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音楽配信サービスの主導権を奪うApple Musicの意欲的な進化

著者: 氷川りそな

音楽配信サービスの主導権を奪うApple Musicの意欲的な進化

「リミックス」が持つ問題

アップルから発表された新たなニュースは、音楽業界に新しい可能性をもたらすものとして注目を集めている。アップルミュージックと音楽関連サービスを手掛ける米ベンチャー企業「ダブセット(Dubset Media Holdings)」がパートナーシップを結ぶことが、2016年3月にテキサス州・オースティンで開催されたクリエイティブとビジネスをつなぐ大規模なイベント「サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)」で発表された。

この発表の価値を理解するには、近年の音楽シーンを振り返る必要がある。まず、2000年代に入ってからクラブなどを中心に急速にその地位を高めているジャンルの1つに、EDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)の存在がある。日本でも「ウルトラジャパン(ULTRA JAPAN)」や「エレクトロックス(electrox)」などの大規模なイベントが開催されるなど、その人気はまさに音楽シーンでもっともホットな分野の1つだ。

「その場にいるオーディエンスを踊らせる」という目的に特化したEDMは、DJを中心に広まっているが、その多くが複数の楽曲を組み合わせていく「リミックス(もしくはマッシュアップ)」と呼ばれる手法で制作されている。既存の楽曲を組み合わせることで新しい表現へと発展させていくリミックスは、DJソフトウェアの進化とともにプロアマ問わず誰でも気軽に始められるようになり、その作品数は爆発的に増え続けている。

ジャンルとしての確立、そして作品の充実度が高まるEDMだが、オンライン音楽サービス上で聴こうとすると、その楽曲の少なさに気づくはずだ。リミックスの最大の問題はまさにここにあり、ミックスされた楽曲すべてを確認してコンテンツホルダー(著作権利者)にそのロイヤリティを配分する必要があり、チェック作業に多くの時間と人的リソースを割かなければならないことがネックとなっていた。

ダブセットは、この問題を解決する企業として大きな期待が寄せられている。リミックス音源から独自のアルゴリズムを用いて原曲を解析するテクノロジーをもつ同社は、すでに「ミックスバンク(MixBANK)」というプラットフォームを持ち、1万4000以上のレーベルやパブリッシャーとの提携を実現している。アップルミュージックがこのプラットフォームを利用することで、ロイヤリティの配分が簡略化され、リミックス作品の配信が可能になる。

また、ダブセットが提供するWEBシステムを外部から利用するためのプログラム(RESTful API)「ミックススキャン(MixSCAN)」を使えば、ミックスバンク以外で登録された楽曲のチェックも可能だ。そのため、アップルミュージックに参入するハードルも低くなる。今までユーチューブなど限られた場でしか作品を発表できなかったアーティストやリミキサーにとっても大きなチャンスになるだろう。

楽曲解析のためのプラットフォーム「MixBANK」を持つダブセットとアップルミュージックの提携は、音楽業界にとって大きな可能性を秘めている。アップルミュージック会員にとっても、今まで配信されていなかった楽曲を楽しめるようになるだろう。【URL】http://www.dubset.com/#intro-to-dubset

水面下で進む布石たち

音楽シーンやビジネスを知る人にとってみれば、今回の提携は大いなる可能性を秘めている。今もっとも成長が見込めるジャンルであるEDMを大きく取り込む可能性を握ったアップルミュージックのイニシアティブは、まさに注目に値するものだ。アップルミュージックは昨年11月にアンドロイド向けのサービスを開始したが、ほぼ同時期にHi−Fiオーディオシステム「ソノス(Sonos)」への対応も始めている。

振り返ってみれば、2015年7月の開始以来、アップルミュージックはかつてのiTunesミュージックストア時代よりも遥かに早いペースで攻勢に出ている。楽曲の追加も急ピッチで進んでおり、サブスクリプション(定額料金)型配信サービスの中でもトップクラスの充実度で他社との差別化に成功している。

大々的な発表がないのは戦略的な意図があるのかは不明だが、アップルのミュージック戦略は確実に牙城を築くものだ。半年後、1年後に大きく姿を変えていることも珍しくないオンラインサービス。その進化はもうすでに始まっているのかもしれない。

ワイヤレス・ネットワーク・オーディオ・システムを提供するソノスは、昨年末にアップルミュージックに対応した。このほかにもアンドロイド向けのサービスを開始するなど、アップルミュージックの存在感は日に日に強まっている。

【News Eye】

非公式な数字ではあるが、アップルミュージックの有料会員はすでに1100万人を超えているといわれている。これは2017年初頭には業界最大手のスポティファイ(Soptfy)の2000万人に追いつくペースでの成長率だという。