Apple Union Square
300 Post Street
San Francisco, CA 94108
「自然の中で仕事をしているようだよ。日差しもそよ風も店内の奥まで入ってくる。新鮮で健康的。そんな環境で仕事ができてうれしい」
米国サンフランシスコのアップルストアで12年以上仕事をしてきたスタッフは、ユニオンスクエアにオープンした新しいアップルストア(ユニオンスクエア店)をそう評価する。聞けば、2004年にオープンした3ブロック先のサンフランシスコ店で開店時から閉店時まで勤め、この度2016年5月21日にオープンしたユニオンスクエア店へ異動したのだという。サンフランシスコとアップルストアの関係を見つめ続けたスタッフは、真新しい店舗に、アップルと自身の成長を重ね合わせているように見えた。
現在、世界に479店舗を構え、アップルと顧客の接点、ならびにサポート拠点を作り出してきたアップルストア。既成概念を覆すコンセプトとデザインで新たなリテールストア(直営店)の形を創り上げてきたアップルが、また新たに次世代のスタンダードとして送り出す“プロダクト”がユニオンスクエア店であり、実際に足を運んでみると、そこにはさまざまな革新が満ち溢れていた。
グリーンアップルの象徴
新店舗の設計を行ったのは世界的に有名なフォスター+パートナーズ。これまでもアップルとのタッグで、目を見張るような店舗設計を世に送り出してきた。たとえば、ガラスの立方体が浮かんでいるようなデザインのトルコ・イスタンブール店は2014年の建築賞を2部門で受賞。それに負けず劣らず、ユニオンスクエア店の構造もまた、実に刺激的なものだ。
ユニオンスクエア店の特徴の1 つは「街との調和」である。まず目につくのが、店舗の正面と背面を覆う13メートル近い4層構造の巨大なガラス。この1枚20トンある巨大ガラスの中央部分は開閉式となっており、風が穏やかな暖かい日には解放され、周囲環境に溶け込む。店舗の裏手も同様に開閉式のドアがあり、そよ風が店内へと流れ込む。また、店舗内と店舗外には同じイチジクの木が植えられ、内外の境界がなくなるようデザインされている。
もう1つの特徴は「持続可能性(サステイナビリティ)の追求」だ。店舗の天井は人も歩くことができるガラスで構成されており、そこには50kwhのソーラーパネルが設置されている。電力はこのソーラーパネルによる再生可能エネルギーで100%まかなわれる。また、店内は新鮮な空気を1階部分から取り入れて天井へと逃がす自然空調。白い床材の下には水パイプが通っており、冷暖房としてだけでなく、少ない光でも店舗全体を明るく保つために機能するなど、環境保護に熱心な“グリーンアップル”の姿勢を体現する設計となっている。
サンフランシスコに3店舗
サンフランシスコに3店舗を構えるアップルストア。2004年にオープンしたサンフランシスコ店は閉店。あらたにユニオンスクエア店がサンフランシスコ店から3ブロック離れたあたりに作られた。
高さ約13メートルのガラス
新設計のユニオンスクエア店の正面。晴れた暖かい日は、高さ13メートルのガラスの壁面を解放して営業している。正面に配置されている6本の樹木は、店舗内外共通のイチジクが選ばれた。
5つの体験を作り出す場
店内は製品とアクセサリが並ぶ1階部分と、サポートやワークショップが行われる2階部分に分かれている。2階部分は建物中央の太い柱で支えられ、ちょうどひさしのような構造でせり出し、5つのダンパーを活用した複雑な振動吸収機構を備える。アップルストアの中で特にアイコニックな役割を果たす階段は5層のガラスを手すり部分で固定した美しいデザイン。そして、そんな店内には、次の5つの体験を作り出す「場」が用意されてる。
【アベニュー】1階部分の壁面には、テーマに沿ってキュレーションされたアクセサリが並べられ、各カテゴリに特化したスタッフたちが、ユーザに対して各種商品を提案してくれる。純正アクセサリはカラーコーディネートを考えて陳列され、サードパーティのアクセサリもスケッチやカメラといったテーマに合わせて並べられている。
【フォーラム】横幅約11メートル、6K解像度のLEDディスプレイには、常に「Today at Apple」として、製品画像とともに直近の店舗でのイベントの予定が表示される。イベント時には壇上を設けず、聴衆は同じ目線で、車座になって話を聞けるよう工夫されている。音楽イベントも積極的に開催される。
【ジーニアスグローブ】ジーニアスによる修理相談を受けられる「ジーニアスバー」はなくなった。その代わりに、美しい木々の下で円形のベンチに腰掛けながら修理相談を受けられる「ジーニアスグローブ」を設置。iPhoneやiPadといったモバイルデバイスが主体となった今、対面式のバーカウンターは不要、むしろスタッフと顧客が寄り添って、より気軽に会話ができる環境を整えている。
【ボードルーム】企業や開発者などへのアドバイスやトレーニングを実施する会議室が設けられている。アップルデバイスの導入に関することだけでなく、アプリ開発のサポートにも応じる。
【プラザ】「サンフランシスコ市民へのプレゼント」と説明する24時間オープンのパブリックスペース。Wi-Fiを完備したスペースは、地元の人や観光客が自由に利用でき、また晴天時はここでジーニアスグローブのサポートも行われる。15メートルの緑の壁には滝が流れ、プラザの入り口には47年前からそこに設置されていた噴水が残されている。
周囲に溶け込むデザイン
2階部分から見下ろすと、外壁が解放しているときには、店舗の内外の境界が曖昧になっていることに気づかされる。樹木は店舗の入り口に影を落とし、人々は店頭であることに気づかず、立ち止まってその景色を楽しんでいた。
広大な6Kディスプレイ
店外から撮影したフォーラムに設置されている横幅11メートルの6Kディスプレイは、ユニオンスクエアの広場からでも、何が表示されているのか鮮明にわかる。1フロアの高さと樹高も合わせてある。
自然光を採り入れた室内
2階部分はひさしのように、店舗奥の柱からせり出す構造となっており、柱はない。天井は均等な光をもたらす照明だが、自然光を多く取り入れており、白い床面とともに、非常に少ないエネルギーで明るさを保つ。
家具もオリジナル
ユニオンスクエア店ではよりフレキシブルさを演出する新設計のテーブルやイスが用意されていた点、そしてそれらが細部までこだわって作られていた点も印象的だった。たとえば家具材。これまでアップルストアに置かれる家具はメープル材であったが、ユニオンスクエア店のテーブルはより耐久性が高く、肌触りが固く、きめ細かい東欧のオーク材。また、ジーニアスグローブやワークショップで使われるテーブルは特別仕様で、普段テーブルはフルフラットで利用できるが、必要なときに手をかざすとコンセントやネットワークコネクタがせり上がる。
さらに驚かされたのが、イチジクの木が植わっている鉢だ。これはアップル工業デザインチームとフォスターとのコラボレーションで生み出されたもの。ガラスで強化されたコンクリート製の白い鉢は、上部と下部にかけてアップル製品と同じ曲線でつぼめられているという。さらに、ジーニアスグローブに設けられた円形のベンチ(中央に観葉植物が植えられている)の座面には、特別に選ばれたレザーが使われている。
浮いているようなディスプレイ
アベニューに配置されている、純正&サードパーティのiPhoneケースラック。ケースが宙に浮いているような陳列がされており、ケースを手前に引くと、引き出しからパッケージに入った新品を取り出すことができる。
新たな製品に出会えるように
アベニューで印象的だったのは、純正のiPhoneケース、アップルウォッチバンド、iPadケースとカバーを、異なる色で配置している展示。同じ色で揃えるだけでなく、異なる色の組み合わせを楽しんでほしい、というメッセージが伝わってくる。
広々としたワークショップエリア
2階部分のユニオンスクエアに面した空間。左奥には、車座になってワークショップに参加できるフォーラムが配置されており、右側は新規顧客のセットアップなどが行えるテーブルがある。テーブルも自由に移動でき、巨大なディスプレイの前に机を配置してのセミナーも実施可能だ。
自由に使える作業机
2階のテーブルには専用のディスプレイが配置されており、購入した製品のセットアップや、使い方のワークショップが実施されていた。ワークショップ参加者以外も、テーブルで作業をすることも、自由に行ってよいとのこと。
ライブアートとフォトウォーク
こうしたこだわりは、デバイスで体験を作り出すアップルならではのもの。そして、実際にアップルは新しい体験そのものも新店舗で提供しようとしている。たとえば訪れた6月中旬、フォーラムのディスプレイやアベニューのアクセサリラインアップで告知され、店内で特集されていたのはiPadプロとアップルペンシルを使った「スケッチと写真」だった。このテーマに基づき、単に製品の使い方やアクセサリを来店者に紹介するだけでなく、ワークショップを設けることで特集のテーマを「体験」に変えていた。
たとえばスケッチであれば、実際にアーティストを招いて、その場で30分間のスケッチをしてもらう「ライブスケッチ」のイベントを週末に実施。また、フォトグラファーのワークショップでは、撮影テクニックを聞いてから、すぐにストア周辺で試して、作品を持ち寄る「フォトウォーク」を開催していた。
キュレーションされた特集テーマ
アベニューの中央部には、そのときの店舗での特集テーマに合わせた製品やアクセサリがキュレーションされている。2016年6月は、スケッチ、そしてカメラが特集されていた。スケッチ特集では、イラストの一部を切り取り、制作風景のライブスケッチを映像で見せる演出とともに、iPadプロとアップルペンシルが配置されていた。またカメラ特集では、iPhoneのカメラを最大限に楽しむためのアクセサリが選ばれていた。
せり上がってくる電源
ジーニアスグローブなどに配置されているテーブルも特別設計。普段はフルフラットで利用できるが、手をかざすと自動的に電源とネットワークコネクタがせり上がってくる。エレガントかつユーモアのある仕組みだ。
緑溢れるジーニアスグローブ
「モバイルデバイスのサポートには、テーブルが必要ない」との発想が活かされた、アップルストアの新たなサポートエリアであるジーニアスグローブ。緑が生い茂る木陰で、アップル製品のサポートを受けることができる。
アップルの今を映し出す
アップルの小売担当上級副社長のアンジェラ・アーレンツ氏は、ユニオンスクエア店を「未来のアップルの購買体験」と称する。製品も、知識も、すべてが体験に帰結する。ユニオンスクエア店で実施されるさまざまなイベントの数々は、体験デザインを重視してきたアップルが「ずっとやりたかったこと」のようにも映る。
そしてそれを実現するうえで、その建物はいかなるものであるべきか。地球環境に配慮しながらガラスによるオープン設計にこだわり、外と内の差を極力なくして周囲に溶け込ませ、かつ24時間のパブリックスペースを利用するなどして地域社会への配慮も行う。そして、店内ではスタッフと来店者の距離を近くして、そこでしか得られない「体験」を創出する。モバイルデバイスを人々の生活に溶け込ませることで変革をしてきたアップルが、今度は建物というプロダクトも人々の生活に溶け込ませようとしている。そして、それは人々のみならず、コミュニティの変革への興味もうかがわせるものだ。
鉢までコラボデザイン
ジーニアスグローブに配置されている鉢は、アップル工業デザインチームとフォスターのコラボレーションで生み出された。アップル製品を思わせる曲面からも、ジョナサン・アイブのこだわりをうかがわせる。鉢はベンチ代わりにもなっており、特別なレザーが座面に使われる。
24時間オープンの公共スペース
24時間、市民にオープンにされているパブリックスペースのプラザ。高さ13メートルの壁面は緑が茂り、中央には滝が流れる。Wi-Fiを利用することができ、街の人々がランチを採ったり、ミーティングをしている様子が見られた。天気が良い日は、屋外で製品サポートを行うこともあるという。
【News Eye】
ユニオンスクエア店の店舗正面に設けられた巨大なガラスドア。高さは最大の場所で42フィート(12.8メートル)で、約12メートルの幅まで大きく開けることができる。
【News Eye】
店内に使われている床材は、現在クパチーノ近郊に建設中のアップル社の新社屋に採用されるものと同じだという。なお、店舗で使われているステンレスは東京の菊川工業のものだ。
【News Eye】
プラザというパブリックスペースに設置されていた噴水の作者は、日系アメリカ人彫刻家で「ファンテイン・レディ」(噴水の女性)の異名を取るルース・アサワ。
【News Eye】
ちょうど今、米国の学校は学年末。子どもたちにとっては「サマーキャンプ」シーズンだ。ユニオンスクエア店でも「キャンプ」企画として、連日のワークショップシリーズの紹介も行うなど、子どもの好奇心を叶えるイベントが入念に準備されていた。