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無線LAN環境に大きな変革期が到来

【Chapter1_3】60GHz帯を使う新規格IEEE802.11adが登場

【Chapter1_3】60GHz帯を使う新規格IEEE802.11adが登場

無線LAN規格の歴史

1999年に登場した初代iBookは、まだ規格策定前の段階だった「IEEE802.11b(以下、11b)」をいち早く採用し、業界に先駆けてパソコンの世界に無線LANをもたらしました。Macワールド・エキスポの壇上でスティーブ・ジョブズCEOがインターネットに接続したiBookをフラフープにくぐらせて見せたデモは世界中に衝撃を与え、その後、無線LANは爆発的に普及。今ではパソコンのみならず、タブレットやスマートフォンはもちろんのこと、家庭用ゲーム機や家電製品にいたるまで広く採用されているのはご存じのとおりです。

当初2.4GHz帯のみでスタートした11bですが、その後5GHz帯を使う「11a」も実用化され、2003年には11bの変調方式を11aと同じOFDM方式(直交周波数分割多重方式)に変更することで高速化を実現した「11g」が登場。そして、2009年には2.4GHzと5GHzの両方を扱い、チャンネル幅の拡大(40MHz)とMIMO技術の導入によって高速化を実現する「11n」が登場しました。最新のMacに採用されている「11ac」は、さらにチャンネル幅を最大160MHzまで拡大し、最大8×8のMIMO(MU-MIMO)と変調記号の効率改善により最大6.9Gbpsという高速化を実現した最新規格です。

高速化と実現性のジレンマ

しかし、実際の製品を見てみると、11acを採用していながら最大リンク速度が867Mbpsまたは1300Mbpsというものが多く存在します。これはなぜなのでしょうか。

まず、現時点では2015年に拡張された11ac Wave2の160MHzのチャンネルボンディングに対応するAP(アクセスポイント)やクライアントがまだ少ないため、実際に対応するチャンネル帯域幅は最大80MHzが主流です。

また、MIMOの空間ストリーム数を決定するアンテナ(およびRFユニット)の数は、パソコンでは多くても3基、タブレットやスマートフォンでは1基または2基が一般的です。アンテナやRFユニットの増強は部品コストの増大やサイズの増加を招くため、特にタブレットやスマホなどの小型携帯機器では深刻な問題となります。さらに、実際にはAP側の対応MIMO数も4空間ストリーム程度までのものがほとんどで、8空間ストリームに対応した製品は業務用のものでもまだ見かけません。

このような状況では無線L ANのリンク速度は433~1300Mbpsあたりが現実的な上限となります。160MHzチャンネルボンディングに対応する機器は徐々に増加すると思われますが、実際には同時接続クライアント数が犠牲になるデメリットもあるため、安易に広帯域化できないのが実情です。

無線LANの各規格とその仕様です。1999年に11bが登場して以降、一気に無線LANの普及が進みました。最新の11acではギガビットLANを凌駕する公称転送速度を実現していますが、理論値と実力値の乖離が大きいのも無線LANの現実です。

11nと11acにおける空間ストリーム数と公称転送速度の関係です。空間ストリーム数が増えれば、それに比例して転送速度の理論値が向上しますが、小型機器に多数のアンテナとRFユニットを搭載することはスペースや消費電力の関係で現実的ではありません。

第3の周波数帯を使う11ad

そこで登場したのが、新たに60GHz帯域を使う「11ad」です。実はその歴史は11acよりも古く、「WiGig(Wireless Gigabit)」の名称で7年前から利用されています。2013年9月にWi-Fiアライアンスによって「ワイギグ・サーティファイド(WiGig CERTIFIED)」の認定ブランド名が決定され、従来のWi-Fiとシームレスに切り替えられる仕様として規格の標準化が行われました。11ad自体は60GHz帯のみを利用する通信規格ですが、実際の製品では11acと組み合わせて2.4GHz/5GHz/60GHzの3バンドをシームレスに使えることを目指して開発が行われており、今年1月にラスベガスで開催されたCES 2016でも数社から対応機器の出展が行われました。

11adではその伝送に60GHz帯のミリバンドを使用し、変調帯域幅は約2GHz、シングルキャリアとOFDM方式の二種類の変調方式をサポートし、OFDM方式で最大約7Gbpsの伝送レートを確保。日本国内では57.0~66.0GHzの全帯域が免許不要バンドとして使用できます。特徴的なのは、この伝送速度がMIMOを用いず単一のアンテナで実現できるという点で、これによりスマートフォンなどの小型携帯機器でも小さなアンテナだけで高い伝送速度を得ることができるメリットがあります。

その反面、電波の直進性が非常に高く、見通し距離(10メートル程度)でしかその速度が出せないという欠点も。そのため、実際の製品では60GHz帯での通信が確保できなくなると、自動的に2.4GHz/5GHz帯を用いた11ac通信に切り替える技術が搭載されます。

また、60GHz帯の電波は障害物に弱く、送受信機器の間に人がいるだけでも大きな影響を受けます。これを防ぐために、11adではアンテナの指向性を変化させる「ビーム・ステアリング」技術をオプションで採用しています。

長所を活かした新しい用途

このように、11adは現在の無線LANを単純に置き換えるには向かない特性を併せ持った規格であり、その実用化には11acなどの既存規格との併用が前提です。一方で、近距離での高速性と小型化が可能という特長を活かし、無線LAN以外の用途に向けてさまざまなアプローチが試みられています。その1つが機器のバックボーンの伝送路として使う方法で、ドッキングステーションの無線化を実現するシステムがすでに製品化されています。

デル社のワイヤレスドッキングステーション「WLD15」は、同社のノートPC向けの複合機能ドックですが、特徴はその接続を11adを使った無線通信で行う点です。この技術を使えば、たとえばLANポートを備えたサンダーボルトディスプレイとMacBookシリーズを無線接続することも可能になります。

この技術は、特にウィンドウズ10モバイルを搭載するスマートフォンやタブレットで重宝されるでしょう。ウィンドウズ10モバイルの「コンティニュアム(Continuum)」機能は、ウィンドウズフォンとUSB接続したディスプレイドックに、モニタとキーボード、マウスを接続することで、ウィンドウズフォンをパソコン代わりに使う技術ですが、11adを使えばウィンドウズフォンとディスプレイドック間をワイヤレスで接続できてしまうのです。

米インテル社は、すでに11ad対応の無線LANモジュールを複数製品化しており、WLD15に採用されているワイヤレスドックモジュール「ワイヤレス・ギガビット・シンクM13100(Wireless Gigabit Sink M13100)」やモジュラーアンテナアレイ「ワイヤレス・ギガビット・アンテナM10041R(Wireless Gigabit Antenna M10041R」のほか、パソコンに組み込む無線モジュール「トライバンド・ワイヤレスAC17265(Tri-Band Wireless AC17265)」などをリリースしています。

Macは伝統的に米ブロードコム社の無線チップセットを採用していますが、同社も11ad対応に積極的なベンダーであり、2014年のCESでは対応チップのデモを行っています。WiGigでは11adの物理層上でピーシーアイ・エクスプレス(PCI Express)やUSB、ディスプレイポートやHDMIなどのプロトコルを扱うための拡張仕様が規定されており、これを使ってサンダーボルトを無線化することも技術的には可能です。近い将来、iPadやMacと周辺機器が無線でサンダーボルト接続されるようになるかもしれません。

台湾ディーリンク社の11ac対応ウルトラWi-Fiルータ「AC5300」は計8本のアンテナを備え、最大4空間ストリームの同時通信可能。最大5332Mbpsのデータ転送を実現します。

デル社のワイヤレスドッキングステーション「WLD15」にはギガビットLAN、3つのUSB 3.0ポート、2つのUSB 2.0ポート、三種類のモニタポートやサウンド出力が備わっており、それらすべてがパソコンとワイヤレスで接続されます。

ウィンドウズ10モバイルの「Continuum」機能は、同OSを搭載したウィンドウズ・フォンをデスクトップパソコンとして利用する機能。ウィンドウズ・フォンとディスプレイドック間はUSB接続ですが、11adを使えばワイヤレスで接続できるようになります。

米インテル社はWiGigの創設メンバーの1つであり、古くからWiGig対応製品の開発を手がけています。「Tri-Band Wireless AC17265」はコンピュータに組み込む無線モジュールで、2.4GHz/5GHz/60GHzの3バンドにフル対応です。