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第41話 デジタル商品ではなく「魔法」を売る

著者: 林信行

第41話 デジタル商品ではなく「魔法」を売る

高級百貨店「伊勢丹」にてデジタル商品を販売する企画のキュレーションとディレクションを任されることになった。しかも、展示場所は同百貨店でもっとも重要な新宿店本館1階の「ザ・ステージ」だ。

伊勢丹では、意欲的な挑戦を続ける大西洋社長の意向で、ここ数年IoTなどのデジタル商品の取り扱いに力を入れている。私が外部研究員として所属するifs未来研究所と伊勢丹による今年が3年目となる催事「みらいの夏ギフト」でもデジタル商品を扱うという話になり、私が指名された。

デジタル商品は安さと物量で勝負する量販店で販売されるイメージが強く、高級百貨店ならではの売り方とは何かとかなり悩まされた。「ガジェット」という商品群は、好きな人たちが自分の物欲を満たすために(次々と)買う印象がある。だが、今回はギフトの企画でもあり、「人に贈りたくなる」ストーリーや贈った相手の表情への想像力も大事にしたかった。

これまでのデジタル商品の売り方では「安さ」「便利さ」「多機能」「高性能」ばかりが重視されてきたが、そうした言葉は一切使いたくない。そうではなく商品を見た瞬間に、裏側の技術などどうでもよく「あの人に贈りたい」と思う、そんな購入体験をつくりたかった。

そんなとき、思い浮かんだのが「魔法」という言葉だ。『2001年宇宙の旅』の原作者アーサー・C・クラークは「十分に発達した科学は『魔法』と見分けがつかない」と語っている。そして今日のデジタル商品の中にも、丁寧に探せば、人々に感動を与える「魔法」のような商品が少なからずある。

毎年、「みらいの夏ギフト」ではザ・ステージで50種類ほどの商品を販売するが、今年はやや難しいデジタル商品を扱うこともあり一つ一つをより丁寧に紹介できるように20種類ほどの商品に厳選、7割ほどを筆者が選んだ。一つ一つの商品に対して魔法のストーリーを用意し、どんな人がどんな相手に贈れるかのストーリーも伊勢丹の精鋭スタッフたちとかなり長期間にわたって話し合った。

この企画では、それ以外にもたくさんの小さなチャレンジをしている。たとえば「常に最新製品が一番いい」というテクノロジー業界の思い込みにも挑んだ。

取り扱い商品の1つにLivescribeという会社の、声も録音できる魔法のペンがあるが、この商品を選ぶ際も「Livescribe 3」という最新の製品ではなく、2010年に発表された古いモデル「Livescribe Echo」をあえて選んでいる。「Livescribe 3」は高性能で便利だが、テクノロジーに詳しい人でないと使いこなせない難しさがある。それよりは2010年に発表された「Echo」のほうが魔法のような魅力がうまく引き出されており、誰でも簡単に扱えるからだ。

「デジタル商品」ではなく「魔法」を売るという企画には伊勢丹の精鋭スタッフたちも心を躍らせてくれたようで、わずか1週間のためにはもったいないと思うくらいお金がかかった素敵な展示装飾になりそうだ。

これまで膨大な商品が並ぶ量販店の棚でギュウギュウ詰めで商品を陳列するという方法しかしてこなかったメーカーも、ここまで一つ一つの商品を大事にした丁寧な売り方に感激してくれている。この企画からデジタル商品をどうつくり、どう伝え、どう売って、どう愛情を育んでもらうかの新しいサイクルが生まれればうれしい。

三越伊勢丹とifs未来研究所のコラボ企画となる「みらいの夏ギフト」は、今年は8月3日から9日までの1週間、新宿本館の全フロアに加え、メンズフロアも含めた全館で開催される。私の担当外での注目商品は虎屋の職人と人気バッグ「BAO BAO by ISSEI MIYAKE」を生み出したデザイナー、松村光氏が生み出した食べるのがもったいない高級スカーフのような羊羹「カレ・ド・羊羹」だろう。婦人服売り場で展示予定だ。

Nobuyuki Hayashi

aka Nobi/IT、モバイル、デザイン、アートなど幅広くカバーするフリージャーナリスト&コンサルタント。語学好き。最新の技術が我々の生活や仕事、社会をどう変えつつあるのかについて取材、執筆、講演している。主な著書に『iPhoneショック』『iPadショック』ほか多数。