プライバシー保護と矛盾
アップルは、iOSアプリへの広告配信プラットフォーム「iAdアップネットワーク」(以下iAd)を終了させる計画を発表した。また同じタイミングで、米国とオーストラリアで提供していた無料版の「iTunesラジオ」を終了させた。iAdはモバイルディスプレイ広告でシェアを伸ばせず、iTunesラジオはグローバルに展開できるほどユーザに利用されなかった。悪くいえば、モバイル広告販売と無料音楽ストリーミングからの撤退である。だが、これらは実のある撤退ともいえる。このことによりアップルは、これまで長く説明に苦労してきた大きな矛盾を解消できるからだ。
アプリ開発者のビジネス機会を広げるために生み出されたiAdは、広告主にとって魅力的なターゲットであるiOSデバイスユーザにリーチできる利点がある。しかしグーグルやフェイスブックなどの広告に比べるとユーザ追跡力に劣り、アップルの厳しいプライバシーポリシーの存在などもあって顧客が伸び悩んだ。また、どんなにプライバシー保護を徹底しても、アップルが広告型のビジネスモデルを実践している事実が、同社のプライバシーに関する方針と相反するという指摘を受け続けた。
こうしてiAdが苦戦する一方で、アプリ内販売、フリーミアム型のサービスモデルなど、広告に頼らずとも無料アプリから収益を上げる方法も増えてきた。プライバシー保護を最優先したいアップルが広告を販売しなければならない理由は薄れており、同社は撤退の潮時を見計らったといえる。アップルの広告販売は終了になるが、iAdプラットフォーム自体はパブリッシャーが自身で広告を立ち上げて管理し、広告効果を測定する方法として残る。
無料版がなくなるiTunesラジオも消滅ではなく、今後アップルミュージックの一部として存続する。有料のアップルミュージックの契約者を増やすのが狙いであるという指摘もあるが、広告販売からの撤退に関連した変更と見るのが妥当だろう。
スティーブ・ジョブズCEO時代の2010年に発表されたiAdは、今年6月30日をもって事実上終了する。ユーザのプライバシーを侵害することなく、無料アプリの開発者が収益を上げられるようにするというのが、当初のアップルの思惑だった。すでに新規アプリの登録は受け付けが終了しており、例年どおり初夏にWWDCが開催されるならiAdの将来が注目点の1つになるだろう。
消費者のためのコンテンツ
今モバイル広告は変化の時期を迎えている。2010年にアップルがiAdを発表したとき、同社はユーザが楽しめる質の高い広告コンテンツの実現も目的の1つに挙げていた。端末の性能や通信の制限があるモバイルでは、ユーザが広告を不快に感じやすい。ユーザが好んで関わりたいと思えるコンテンツを提示することで、モバイル体験を損なわずに広告効果を上げることを期待したのだ。
昨年iOS 9のサファリにアップルがコンテンツブロックAPIを実装してから、広告やトラッキングなどがモバイルの利用体験に与える影響が論争になった。無料と引き換えにユーザに我慢を強いるようなサービスへの批判が強まり、グーグルも利用体験を重んじた広告やコンテンツの提供に進み始めた。アップルのiAd事業は、そうした変化に少なからず貢献してきたといえる。
その流れで、マーケティング産業ではコンテンツマーケティングに注目が集まっている。消費者のニーズを見極め、それに応えるコンテンツを提供し、消費者と良い関係を築いて収益につなげる。本来マーケティングとは、消費者、広告主、そして社会全体にとって価値あるものの創造と提供であり、その原点に立ち返った手法だ。古くからある考え方だが、モバイルとソーシャルの時代になってより効果的に実践できるようになった。たとえば、旅行ガイドのヒップマンクは話題性のあるブログ記事を旅行の提案に結びつけている。スターウォーズの新作が封切られる前には「旅行者がスターウォーズを2日早く見る方法」という記事でパリ旅行を紹介していた。
iAd広告の販売終了は、ユーザをただ追跡するだけのマーケティングの終焉を思わせる。アップルが米国などで提供し始めた「News」アプリがそうであるように、今後はコンテンツを快適に楽しめる体験が問われるようになる。
米コカコーラがWEBサイト上で提供している「Share a Coke」。名前やメッセージを入れてパーソナライズしたボトルを作成できる。ファンとの関係を深める取り組みであり、コンテンツマーケティングの1つといえる。
【News Eye】
市場調査会社イーマーケターは、米国のモバイル広告市場におけるiAdの2015年の売上高シェアを2.6パーセントと推測している。アルファベット傘下のグーグルは32.9パーセント、 フェイスブック は19.4パーセントを占めると見られており、その差は歴然だ。