今回のWWDCは、ここ近年で「もっとも開発者会議らしかった」と振り返ることができる。基調講演後に何人かの開発者に話を聞くと「非常に満足度が高かった」との感想が続いた。
最大のアップデートと銘打ったiOS 10。これまでのソフトウェアを否定しながらエンジニアリングのレベルを大きく引き上げたwatchOS 3。テレビ体験とスマートホームにこだわったアップルTV向けtvOS。iOSへの従属性の高まりに批判を集めながらも生産性向上に取り組んだmacOSシエラ。そしてスウィフトのゴールである「簡単に学べること」を体現するスイフト・プレイグラウンド。基調講演で語られた5つの軸は、今後のアップルの何を語るのか?
ビジネスの可能性
アップルのアップストアはアプリ数200万本、累計ダウンロード数1300億本、開発者に支払われた収益は500億ドルにのぼる。モバイルの世界でデバイスのシェアを圧倒しているのはアンドロイドだが、モバイルアプリの収益額はアップストアの半分程度に留まっており、開発者にとって、依然としてアップストアのほうが効率的なビジネスを展開できることを表している。
アップルも、iOS 10で「アップストアのビジネス性」を拡大する施策を採った。自社アプリのオープン化だ。開発者のアプリの機能を、メッセージや地図、Siriなどの人気のアプリから呼び出せるようにし、ユーザ体験をアプリ切り替えで分断しない仕組みを整えた。
これは暗に、広告モデルから購読モデルへと、アプリビジネスの転換を促していると見ることができる。WWDC2016に先立ち、アップストアのビジネスモデルを刷新し、購読型の課金を全開発者に開放、細かな価格設定を可能にすると同時に、1年以上の購読ユーザからの収益について、これまでの70%から85%に引き上げた。
アップストアを通じた、開発者とユーザとの長期的な関係作りは、両者をアップルのエコシステムに留まらせるには十分な動機を与えることになるだろう。
アップルはオープン
アップルは毎年、基調講演の日の夕方「アップルデザインアワード」を開催し、1年間でもっとも優秀なアプリを表彰する。今年の顔ぶれには、ゲーム、クリエイティブ、医療、生産性アプリ、そしてリビング向けのアプリが選ばれた。「Djay Pro」は、目が不自由なユーザが自在にDJプレイを行えるアクセシビリティが評価された。また、印象的だったのは、ゲームのグラフィックスがどれも非常に美しかったことだ。「Inks」や「Linum」のように、個人の開発者、スカラーシップで招かれた学生であっても、美しいグラフィックスのゲームが作れるのがiOSの環境だ。加えて、「Dividr」のような、3DタッチといったiPhoneならではの機能を活かした実装についても、高く評価された。さらに、アイクラウドの活用によるデバイス横断的な仕事体験を作り出す「Ulysses」を表彰している点も、適材適所でデバイスを活用できるように連係を深めるアップルの戦略を体現するようだった。
アップルはやりたいことをすべて自分ではやらず、そこには必ず開発者の存在がある。開発者が新たな使い方を定義してきたといっても過言ではない。一般的に、アップルは、他の企業に比べて「閉鎖的だ」との見られ方をしている。しかし自社プラットホームに強くこだわるのは、むしろ広告がビジネスモデルであるグーグルやフェイスブックのほうだ。
性別、世代、地域を越えて
アップルは、3月のイベントで、持続性の問題を企業活動の深部に取り入れる「グリーンアップル」を強調してきた。今回の基調講演の冒頭では、WWDC 2016直前に起きたオーランドのゲイバーでの銃撃事件に寄せて、ティム・クック氏は涙をぬぐいながら、黙祷を捧げていた。多様性の問題への取り組みもまた、WWDCのステージで体現したのである。
現在のアップルは、米国と中国の両市場に偏重している。アップルペイや、メッセージ、タクシー配車のデモを見ても、米国と中国のユーザに、その体験の基準を合わせている。
その一方で、アップルは開発者の裾野を広げる動きも明らかにした。インドにアプリ開発の拠点を設置して新興市場でのヒットアプリの発掘を行う。また、スウィフト・プレイグラウンドは、子どもがプログラミングを学ぶ機会を予想できないほど大きくする手段として今後大いに注目されるだろう。
アップルは、開発コミュニティを引き続き大切にしている。そして開発者も、アップルの期待に応えて成長する。今回のWWDCは、特にその良い関係性を再確認することができた、と感じている。