Mac業界の最新動向はもちろん、読者の皆様にいち早くお伝えしたい重要な情報、
日々の取材活動や編集作業を通して感じた雑感などを読みやすいスタイルで提供します。

Mac Fan メールマガジン

掲載日:

第10話「ITで効率化」がお呼びでない至福の体験

著者: 三橋ゆか里

第10話「ITで効率化」がお呼びでない至福の体験

©Yulia Grigoryeva/Shutterstock.com

世の中に出回るインターネットサービスの多くは、その登場以前にオフラインで行っていた行為を、オンラインに持ち込んだものだといえます。

たとえば、さまざまな情報がまとまって届く「グノシー(Gunosy)」のようなキュレーションサービスは、「新聞」をオンラインに持ち込んだもの。また、地域に特化した「マチマチ」のようなご近所SNSは、回覧板をオンラインに持ち込んだものです。馴染みのある行為や概念だからこそ、利用者が自然に取り入れやすく、サービスの普及につながっています。

そうしたサービスを挙げればキリがありませんが、その最たる例がオンラインショッピングでしょう。試着せずに買うだなんて論外だった洋服も、今ではネットで購入しますし、それこそ家具だってネットでポチッとするだけで購入できます(北米では家具を送料無料で配達してくれるサービスが登場しています)。一方、ネットでも不自由がないのに、個人的にいまだに好んでオフラインで行っているのが「小説選び」です。

日本に一時帰国した際に小学校の同級生と再会したのですが、記憶力のいい彼女が覚えている私は「いつも本を読んでいた」そうです。母が本をよく読む人で、いつの間にか私も母が好むミステリーや推理小説にハマっていました。エドガー・アラン・ポーやアガサ・クリスティーなど、図書室にある推理小説の類はほぼ制覇したはず。今でも、推理小説を読んでは中島京子や西加奈子で箸休めする、辛いものを食べて甘いものを食べて、また辛いものを食べるみたいな読書が習慣です。

私の場合、推理小説の謎解きにチャレンジする気はさらさらなく、謎解きに挑む登場人物の思考プロセスを追うことのほうが好き。前提を覆す仮説を立てて視点を変えてみることで、地道に1つずつ手がかりを掴んでいく。事実を組み立てロジカルに攻めることと、容易には察しがつかない人間の感情の描写を両立させることで謎が紐解かれていく。東野圭吾、宮部みゆき、横山秀夫といった作家の推理小説は、これだからやめられません。

さて、手元にある小説をすべて読み終えてしまった先日、車で30分ほど離れたカリフォルニア州ガーデナにあるブックオフに足を運びました。紀伊國屋書店などの新刊書店で購入するとお値段が日本の倍ほどするので、ロサンゼルスではしばしばブックオフのお世話になっています。思い返してみれば、日本に住んでいた頃もアマゾンで購入するのは主にビジネス書。小説は、やはり書店で手にとって買うことが大半でした。

ブックオフに到着したら一目散に推理小説コーナーへ。作家順に並ぶ本の「ひ」と「ま」のあたりに陣取って、気になった本を片っ端から買い物かごに入れていきました。ひととおり入れ終わると、今度は裏表紙の解説を読んでパラパラとページをめくりながら、一冊ずつ、つまみ読みしていきます。このときは、「偶然でなければ必然だ」というセリフが刺さった東野圭吾の『予知夢』、『白夜行』を連想させる裏表紙の説明で選んだ『幻夜』を含む15冊ほどを連れて帰りました。

移動時間を入れて3時間かかるこの行為をぐんと効率化する方法があります。アマゾンの検索ボックスに「東野圭吾」と入力し、出てきた本を評価が高い順にポチポチするだけ。所要時間たったの5分。でも、こと小説を選ぶことに関しては、時短や効率化など求めていません。画面の中でレビューとにらめっこするのではなく、ズラリと並ぶ本を目視して、書棚の前でかがみながらぐずぐず悩みたい。面白そうな本に出会えたときの喜びったらありません。どんなに優れたアルゴリズムやインターフェイスにも、この体験を忠実に再現することはきっとできないのです。

Yukari Mitsuhashi

米国LA在住のライター。ITベンチャーを経て2010年に独立し、国内外のIT企業を取材する。ニューズウィーク日本版やIT系メディアなどで執筆。映画「ソーシャル・ネットワーク」の字幕監修にも携わる。【URL】http://www.techdoll.jp