デスクトップでもトラックパッドな理由
iMacを買うと、標準でキーボードとマウスが付いてくる。この当たり前の話が、そう遠くない将来に変わってくるかもしれない。先日、「マウスではなくトラックパッドを使っている」iMacユーザーと会った。その方はDTPなどの細かい作業もするので「細かい作業はマウスのほうがやりやすくないですか?」と尋ねると、まったくそんなことはなく、むしろトラックパッドのほうがやりやすいとのこと。その話に驚いて自分でもトラックパッドを使ってみると、慣れの問題もあるが確かにマウスとトラックパッドの使い勝手はそこまで遜色がないことを実感した。
その方によると、ヘアラインのような細い線を左右に移動するとき、マウスでドラッグすると手首を中心とした円弧状に動かすことになる。一方で、トラックパッドは水平または垂直に指先を正確に動かせるので、より繊細な位置合わせができるというわけだ。
やりづらいドラッグも設定で解消できる
ただし、個人的にはトラックパッドにはいくつかの欠点があると考えている。それは手首が疲れることだ。設定によってはパッドに指が触れるだけで「タップ」になってしまうので、常に手首を支点に指先を浮かしておかなければならない。マウスは「クリック」操作が基本なので、手のひらと指先を乗せたまま休ませておける。
もうひとつはクリックにそれなりの力が必要になることだ。特に古いマジックトラックパッドではゴム足をスイッチとしていたので、しっかり押さないとクリックできない(マジックトラックパッド2では感圧式となったため、以前ほどクリックに力は必要ない)。
また、トラックパッドは正確な操作はできても、ドラッグによる移動はやりにくさを感じる。特に初期設定ではクリックをしたまま指を動かさなければならない。デスクトップでアイテムを画面の端から端までという長距離移動させたいときは、指が離れてドラッグに失敗しやすい。いろいろ設定を試していくうちに辿り着いたのはシステム環境設定で「タップのみの設定」と「ドラッグロック」を併用することだった。この2つの設定で、トラックパッドのドラッグ操作がとても快適になる。
実際の操作は、まず対象物の上でダブルタップをする。このとき、2回目のタップで指を離さないのがポイントだ。すると、対象物がポインタに吸いつき、指を動かすとドラッグできる。途中で指を離しても対象物はポインタに吸いついたままなので、遠い距離を移動するときは指をいったん離して、何度でも指送りしながら目的の場所まで移動できる。そこで、再度タップをすれば、対象物はポインタから離れてドラッグが完了する。
なお、マジックトラックパッド2では、感圧タッチをするとタプティックエンジンがあたかもクリックしたかのような感触を返してくれる。すでにiPhone 6sの3DタッチやMacBookでも採用されている技術だ。しかし、あくまでも私の場合だが、せっかくのアップルの工夫を無視してクリックを使わないという操作方法に落ち着いた。
「フラットデザイン」にクリックは似合わない
このクリックレスの操作法は、macOS(旧OS X)、iOSのUI/UXとも整合性が取れる。従来のアップルのUIは、クリックする場所を意味するアイコンは押しボタンだった。だから、「押せる」ということを直感的に理解させるために立体的なデザインにする必要があったし、マウスでカチッとクリックして押した感覚をフィードバックする必要があった。
しかし、今ではいわゆるフラットデザインが基調となりアイコンはボタンではなく機能を持った平面領域になっている。この場合、押すのではなく「触れる」ことで操作すべきなのだ。つまり、「タップ」が正しい操作だ。ちなみに、3Dタッチや「強めのクリック」はアイコン平面のさらに奥にある情報レイヤーにアクセスする位置づけにはなっているが、あくまでもショートカット的な位置づけにしておくべきで、タップと並ぶメイン操作にしてしまうとフラットデザインの考え方とコンフリクトを起こしてしまうのではないかと思う。わかりやすく言えば、「直感で理解できない操作」に3Dタッチや強クリックを多用すると「わかりやすさ」というアップル製品最大の長所を弱めてしまうことにもなりかねない。
マウスを再定義したアップルの功績
アップルはマウスを「再定義」した企業だ。マウスは1967年頃、スタンフォード研究所のダグラス・エンゲルバートが発明したものだが、彼の発想は「習得の難しいフルキーボードをなくす」ことだった。そのため、右手にマウス、左手には小さなピアノのようなコードキーセットと呼ばれる入力デバイスを想定した。このコードキーセットは5つの鍵盤がついたキーボードで、5本指をそれぞれに置いてピアノのように操作する(コードは和音の意味だ)。2の5乗=32とおりの押し方ができるので、文字もこれで入力してしまおうと考えたのだ。しかし、誰もが想像するようにうまくいかなかった。楽器のような指使いを覚えるのは非常に面倒だからだ。
そこでエンゲルバートは、このコードキーセットをモディファイヤーキーとして使うことを思いついた。あるキーを押しながらマウスをクリックするとメニューが表示されるなど、マウスのクリックに特殊な機能を持たせられる。この発想をアップルはうまく取り入れた。キーボードに[コマンド]キー、[オプション]キー、[コントロール]キーなどを採用してモディファイヤーキーとして使うことで、マウスのボタンが1つでもさまざまな操作を可能にしたのだ。
アップル以外の凡庸な人たちは、マウスの上にコードキーセットをそのまま乗せてしまった。そのため、パーソナルコンピュータが登場する以前は3つボタンマウスも5つボタンマウスも珍しくなかった。そのようなマウスを見たスティーブ・ジョブズは、即座にデザイナーに1ボタンマウスの設計を依頼した。しかし、開発陣はボタンが1つしかないマウスで、どうやって対象物をつかんだりメニューを表示させるか頭を悩ませることになった。そこから、ダブルクリック、ドラッグという操作法が生まれたのだ。つまり、ジョブズの美的感覚(とコストダウン意識)がマウスを1ボタンというシンプルなものにし、新たなマウスの操作方法を生んだのだ。
そのマウスも、いまや使われてるのはほとんどデスクトップのみになっている。デスクトップでもトラックパッドを使えばMacBookやiOSデバイスを併用する場合に同じ感覚で操作できる。デスクトップではまだまだマウスを使う人が多いのですぐなくなるわけではないが、いずれiMacに標準付属するのはマウスではなく、トラックパッドになる日がやってくるかもしれない。さて、あなたはマウス派だろうか、それともトラックパッド派だろうか。マウス派の人は、トラックパッドをぜひ一度試してほしい。
マウスからトラックパッドに乗り換えて良かったのは、画面の拡大縮小がピンチ操作で簡単にできること。英語のWEBサイトは文字が小さいのでちょっと拡大するのに便利だ。また、エクスポゼの3本指を下から上にスワイプも便利。オブジェクトを空中に放り投げるような感覚のジェスチャが覚えやすい。
アクセシビリティ設定の[ドラッグロックあり]をオンにすると、右手の指だけで簡単にドラッグができる。さらにトラックパッドの設定で[タップでクリック]をオンにすると、さらに快適になる。ただし、アップルが懸命に推している強クリックの出番は私の場合ほとんどなくなる。
ダグラス・エンゲルバートがマウスと同時に発明したコードキーセットというデバイスは、5つボタンマウスや3つボタンマウスを生んだ。スティーブ・ジョブズは独特な美的感覚でマウスボタンを1つにしたが、これがダブルクリックなどの操作方法を確立した。
iMacを購入する場合でも、5300円の追加料金でマウスをトラックパッドに変えられる。もしあなたがiMacを買い換えるのであれば、マウスはすでにもっているはずなのでトラックパッドを試してみていただきたい。
【知恵の実の実】
マウスかトラックパッドかという選択は、一定の世代以上特有の問題だと思う。生まれて初めてポインティングデバイスを触る世代であれば、トラックパッドのほうがすんなりと受け入れやすいのではないだろうか。
【知恵の実の実】
iOSの3Dタッチに対応したモデルでは軽くプレスして「ピーク」、さらに押し込んで「ポップ」という操作を割り当てているが、果たしてどのくらいのユーザが活用しているのだろうか。検索すると活用技を紹介するWEBサイトがたくさん出てくるが、実際そのくらいわかりにくいのかもしれない。