時代

今、ビジネスの世界は大きく変わりつつある。IoTやコグニティブ、ビッグデータ、クラウドといった数十年前には考えられなかったITの急速な発展の波が押し寄せている。そこで鍵になるのがモバイルの活用だ。どのようなビジネスに携わる人も、これからの時代、モバイルによる新たな働き方や価値の創造について真摯に向き合っていかなければならない。

そう言われても、具体的にどのような一歩を踏み出せばいいのかわからないという人は多いだろう。変化の激しい世界だからこそ、適切な手本を見つけることが肝要だ。

IBMがアップルとの提携を軸に展開する取り組みには、今後のビジネスにおいて重要になってくるモビリティ推進やデザイン思考、ワークスタイルおよびワークプレイス変革といった、さまざまなヒントが隠されている。時代とともに自らを革新し、テクノロジーによって社会を変革し続けてきた「革命児」、IBM。同社が持つイノベーションの推進力に、今を生き抜く企業/企業人が学ぶべきことは大きい。

IBMが開発するコグニティブ・システム「ワトソン」は、人間の能力では到底不可能な量の情報を瞬時に解析し、人々の意思決定をサポートする。この新しい時代のコンピューティングが、今後我々の生活にもたらす恩恵は計り知れない。