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株式会社トレタ

著者: 栗原亮

株式会社トレタ

株式会社トレタ

2013年7月設立。飲食店向け予約・顧客台帳サービス「トレタ」の開発と販売を事業内容の中核に据える。最先端のテクノロジーで飲食店運営を支援し、食文化の発展を目指すのが同社のミッションだ。【URL】 https://toreta.in/jp/

ツイッター繁盛店の悩み

ここ数年で飲食業界へのIT導入が急速に進んでいる。だが、多くの飲食店では依然としてマンパワーに頼る状況が続いており、「まだまだテクノロジーの恩恵は十分とは言えない」と語るのは、トレタ代表取締役の中村仁さんだ。

【PERSON】

代表取締役 中村仁さん

顧客とのコミュニケーションや集客ツールにツイッターを活用することで大きな注目を集めたレストラン「豚組」の創業者。2010年度「外食アワード」を受賞。その後、料理の写真共有サービス「miil(ミイル)」起ち上げを経て、現在はiPadを利用した飲食店向け予約台帳アプリ「トレタ」の開発・サービス提供を行っている。

BtoBサービスであるトレタを始めるきっかけは、中村さんが飲食店「豚組」を運営していた時代に、予約受注管理で「自分自身が困った」ことが理由だという。

「当時、ツイッターからの予約を受け付けて紙の予約台帳に記載していたのですが、ツイッターだと四六時中予約の連絡が来るんです。店にいないときも、寝る前や開店前の早朝にもひっきりなしです。これを店に電話して予約台帳に書き込んでいました。なんてことのない作業に思えますが、店が忙しい時間帯や年末など繁忙期になると電話がつながりません。紙の予約台帳は家に持ち帰ることができなかったので、たとえば2週間先のツイッター予約を受け付けてしまったあとうっかり連絡を忘れて、当日に予約が入っていないという大惨事が起きたこともあります」

ツイッターを活用した繁盛店ならではのトラブルだが、これは近い将来ネット予約にも訪れる光景だと、中村さんは直感したという。

「当時ITを使って予約管理をしていたお店は多くありませんでしたが、将来的にオンライン予約が普及すれば、同じことで多くの飲食店が困ることになると思いました。このまま電話で予約を受け付け、紙の台帳に記録して管理するという仕組みは、ネット予約が入ってくると成立しなくなる。ネット予約が本格普及する前に少しでも早く何かを用意して解決しないと、うち(豚組)も、飲食業界全体ももたないと感じたのです」

とはいえ、当時まだiPadなどはなく、店舗で手軽に使えるデジタルデバイスはネットブックしかない時代。また、クラウドサービスも普及しておらず、自社でサーバを立てて予約システムを導入するにも膨大なコストが掛かることが想定された。

「いろいろと調べる中で、アメリカではオンラインレストラン予約サービスの『オープンテーブル(OpenTable)』が有名になっているのを知りました。ちょうど日本でもサービスを開始した頃だったので試してみましたが、そのサービスもまだ、僕の苦しみやフラストレーションの解決策にはなっていなかったんですね」

中村さんが既存の予約管理ツールに一番強く感じていた問題点は、インターフェイスの出来の悪さだった。業務系ツールの多くはさまざまな機能を実行するためのボタンやメニューが並び、ユーザフレンドリーではなかったという。ここでいうユーザは店舗の従業員や、デバイスの操作を指導するマネージャーなども含まれる。

「たとえば、従来のPOSレジは確かに高機能でしたが、マニュアルがとても分厚くて使う前にメーカーの人が来て勉強会をやったりトレーニングを繰り返して使いこなすのに時間がかかりました。それに少し現場を離れると、操作方法をすぐ忘れてしまう。業務系ツールはこういうものだという思い込みがテクノロジーの普及を妨げていたのだと思います。そんな使いにくいツールを従業員が頑張って使いこなそうとすると、次第に職人化してしまいます。予約管理では“予約職人”が生まれてしまい、その人が急に休むと仕事が回らないし、標準化していないので作業が属人化してしまうのが最大の問題だと考えていました」

その点、多くの人に向けて作られたコンシューマ向けプロダクトは使い勝手が洗練されていて、マニュアルがないのが当たり前。だが、むしろUI/UXにこだわらなければならないのはコンシューマ向けよりもビジネス向けだと中村さんは語る。

「なぜなら、タップやクリックなどの操作を一瞬躊躇してしまう使い勝手の悪さは、そのまま生産性に直結するからです。すべてがコストで測られるビジネスの世界では、操作に迷う時間ひとつとってもコスト。目的とする結果に誰でも最短距離でたどり着けるべきなんです。それなのにBtoBの世界では、そうした“使い勝手の良さ”への追求が遅れているという認識がありました」

こうした問題意識を抱えたまま紙の予約台帳をだましだまし使い続けた中村さんに転機が訪れたのは、2011~2012年に事業をリスタートさせた頃。iPadをはじめとするスマートデバイスが普及し、ユーザのリテラシーも向上、クラウドやデバイスの信頼性も上がったことで、いよいよ「トレタ」の本格的な構想に向けて動き出した。

【PRODUCT】

トレタ

【開発】Toreta, Inc.

【価格】無料

【カテゴリ】App Store>ビジネス

あらゆる規模の飲食店の予約を、簡単に管理できるiPadアプリ。音声録音や手描きメモ、写真の取り込みやSMSでの予約確認などの機能がある。わかりやすく操作しやすいインターフェイスが最大の特徴だ。顧客台帳の作成やデータ集計機能も備えているので、店舗運営の分析や改善のPDCAサイクルを回すこともできる。1店舗あたり月額1万2000円という業務ツールとしては低めの価格設定となっており、1カ月のお試し期間もあるので導入のハードルは低いものとなっている。

現場が求めるツール

トレタの開発者募集にあたってこだわったポイントは、意外にも「BtoB開発経験者を採用しない」ことだったという。

「というのも、専門的で高度な操作スキルを求めるものにはしたくなかったからです。飲食店の従業員のITリテラシーはさほど高くありません。そもそも飲食業界はこの20年ものあいだ人手不足で悩んできました。人材の流動性が高く、トレーニングコストも掛けられない。そういう構造的な問題もあって、自動化できる部分は極力機械に任せ、コンシューマ向けプロダクトのような使い勝手の良さを追求したかったのです」

トレタ自身は予約業務に特化しているが、こうしたテクノロジーを導入して、飲食業界が全体で変わっていかないと日本の外食産業は自滅してしまう、と中村さんは警鐘を鳴らす。

「ただでさえ厳しい状況なのに、人手でカバーするようなことをやっていれば余計に“ブラック”な職場になってしまい、飲食業界には優秀な人材が集まりません。それに“食文化”という観点からも、現場の負荷を少しでも減らして料理やサービスのクオリティを高める環境にしていかなければダメです。飲食に関わる従業員も経営者も、生き残るためにはイノベーションが必要なのです」

もちろんここでいうイノベーションは、業界全体を破壊してゼロから作り上げるという壮大なストーリーを志向しているわけではない。「流れをせき止めている岩を1つずつ取り除くことで、川全体の大きな流れが自然と動き始めるようなイメージで捉えている」のだと中村さんは語る。

そのため、予約管理といってもいきなり高度で大量の機能を盛り込むのではなく、「紙よりもラクでしょ」というくらいの気持ちで、シンプルに使えるツールとして提供していくという。

こうしたアプローチもあってか、客単価が数万円を超える高級料亭から大衆的な居酒屋まで、価格帯や店舗の規模に関わらずさまざまな問い合わせがあり、経営者だけでなく現場の従業員からトレタの導入を要望する声が上がるケースもあったという。

作業負荷の軽減という多くの飲食店が直面する課題を解決できるトレタだが、実はより多くの可能性を秘めている。

“厳しい時代を生き残るには、自分たちでイノベーションを起こしていかなければなりません”

予約の本質は顧客管理

予約台帳アプリであるトレタには、メニュー商品の管理や売り上げを集計するPOSレジでは不可能な機能が備わっている。それが「顧客情報の管理機能」だ。

実際に飲食店に予約する際をイメージするとわかりやすいが、予約時には少なくとも名前と連絡先電話番号の情報がお店に手渡される。これまでの紙の台帳では、そのデータが残されたとしても倉庫に束として溜まっていくだけで、店の経営戦略や顧客サービス向上に活用することは難しかった。

ところが、この予約台帳がデータ化されることで、従業員の手間が省けるだけでなく顧客情報が蓄積されて飲食店にとって「宝の山」になるのだという。さらにこのデータがPOSと連携することで、メニューの売り上げと個人の情報が紐づくので、誰がいつ何をどれだけ注文したのかといったようにデータの価値を最大化できる。

顧客にとっても、繰り返し訪れれば自分の好みやおすすめメニューがレコメンドされるようになるので、どの店でも高いサービスを受けられるようになるだろう。これまで一部の高級ホテルのレストランなどで膨大な人的コストをかけていたオペレーションを、一般的な価格帯のお店でも提供できる可能性があるわけだ。

また、飲食店オーナーにとっては、売り上げだけでなく、キャンセル率の推移や新規客と常連客の比率や来店数などを客観的なデータで確認できるようになるので、店舗経営の改善施策を打ち出しやすくなる。これはECサイトではグーグル・アナリティクスなどを使って当然のように用いられている手法だが、飲食業界ではこれまで感覚的なもので語られることが多かっただけに、大きな改善効果を期待できる。

「店舗オーナーの肌感覚というのは期待値が含まれるのであまり正確ではなかったりします。たとえば、来店の6割が常連のリピーターだという店で実際に調べたら、実は新規客がほとんどでリピーターは3割程度だったということもあります。客観的なデータがとれるので、店舗オーナーだけでなく外部のコンサルティングにトレタのデータをもとにアドバイスを依頼することも可能です」

このようにオペレーションの効率化と高度化を実現することで次に何が起こるかというと、さらなるサービスの向上である。空いた手間で利用者へのおもてなしの質を高めたり、これまで1日10組までしか受けられなかった予約を、質を下げることなくそれ以上受けられるようになるわけだ。

また、情報の蓄積と共有によって、前回接客していた従業員が休みでも同じサービスを提供できるようになる。ほかにも多店舗を展開するチェーン店であれば、顧客情報を店舗間で共有したり、仮に1店舗が満席でも他店へ送客して取りこぼしを減らせたりなどといったメリットも生まれる。

トレタ流の働き方

テクノロジーを用いて、飲食に関わるすべての人が働きやすい環境を作り出すトレタだが、そうした革新的サービスはどのような環境で作られているのだろうか。

現在、トレタの社員はトータルで52名、内訳は飲食業界出身の営業が20名、開発が15名と外部パートナー、マーケティング・広報が5名といった構成だが「端的に言えば、ルールで縛らない」ことが社風になっているという。

これは単にバラバラに野放しにしているのではなく、価値観のすり合わせが事前にできているということのようだ。

「中途採用で社員の平均年齢が高いというのもありますが、基本的に採用時にはその人のスキルよりも、どんな価値観を抱いているかを見ています。そうした採用を経て入ってきた社員たちなので、大きな方向性は一致しているんです。だからルールで縛る必要がない。こうした自律的な会社でなければ、自由な雰囲気は維持できないとも考えています」

また、トレタの体制や社員の評価システムも非常にユニークだ。たとえば開発部門にはCTOとしてエースエンジニアの増井雄一郎さんがいるが、マネジメントを統括する開発部長のポスト自体は設けていない。その代わりになるのが「開発委員会」で、エンジニアは管理者に指示されて動くのではなく、それぞれがプレイングマネージャーとして開発スケジュールやタスクをチームで相談しながら決定していくという。

「特に開発部門の勤務については完全にフェアな評価はできないと考えていて、それよりもお互いに納得ができるような、透明性のある評価体制を築いています」

その一環として、年末になるとエンジニアがその1年にどのようなパフォーマンスを発揮したのかを3分間のLT(ライトニングトーク)でプレゼンするイベントがある。それに普段の肌感覚、増井さんのチェックも合わせる形で各社員の評価を行っている。

自らも徹底的な現場目線で地道にプロダクトを作り上げているトレタ。飲食店の従業員が楽になって、店が安定した利益を上げられるようになればサービスが向上し、そこに訪れる利用者の満足度も上がっていく。そして、そうした店舗が増えれば飲食業界が活性化し、日本の食文化全体がさらに豊かになっていくだろう。

【WORK STYLE】

エントランス(1)は飲食店をイメージさせるカウンターキッチンとなっている。エンジニアの中には、オフィス内のデスクに座らずにカウンターで終日立ったまま作業する人もいるそうで、自分自身でワークスタイルを選ぶトレタらしい光景が見られる。オフィススペース(2、3)は明るく開放的。打ち合わせのためのファミレス風のブース(4)や気分転換のための休憩スペースなどもあり、開発作業に集中するための専用ルーム(5)もある。社員は自分のデスクに縛られることなく、さまざまなエリアで最適なパフォーマンスを発揮できるような環境が整えられている。ここには「従業員の幸せが重要」という、中村さんの飲食店オーナー時代の経験が色濃く現れているようだ。